主人公、一人旅に出る 1
城を出ること自体は、問題らしい問題もなく無事に成功した。
まぁ、ずぶの素人が簡単に抜け出せる監視体制ってどうなのよ、と思わないでもなかったけれど――忠告する機会なんてものはおそらく来ないだろうから気にしないでおくとして。
城からの脱出は本当に大変なものではあったのだけれど、それよりも辛かったことがあった。
それは、外で一夜を過ごすことそのものだった。
……まさか、野宿がここまで辛いとは思わなかったわ。
元の世界、住んでいた場所であれば、酔っ払った人間が外で寝てしまったとしても万事無事ということもありえたわけだが。
この世界ではおそらくそんなことはありえまいと、そんな確信を得られた一夜であった。
……ほんのすこし意識が飛ぶだけでも、その気配を察して人が寄ってくるんだもんなぁ。
治安が悪いということは知識として把握していたが、やっぱり底の部分では、本当のところは理解できていなかったらしい。
――いや、甘くみていたという方が適切か。
流石にそこまではないのだろうと、勝手に思っていただけだ。
その甘さのせいで、最終的には人のいないと思われる街の外にまで出る羽目になったのだから、笑うに笑えない失敗だった。
……地理に明るくないのに外に出るってのが、もうダメだよなぁ。
おかげで再び街に入れた頃には、昼時を過ぎてしまっていた。
――まぁやってしまったことは仕方が無いし、どうしようもない。
当初の予定からは外れてしまっているけれど、最低限のやるべきことはやってしまおうと、止まってしまっていた足を動かし、行動を開始した。
●
街に入ってからまず向かったのは、雑貨屋だった。
目的は当然、旅に必要なものを買い揃えることだった。
「…………」
元の世界であれば、店主がよっぽどの物臭だったりでもしない限りは物の用途毎に分類された上で整然と棚などに陳列されていたのだが、この世界ではそうもいかないようだった。
……少数派どころの話じゃないレベルで稀なんだろうなぁ。
あるとすれば、せいぜいが金を持った連中のよく使う場所くらいなのだろう。
少なくとも、庶民が使うだろうほとんどの店では、露店のように品数が少なく在庫が全部わかるものか、雑然とただ物が並べられた混沌とした場所しかなかった。
そこに加えて、物の値段すらわからないことなどざらにあるし、店員が親切に商品について説明してくれるなんてことも決してないわけで。
気持ちと時間に余裕がある状況なら、こんな店で物を探すことに面白みも感じるかもしれないけども。そこそこに切羽詰っている状況だと煩わしさしか感じなかった。
……とは言え、その気持ちを何の関係もない相手にぶつけても仕方がない。
仮にその気持ちを他人にぶつけて一瞬だけ気分が晴れたとしても、後で思い返して更に気分が荒むだけだということもわかっていたから。溜息と一緒に吐き出して気を紛らわせるしかなかった。
――そうやっていくつかの店を回った結果として、時間はかかってしまったものの、目的の品の殆どを揃えることができた。
ザックや飯盒といった旅をするために必要なものを始め、携帯食料もそれなりに揃えられたのは僥倖だった。
その代償として懐が大変寒くなってしまったことは、これからを考えると頭が痛くなる問題だったけれど、必要な出費である以上は許容するほかなかった。
……これから行く先で、うまく働き口を見つけることが出来ればいいんだが。
そう考えて、次の目的地であり――働き口のアテにしてみようと思っていた場所へと足を向けることにした。
●
中世風のファンタジーでよくある舞台装置に、冒険者ギルドというものがある。
冒険者と呼ばれる身元や素性が不明瞭な輩に仕事を斡旋してくれるという、よくよく考えれば不思議な組織なのだが。この世界にも似たような組合は存在しているらしかった。
……物を揃えて懐が寂しくなったなら、金を稼ぐ算段をするのが人間だ。
そう思って向かったこの街において冒険者ギルドと呼ばれる場所は、城からはかなり離れた――外周部に近いところにあった。
目的地の建物はかなり立派なものだった。
立派過ぎて、なんかダメっぽいという予感をひしひしと感じたものの、入ってみなければわからないからなと自分を納得させてから中に入ってみた。
そうやって、さてどんなものかと覗いてみれば――やっぱりと言うべきか、どうやら簡単に所属できるようなものではないらしかった。
これは制度という意味だけではなく、気持ちの面でもそうだった。
……聞いてるだけですんごい面倒くさそうだもんよ。
たとえば、ある街のギルドに所属するとそこ以外のギルドから仕事が請けられなくなるだとか。
月極で上納金を納めなければならないとか。
そういう世知辛い柵が多いのである。
それでも所属し続ける人間がいるということはそれ相応の利益があるのだろうけども――ぶっちゃけ、なんだかヤクザの地上げ代みたいで嫌悪感を覚えるだけで、とても参加したいとは思えなかったのだった。
……まぁそもそも、所属するのが無理だったみたいだけどな。
当然のことながら、そんな柵やら規則を以って運用されている組織が、身元が曖昧な輩を受け入れてくれるほど門戸が緩いはずもなかった。
よほどの実績があるか、あるいは有力者の後見が無ければ申請は通らないと、窓口でも断言されてしまったくらいである。
……やっぱり現実は厳しいなぁ。
なんて思っていたのだが――相手もわざわざ働きたいという人間を見逃すほど間抜けでもないらしかった。
「ギルドに所属するのは無理でも、互助会という下位組織に登録することで仕事を斡旋してもらえる場合がある」
要約すればそんな内容になる説明をしてきながら、互助会への登録を勧めてきたのだった。
――そして、そのまま互助会の名簿に登録されることになった。
いやまぁ、逃がさないぞって気合がやばくて逃げられなかっただけなんだけれでも。
登録証は身分証代わりにも使えるということなので、一方的に損をするということはないはずだった。
それでも流石に、登録手続きが終わってから登録証を受け取る際に、
「互助会で頑張ればギルドに転属できる可能性がありますから、是非頑張ってください」
などと言われたときには、ポーカーフェイスを維持するのが大変だった。
相手が口にした言葉は、単語を置き換えれば元の世界でいうブラック企業の謳い文句そのままだったからだ。
搾取する気満々だなこいつら、と思ってしまうのは自然なことだっただろう。
……下位組織、となるとそうなるわなぁ。
言葉の意味を改めて考えれば、納得もできたものだけども。
……互助会に回ってくる仕事は、ギルド所属の連中が儲からないと判断して受けたがらないものが主なんだろうな。
ついでに、支払われる報酬の中抜きがひどいのも間違いなかった。
しかし、頼る相手も居ない身としては、その日暮らしにしかならない程度の金銭しか稼げないとしても、仕事ができて金が入るのであれば有り難いということもまた間違いない事実だった。
おそらくは、多くの人間がそう考えて互助会に名前を登録し、仕事をしていたりするのだろう。
……ホント、残っている仕組みってのはよく出来てるもんだ。
ただ、そこに乗っかるだけでは決して上には上がれない。
だからこそ、どうにかして生活を改善する術を見つけていかないといけないなと考えて――動けば動くほど解決しなければならない物事が増えていく現状に、思わず肩を落としながら溜息を吐いてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます