主人公、襲撃される 1


 ――自分は奪う側に立てたのだと、そう錯覚したのはいつの頃からだったのだろうか。



 物心がついた頃には、周囲に親と呼べる人間は居なかった。

 家族と呼べる人間も居なかった。


 居たのは自分をゴミのように扱う者か、あるいは遠ざける者だけだった。


 なんで物心がつくまで生き延びられたのかはわからなかった。


 ……ただ、生きていれば飢える。


 飢えを消すためには食べるものが必要だけれども、真っ当に働く機会は得られなかった。


 ――ならばどうするか。


 人によっては、最後まで街で暮らす恵まれた連中の作る輪に入ろうと努力を続けることもあるのだろうが、それが叶うことはほぼないことは知っていた。


 ……だいたいの連中は、その途中で飢えて死ぬからだ。


 だから、殆どの奴らが悪事に手を染めるのだろう。


 自分もそうなった。


 生ゴミや肥溜めを漁って、かろうじて食べられそうなものを無理矢理腹に詰め込んで生きる苦しみから逃れるために、その日を生き延びるために、そうするしかないからだった。


 ものを盗むのは初歩の初歩だった。

 必要なら人を殺して奪うこともあった。

 そちらのほうが容易いかもしれないくらいだった。


 しかし、この方法で楽に生きられるかと言えばそんなことはなかった。


 ものを盗めば持ち主から殺されることなど当然で、人を殺せばそれを恨んだ誰かに復讐されるなど日常茶飯事だからだった。


 それでも、そんなことを続けていても、生き続けられる連中は少なからず居るものだ。


 それは生まれ持った能力――これは身体能力だけの話ではなく、発現する魔術も含む――に恵まれていたからかもしれないし、単に運が良かっただけなのかもしれないが。


 ……生き続けていれば、色々な人間と出会う機会があるものだ。


 その機会とは当然、悪事を働くからこそ得られる機会なのだから、出会う人間はすなわち同類ということに他ならなかった。


 ……一人よりも二人でやる方が楽なのは、誰にでもわかることだ。


 自然と徒党を組んで活動することが多くなった。

 人が増えればやれることも増えてきた。

 やれることが増えれば人も増えた。


 その繰り返しだった。


 そうやって膨れ上がった集団は、いつのまにやら、小さな村くらいなら簡単に蹂躙できる人数になっていた。


 ……そうなってしまえば、仕事というのは楽になるものだ。


 気をつけることは、国や大きな街の兵士やらからうまく逃げおおせるように準備を怠らないことくらいになっていた。


 俺たちなら何でもやれると、何度も成功した蹂躙に気分をよくしていたのだろう。


 

 ――だから、間違った。


 襲うべき相手を、見誤ってしまったのだ。




                   ●



 今回の標的は、この国の王様が住む街と、この国で二番目か三番目に賑わう街の中間にある小さな村だった。


 双方から遠く、住む人間は少ない場所にある村だった。

 だから商人連中も滞在することは滅多になく、そもそも使われることも少ない場所でもあった。


 ……だから、人も少ないし、金目のものもそう多くはない。


 効率というものを考えるのであれば、狙う価値は低いと判断される場所だっただろう。


 しかし、だからこその利点もあることを、俺たちはよく知っていた。


 商人が使わないということは大きな街から遠いということであり、それはつまり事件の発覚が遅れるといことを意味していた。


 これは、逃げる時間を作るにはちょうど良い事実であった。


 ――それに、狙われることが少ないと考える連中は油断していることが多いし、油断している連中の寝首を掻くことほど簡単なことはない。


 つまり、楽な仕事ができるということだった。


 狙わない理由など、あるわけがなかった。



 ――村の近くまで辿りつき、様子を見るのに数日という時間を費やした。


 身を隠す時間が必要なのはいつものことだったが、獲物が無防備にしている様子を目の前にして我慢を続けるのが辛かったものだ。


 そして今日、様子見は十分だろうと――言ってしまえば全員に我慢の限界が来て、村を襲うことが決まった。


 ひとつ懸念事項があるとすれば、つい先日に村を訪れた旅人がまだ村に残っていることだったが、心配することはないだろうと全員でそう判断していた。


 旅人は一人の若い男で、体はそれなりに鍛えているようではあったが――雰囲気がいかにも旅慣れをしていない様子だったからだ。


 ……あれはおそらく、まだ人を殺したことも、傷つけたこともないのだろう。


 そういう人間はどれだけ腕っ節が強かろうと、土壇場で動けなくなるのが常だった。


 そのことを、ここに居る人間はみんなよく知っていた。


 だからこそ、障害にはならないだろうと、そう考えていたのだ。



 ――実際に、村を襲うことには成功していた。


 殺し、奪い、女を楽しむ。いつも通りに、いい仕事ができていたのだ。



 ――異変が起こったのは、仕事を楽しみ始めてしばらく経ってからのことだった。


 仲間の一人が、旅人の泊まる家に入っていった後のことだった。


 ……あいつは怯えている奴を殺すのが好きだった。


 動揺し、動転しているところを追いつめて殺すのが好きだったから、あの男を殺すことをひどく楽しみにしていたのだ。


 だから皆でその背を見送ってやった。


 精々楽しんでこいよと、そんな言葉すら出てきたくらいだった。


 あいつが家に入った後、しばらく揉める様な音が聞こえて――悲鳴が上がった。


 終わったんだなと、誰もが思った。あいつも楽しんだんだなと、誰もがそう感じていた。


 しかし、すぐにその認識が間違っていたことに気付いた。


 なぜなら、悲鳴が途絶えたその直後に、聞き覚えの無い声音の咆哮が聞こえたからだ。


「――――――」


 それは人の声だった。


 おそらく旅人のものだと、誰もがそう思っただろう。


 それでも、正直なところを言えば、それが人間の声だとはとても思えなかった。


 目の前で子どもを蹂躙される親でさえ、ここまでの怒気や怨念を篭めた声を出せはしないだろうと、そう思わせるほどに強い感情が乗っていたからだった。


「「「…………」」」


 この声を聞いた誰もが、身動きが出来なくなっていた。



 ――咆哮が止んで、沈黙が落ちた。


 それからどれくらいの時間そうしていたのだろうか。


 わかりはしないが、やがて、それは目の前に現れた。


 片手に見慣れた仲間だったものを引き摺るようにして携えたその男は、こちらを確認するなり、それをこちらに放り投げた。投げ捨てた。


 投げ捨てられた仲間の体は、自分たちですら見たことがないほど酷い有様になっていた。


 そのことを認識した俺たちは、当然、男に殺到した。


 ……互いに互いを利用するつもりで集まったとは言え、長く付き合えば親しみも出てくるものだ。


 仲間と、そう呼んでいた間柄だったやつを酷い目にあわせた野郎が目の前に来れば、自然と怒りが湧いてきたのだった。


 それが直前に芽生えた恐怖を上書きするほどだったというわけだ。


 ……普通なら、一人に多勢でかかれば勝てる。


 そう思ったことも、理由のひとつだっただろう。



 ――ただ、何事にも例外というものはある。

 そのことを忘れるべきではなかった。



 結果から言えば、自分たちは惨敗した。


 もう既に、自分以外の者は動いていなかった。

 無残な形で、その辺りに転がっていた。


 この男には、こちらの何もかもが通用しなかった。


 確かに、男は純粋に身体能力が高く、迷いのない動きは反応することも難しかった。


 ……でも、ただそれだけだったら俺らが勝ってた。


 数人の犠牲は出ても男を打倒することが出来たはずだった。


 それが叶わなかったのは、男に特異な能力があったからだ。


 ……もっとも、その正体はわからないが。


 見えたことは、わかったことは、自分たちの攻撃がすべて見えない何かに食われて消えたということだけだった。


 目の前から斬りつけようと、死角から何かで殴りつけようと、あるいは何かを投げつけたとしても――ある一定以上の距離から先には届かず、その境界を越えた先から忽然と消えていいった。


 その上で、その何かはこちらに容易に届き、体を削っていくのだ。


 ……そんなものに、敵うわけがない。


 俺たちはあっさりと壊滅することになった。時間もそうはかかっていなかっただろう。


 ――ぼやける視界の中を、男がこちらに向かって進んでくる。


 口からは命乞いの言葉が自然に出ていた。


 おそらく聞きとめてはもらえまいと、頭の片隅の冷静な部分が感じているが、言葉は止まらなかった。


 体は動く部分を必死に動かして男から距離を取ろうとしていた。

 これも間に合わないだろうとわかっているが止められなかった。


 ――男の姿が段々と大きくなっていく。


 その手には、仲間の誰かが持っていた手持ち斧が握られていた。


 そしてついに、手の届くところまで男の姿が近づいてきた。


 手に握られた斧は既に振りかぶられていて――


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