主人公、襲撃者と和解する 2


 死にかけていた王様と、その王様を殺しかけていた男が同時に目覚めたという出来事は、城内にいる人間を混乱させるには十分すぎるものだっただろうと、そう思う。


 とは言え、この国にいる人間のほとんどは徹底した実力主義者――要は強いやつの言うことが絶対というやつなので、騒乱を収めるために必要な行動というのは、実は相応の実力を持った誰かがそう命じるだけで良いはずなのだが。


 どうやらあまりにも慌てていたせいで、誰もそこに思い至らなかったらしかった。


 まぁ誰かが迂闊な判断をするとまずい展開になっていただろうから、結果的にはそれで良かったのだけれども。


 普段であれば、この国民性みたいなものを、これはこれでどうなんだろうなと思うところもあるというのに。

 昏睡から復帰したばかりの身となった今ばかりは、それを大変ありがたい安易さだと感じてしまうのだから、我ながら現金なものだと思わずため息が漏れてしまったのは内緒の話である。


 ――さて、そんな経緯でもって騒ぎを収束させたわけだが。


 終わらせたのはあくまで一時的に生じた混乱だけであり。後始末が完全に終わったわけではなかった。


 ……一番大事な、戦後処理がまだ残っているんだよなぁ。


 幸いにして、自分を負かした男――彼はこちらの要望をすんなりと聞き入れてくれたらしいという連絡はあったから、待っていればこの部屋に来るだろうことはわかっているが。


 これから行うことは内容としては敗戦処理に等しいので、現時点で既に気が重いし、なんならこの待ち時間で胃が痛くなってくるまであった。ああつらい。


 ただ、この状況においてかろうじて縋ることができる希望がひとつあった。


 それがあるから、なんとか持ち堪えられていると言ってもいいくらいの、淡い期待がひとつだけあった。


 ――それは、今から会う彼が賢い敵ではない、という可能性だった。


 どうしてそんな可能性を思い描いてしまったかと言えば、報告を受けている限りの情報だけを見れば、今までの彼の行動はその場の感情に任せたものであるように見えたからだった。


 ……見えなくもない、はず。かろうじてね、うん。


 そこに加えて、彼がこの城で目を覚ました直後にとった行動のこともあった。


 敵地で目覚めてすぐに、ほぼすべての人員に気が付かれる規模で攻撃を仕掛けてくるというのは、正気で実行しているとは到底思えない内容だ。


 ……少なくとも自分に出来るかと言われれば、答えは否だ。


 そもそも思いつきもしないだろうし。思いついたって実行できるかは怪しいところだった。


 ……それくらい、危ない橋だって話さ。


 だから、もしかしたら彼をまだどうにか出来る機会があるのではないかと、そんな考えが浮かんでしまったわけだけれども。


 ……どうだろうなぁ。


 正直なところを言えば、自分でも言ってて無いなとは思ってはいた。


 ――だいたいにして、窮地に立たされたときに抱く願望ほどあてにならないものはないのだ。


 そう思うことで目も当てられない現実から逃避しているだけなのだから、当然と言えば当然のことでもあったのだが。


 わかっているつもりでも止められない、これはそういう度し難い感情なのだった。


 ――と、そんなことを考えていたら、不意に扉を叩く音が響いた。


 突然聞こえたその音に、反射的に承諾の返事を出してしまって後悔していると、扉が開いて人影がぞろぞろと部屋の中へと入ってきた。


 そして、こうなったら仕方ないと腹をくくって。

 その人影のうち、見慣れない姿こそが件の彼なのだろうと考えて視線を移し――その有様を見る羽目になって、ようやっと魔女の言葉が理解できたのだった。


「…………」


 こちらと視線があったことに気づいた彼は、にやりと笑いながら歪む唇に人差し指を当てて、黙っていろという意図を伝えてきた。


 その視線に体の力を抜くことで応じて見せながら、内心でため息を吐いた。


 ……言われずとも何もしないさ。できやしない。


 部屋に入った直後に部下達が作った人垣からするりと外れて、そのことに気づかない部下達がまるでそこに誰かが居るかのように警戒をし続けるという、筆舌に尽くしがたい感情を想起させてくれる状況を作りあげた本人がそこに居るのだ。


 ……それなりに腕が立つ連中なんだがなぁ。


 彼の扱う魔術については事前に予想していたから、殺し合いにおける実力差はさておき、騙す類の魔術に関しては自分に勝るとも劣らない人間を迎えに行かせているはずだった。


 ……だって言うのにこの有様だ。


 なんなら、目の前にしている状況に自分が気づけているのも、彼がそうしてくれているからに過ぎない可能性だってあるだろう。


 ――いや、むしろその可能性の方が高かった。


 さらに言えば、視線を合わせたときに見えた彼の目は正気の人間のそれだったから。


 彼が魔女をしてモノが違うと言わしめる――狂気の沙汰を正気で行う意思に、その行動を達成するための技量を持ち合わせた例外であるという事実を認識できたのだった。


 ……やはり淡い期待に縋るような真似は、するものではないな。


 落差がきつい。


 そんな言葉を思いながら、誰もいない椅子の周りを囲む部下の姿とそれを傍で眺める彼の姿を視界に捉えて、堪えきれなくなったため息がついに口から漏れたのだった。



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