二齢

第17話

人生が与えられた細い吊り橋を目隠しで渡る行為なのだとしたら、たいていの人間は、一歩一歩足元に踏みしめるべき足場があると確かめてから人は歩みを進めるだろう。一人一本のつり橋が、互いに交差する。それは蜘蛛の巣より、網の目より密に張り巡らされ、人間関係という名のもとに居心地のよい顔をしている。しかし、どれだけ足の踏み場もないように見えても、吊り橋の下にあるのは、落ちたら流されてしまう濁流だ。一歩、違えれば深い名前も知らぬ川の中にどぼん、だ。這い上がれるかなどわからない。私は日々、正しい道の顔をして私を誘う落とし穴からいかにして自分を守るかに心を砕いていた。間違わない道を歩いてきた。

もし私が何かを忘れていたのだとしたら、つり橋も時とともに老朽化するということだ。進むべき次の一歩に気をとられるあまり、私はつり橋のきしみ始めるその音に気づいてはいなかった。


         ※※※


月曜日、朝から学校は荒れていた。教室に入ると先週休みの間に家に持って帰った隼人が見るからに打ちひしがれていた。土曜日はわざわざ電話をしてきたくらいだから、自慢げに報告してくると思っていた。むしろ、教室にいたくないというように、身を縮こまらせていた。

どうしたの、そう声をかけるより前にクラスで一番おしゃべりのマコトが声を張った。


「せんせえ、隼人くんカイコなくしたんやってえ」

「違うもん、消えたんやも」


いつもはクラスで一番理論的に物事を説明する彼の「消えた」発言に思わず首が二段階でガクッとなった。噴出しそうになった衝動を抑えると、しかめつらしくいった。


「そうか、消えちゃったのですか」


責任感で泣きだしそうな彼に、無理もないと思う。あれは本当に小さ過ぎる。持ってくる途中で落としたとしても不思議ではない。


「それで、他の蚕は?」

「桑を食べているのもいるけど、動かない。これが、眠てやつ?」


蚕は孵化から四回の脱皮を繰り返す。脱皮するごとに一齢、二齢と成長していく。そして脱皮の前に桑を食べるのをやめ動かなくなる。それを眠という。孵化からおよそ三日目。時期的には少し早いきもするが、それを言えば、またひと騒動起きるのは確実だ。一齢の一眠の時期だろうと伝えた。順調な成長具合に頷くと子供たちは、ほっとしたようだった。


子どもたちはまた、蚕の周りに戻っていった。五つのグループごとに自分たちの蚕種と小さく動く糸くずのようなケゴを一匹二匹と数えていく。ほかのグループよりも大きいとか、まだ一匹も孵っていないとか朝から元気なことだ。

隼人がまだ少しグループの輪に入りづらいのか、そっと私の隣に立った。


「土曜日は電話してくれてありがとうね。私の家のも今朝孵ってびっくりしたんですよ」


隼人はちょっとだけ目を丸くして、落ち込んでいた顔が、誇らしそうな顔に変わった。くすぐったそうに笑った。


「カイコって贅沢なんやな」

「どうしてですか?」


隼人は自分のグループのところへと私を引っ張った。ただ、百円の菓子箱とシャーレに入れた蚕種だったものが、高級饅頭の空き箱になり、右側にはティッシュの上にゴマ粒のような種が置かれ、左側には小さく切った桑の葉の上に、ケゴがいた。


「すごい」


思わずこぼれた言葉に隼人は笑った。

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