主人公、追手の身柄を引き取る 1-2
「……もうちょっと起こし方ってものがあるでしょうに」
襲撃者に施されたであろう手足の拘束を解いてもらった後で、身体の調子を確かめるように動かしながら、ため息を吐きつつ彼に向かって文句を言ってみた。
本来なら文句を言える立場ではないということは、重々承知しているのだけれども。
水をかぶせて起こすという手段を採ったことに対する不満に加えて、頭から足の先まで全身くまなく濡れてしまって、服が肌に張り付く不快さから来る苛立ちを晴らしたい衝動から、ついつい文句が出てしまったのだった。
……命があった、という事実に多少高揚してるのかもしれないけど。
文句を言った後でそんなことを考えていると、視界の外、背後にあたる位置から彼の声が聞こえてきた。
「あんたが自分で目覚めるのを待つほどの堪え性はないし。
とは言え、叩いて起こすのもはばかられてなぁ」
「水をかけられるよりは叩かれるほうがマシよ」
「だろうな。俺もそうだ。
……まぁどちらかと言えば、すぐに起きてもらえそうだったからというのが強かったかもしれん」
彼の言葉、その後半部分を聞いて思わず半目で彼を見た。
彼はこちらの視線を受けて、困ったような笑みを浮かべて肩を竦めるだけだった。
この野郎、と思わなくもなかったが――おそらく、目が覚めた瞬間に彼の顔が見えたら、どんな起こされ方をしていたとしても文句を言っていた気がしないでもなかったから。
……これ以上文句を言っても仕方ないか
と、そう考えた後で、ため息を吐きながらこう言った。
「……もしも次があれば、もっと紳士的な起こし方を希望するわ」
「二度とないことを願うがね。
……たとえば?」
「眠り姫を起こすのはいつだって王子様のキスでしょう?
――まぁ、あなたを王子様と呼ぶのは難しいけれどね。
うさんくさいし、なにより、容姿が足りないもの」
「……俺も自分のことをカッコイイとか自賛するつもりは毛頭ないが。
流石にそうはっきり言われると腹立つぞ、おい」
「図星だから?」
「貶されて喜ぶ性癖を持ってないからだよ」
「でしょうね。
――そんなに怖い顔しないでちょうだいな。
照れ隠しの冗句とでも思っておいてよ」
「こんなかわいげのない照れ隠しは要らねえ」
彼は吐き捨てるようにそう言った後で、ため息を吐くと、こちらの横を抜けて扉の方へと歩き出した。
「そんな照れ隠しをする余裕があるなら、体のほうは問題ないんだろう?
――それなら、ひとまずは外に出よう。ここは空気が悪い」
「今私はここがどこなのかもわからないんだけど。
……今度は宿まで付き添って頂けるのかしら」
「どこの宿をとっているのか、教えてくれるならな」
彼はこちらの問いかけに足を止めて、小さく笑ってそう応じると、こちらの反応を待たずに歩みを再開して部屋を出た。
……お礼は言いそびれちゃったわね。
そんな言葉が頭を過ぎって思わず頭をかいてしまったけれど――思考の殆どは別なことに費やされていた。
疑問を感じる点が多いからだった。
特に不自然に感じるのは、彼が私を助けにここに現れたという点だった。
個人的には大変ありがたいことだったのだけれども、あまりにも間が良すぎる。
少し短絡的に過ぎるかもしれないが、もしかしたら私が襲われた件と彼は無関係ではないんじゃないかと決め付けたくなるくらいに、だ。
「…………」
とは言え、今は思索に耽る時間はなく。
いったん疑問は棚上げしておくしかなかった。
ここで優先するべきことは、彼に置いていかれないように後を追うことだったからである。
「聞いたら教えてくれたりするのかしらね」
淡い期待、その気持ちを思わずそのまま呟いてしまった後で、なるようにしかならないかと思い直してから、扉を開いて部屋を出た。
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