主人公、城を追い出される 4


 部屋に入り、そのまま真っ直ぐに寝台へと向かってその縁に腰掛けて。

 そのまま寝転びたくなる衝動が湧いたが、


 ……このまま横になったらそのまま寝てしまいそうだ。


 そう思って、代わりに、自分の膝に肘をついて溜息を吐いた。


 ……面倒なイベントもなく放逐されるのが理想だったというのに、厄介な事態になってきたものだ。


 強くそう思う。


 まぁ、もしかしたら自分の考えすぎなだけで実際は危惧しているような事態にはなっていないのかもしれないけども。


 そういうことを想像してしまうような状況になってしまっている状況がそもそも嫌だという話だった。


「…………」


 思うところは多々あるものの、起きてしまったことに文句を言っても埒が明かない。気分は多少紛れるが、それだけだ。


 状況が何も改善されないのでは意味がない。


 ……まぁ考えたところで改善できるかどうかと言われると、そんなこともないのだけれど。


 考えた上で納得しておくことは、精神衛生上においては大切なことだろう。


 だから。


「…………」


 深く息を吸い、長く息を吐く。


 思考をリセットし、考えるべきことを考える。



                  ●



 ――まずは状況を整理しよう。


 今日の会合で得られた情報のうち、確定していることは城を追い出されるということだけだ。


 この問題に対して考えるべき事柄は今後の身の振り方であるが、アテになる知識は得てあるし、経験もある程度はしておいたから問題はない。

 こちらに来てから過ごした半年という期間のうち、休みを潰して街に出ることによって生活に必要な金銭感覚と労働の仕方については把握できている。

 そもそも城を追い出される前提で動いていたのだから。やっと時期が来たなという、それだけの話だった。


 もっとも、見通しが甘いと思われる部分もきっとあるはずで、あまり楽観的になれない状況になってしまったことに変わりはないのだが。


 少なくとも、勇者としての恩恵がある内は多少の無理が利くから、状況を改善する目は十分あると思っていいだろう。

 いつ消えるともわからないものに頼るのはあまり良くないことだとも思うけれど、ある程度は頼るつもりでいなければ生活が成り立ちそうもない状況なので四の五の言っていられない。


 使えるものは使える内は使えばいいし、消えたら消えたで、どうにかするしかないのだ。

 それはその時になったら考えればいい。




 ――城を出ることになった。この問題については不安を感じているわけではない。


 では、自分は何への対処に頭を悩ませているのだろうか。


 ――考えるまでもなく、新しい勇者という存在についてである。


 これはかなり厄介な問題だった。


 厄介だと感じる一番の理由は、今頭の片隅をちらついている考えが正しいかどうかを判断するための確証がない点だった。

 いやもうホント、勇者とやらの詳細についてとか諸々わからないことが多すぎて、神様でも何でもいいから呼び出した誰かが居るなら色々説明しに出て来いや! と叫びだしたくなってくるくらいには苛立たしいのだが。それはさておき。


 元より、人は持っている材料で判断することしかできないのだ。

 だったら、使えるものは正しく使えていると考えた上で思索を続ける方が建設的である。


 ――だから、とりあえず今持っている判断材料はすべて正しいものと仮定する。


 このとき、現状であの勇者についてわかっていることは――正確に言えばそうだと判断している事実はふたつある。


 ひとつは、彼女がこの世界の言語を知っているということだ。

 それも、日常会話に支障がないレベルで、である。


 勇者とはこの世界とは異なる世界から呼び出される者である、という前提が間違っていないのであれば、彼女がこの世界の言語を使えるのはおかしい。


 仮に、この世界の言語に慣れ親しむことができるほど関係が近い異世界があるとしたって――もはやこの仮定をする時点で前提が破綻していようにも思うが――勇者というものが全て自分と同じ恩恵を得られるのであれば、相手の言語を使う必要はない。


 慣れ親しんだ母国語を使えば、意味がそのまま伝わるのだから当然だ。


 それに彼女が本当に自分と同じ恩恵を受けているならば、彼女の発した言葉は俺の言葉で訳されていなければならない。


 ――そしてこれらの理由から、彼女についてわかる事実がもうひとつ現れる。


 それは彼女が勇者ではない、かもしれない、ということだった。


 勇者でなければ何なのだと言われても、正直な話、まったく見当がつかないのだけども。

 だからこそ怖いのだった。


 わからないことは怖い。思惑の見当もつかないから、どう行動するのかもわからない。


 ――ただ、あえて想像をするのなら。


 あれは少なくともこの国の味方ではないのだろうと、そう思った。


 この国の連中にしたって勇者についてもろくに説明しない奴等ばかりだし。


 今はどうだか知らないが、勇者という単語の認識が間違っていなければ、元々は魔王やらの明確な敵に対抗するための術であったはずである。


 そこを利用して何かを為すというのであれば、それはきっと敵側だ。


 目的は何か、正体は何なのか、何をしたいのか。

 そんなことはどれひとつとしてわかりはしないけども、彼女がこの国の連中が望んでいた勇者じゃないことだけはわかっている。


 ――だから悩んでいるのは、そのことを伝えるべきか否かという、その一点だけだった。


 身の振り方も多少は悩むところがあるが、結局は自分一人のことだ。

 彼女が何かしら行動を起こす前に逃げ出してしまえばいいだけの話である。


 もらえるはずだった金は惜しいけれど、何をされるかわからない状態で居るよりは、無かったことにして逃げ出してしまった方がまだ気楽で居られることだろう。


 とは言え、伝えようにも他人を信じさせるだけの証拠はない。


 そこに加えて、今の自分の立場では他人に対する説得力を持たせるのが難しいという問題もある。


 真偽はどうあれ、彼女は本当の勇者だと周囲から信じられている。


 対して自分は、バグだかなんだかよくわからないマガイモノだ。

 しかも、城から追い出されることまで決まっている。


 こんな状況で彼女は勇者じゃないと言い出してみたって――どれだけ良く見積もっても、城から追い出されないために出鱈目を言っているとしか受け取ってもらえないだろう。


 ――どうすれば信じてもらえるだろうか。

 その方法を考えるが、いい案は浮かんでこなかった。



               ●



「…………」

 熱の入った思考を冷ますために、深呼吸をする。

 一度、二度、三度と繰り返し、再び思索を再開した。



               ●



 ――答えが見つからないのであれば、まずは考えを整理しよう。


 知った事実を伝えるべきか否かを悩んでいる――それは、本当にそうだろうか?


 どうすれば信じてもらえるだろうかと考えるのなら、それを伝えたいと思っていることは確かだろう。


 では何を悩む必要があるのか。


 ――それは、知った事実を伝えたところで信じてもらえないという理由があるからだ。


 なぜなら、信じてもらえなければ状況は何も変わらないからだ。誰も動かないからだ。


 ――では、信じてもらう以外で状況を変えるに足る動機付けをしてやればいい。


 ならば、人が動く理由は何だ、と自問する。


 答えは出る。それは疑問だと。

 わからないことがあるから人は動くのだと。


 そして、そこに不安、好奇心、興味という感情が伴えば行動に対する意識が強まるだろうと。


 ――こちらの言葉が信用に足るものであったとき、彼らが得るのは疑問と不安だ。


 だったら、好奇心か興味を煽れればいい。



                ●



 ――そこまで考えが至った所で、思索を終了した。


 結論が出たからだ。


「ま、駄目だったら駄目だったでいいわな。

 大事なのは、自分が納得することだけだ」


 やることが決まれば、後は動くだけだった。


 ここから逃げ出す準備を始める。


 鞄なんて高尚なものは持っていないから、心の中で頭を下げつつ寝台のシーツを風呂敷代わりに使用することにした。


 自分の持ち物として持って行けるものは、休みの間に稼いでおいた金銭に、まだ読み終わっていない本が数冊とナイフが一本だけだった。


 折角だからと、いくつかの衣類も拝借していくことにしたのだけれど。


 ……やってることは立派な泥棒だよなぁ。


 そんな風に思いつつ、本と衣類をシーツで包んで肩に担った。


 ナイフは腰に下げておき、金銭はいくつかのずだ袋に分けて服のあちこちに仕込んでおく。


 そして最後にやることは――置手紙を書くことだった。


 ……まぁ紙はないしインクもないので形だけだが。


 寝台の布をちぎって紙の代わりにして。ナイフで指を切り、自分の血をインクの代わりにした。


 書く内容は一言だけだ。


『勇者が二人現れた意味を考えろ』


 自分の世界の言葉で書いたが、伝える意図をもって書けば、その意味が伝わることはわかっているから気にしなかった。


 ……仮に伝わらなかったとしても、意味深なものが残っていれば多少は何かを調べる気にもなるだろうさ。


 連中がそうならなかったらそれまでだけども。

 伝えたいことを書いたところで信用されないだろうから、どっちにしても結果は変わらない。


 ……大事なことは、自分はやったという自覚だ。


 考えたところでどうにもならない部分まで面倒を見る理由はない。


「勇者なんて呼ばれて、やっぱり多少は浮ついていた部分もあったのかねぇ」


 言って、自分で自分を笑ってやる。


 知ったからと言って何かをしなければならないわけじゃない。

 何かできると言っても元より高が知れているし、やれることも限られている。


 それに、やった結果がいい目に転ぶとは限らないのだ。


 ……だったら、やりたいことだけやればいい。


 自分で自分を嫌いにならない程度であれば、何をしても、何をやらなくてもいいのだから。


 手紙代わりの布を寝台の上に置き、飛ばないように念のためと、持って行かないことにした本を乗せて置いた。


 ――これで作業は終了だ。


 続く動きで扉を見た。


 普通に出て行くのなら扉を通って行くべきだが、その道中で誰に見つかるかわかったものじゃないなと考えて視線を外す。


 次に視線が向かった先は窓の方だった。


 この部屋の高さは三階相当である。普通なら飛び降りれば死ぬかもしれないけれど、今の自分は普通じゃない。


 飛び降りて足が折れたりすると笑えないが、


 ……そこは今の頑健さを信じることにしよう。


 窓を開ける。

 下を見る。

 地面が遠いように感じられる。


 やっぱり高いなと若干尻込みしたものの、他に手はないしと気合を入れて窓枠に足をかけた。


 ――踏み切るのは一瞬だ。


 窓枠に乗せた足に力を入れる。

 踏んだ勢いで体を持ち上げ、前に持っていく。


 自然ともう片側の足が前に行くが、そこに踏みしめるべき地面はない。


 すっと引かれるように体が落ちた。


 地面が迫る。近づいていく。


 ――足に衝撃が来たと同時に膝を曲げ、尻餅をつき、後ろに転がった。


 何度か回って、勢いが止まったときには天を仰いで地面に横たわっていた。


 自然と止めていた息を、ぶはっと音を立てて吐いた。


「…………」


 体は多少痛むものの、動かせないような部位はなかった。


 着地は無事に成功したようだった。


 ホントどうなるかと思ったけど、意外とどうにかなるものだと、自分のことながら感心してしまったものだ。


 勇者の恩恵に初めて感謝してもいいと思った瞬間かもしれなかった。

 こんな行動を採らなければならなくなったのもこれのせいなのにだ。


 体を起こし、立ち上がる。

 服についた砂やら何やらを手で払ってから、歩き出す。


 足の向かう先は城の外だった。


 ……見つからないように注意しないとなぁ。


 夜という時間を考えれば警備の人数は少ないだろうが、見つかる可能性はゼロではない。


 もっとも、最悪思い切り走ればどうにかなるだろうとは思っていたから、気負いすぎない程度に気にかけておくだけでもよかった。


 それよりも心配するべきことは別にある。


「……城を出てからどう動くかなぁ」


 また酒場などで雇ってもらうのも一興なのだけれど、流石に城のお膝元であるあの街で働くのは難しいだろう。


 すぐに見つかっては、煽った意味がなくなってしまう。


 となると、近くの街まで移動する必要が出てくるのだが――さて、今もっている金銭でどの程度まで遠くにいけるのだろうか。


「……まぁ、金が足りないなら歩くしかないんだけどさ」


 治安の悪いこの世界でそんなことをするとその道中で死んじゃうかもしれないなぁ、なんて考えも浮かんでくるものの、他に手段が無ければそうせざるを得ないのである。


 ……現実は厳しいよなぁ。


 相変わらずのハードモードだと、思わず口から溜息が漏れてしまった。


 ただ、これからこの世界で生きていくのであれば受け入れなければならない現実でもある。


 ……なにはともあれ、自分だけで生活してもいいことになったのだから、それをまずは喜ぼう。


 何をしてもいい、という状態は正直持て余すところもあるけども、なかなか得られるものじゃないのも確かであり。


 そんな状況を楽しむための第一歩は、この城からの脱出が成功するかにかかっている。


「それじゃあ行きますか」


 よし、と気持ちを切り替えて、歩く足を速めて城の外に向かって急ぐことにした。




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