主人公、城を追い出される 3


 部屋の中に沈黙が降りた。


 さて、この沈黙が話すことが無くなったから生じたのであれば、すぐにでも出て行きたいところではあるのだけど。

 そうなると、どうして新しい勇者がこの場に居るのか、その理由がよくわからなくなる。


 単純に、自分より前に来ていたという勇者モドキを見てみたいという希望があったと見るのが自然かもしれないとも思うのだが。


 かと言って、話し辛い雰囲気になってしまったからこの沈黙が生じたのだとすれば、話の流れからして俺が礼を言ったことがそれだけ衝撃的なことだったということになるわけで。


 それがなんだか釈然としない気持ちになるのは、俺の器が小さいからではないと思いたいところだった。


 ……まぁいずれにせよ、黙っていても仕方が無いか。


 図らずして、自分の発言でこうなってしまったのだろうと認めて。

 まともな寝床での睡眠を優先するためにもこちらから口火を切ることにしようと、そう決める。


 そして、あー、と何を言おうかと考えながら唸ることで沈黙を破ってから話を始めることにした。


「今日の用件は、追い出しますよということを伝えたかっただけか?

 だったら、もう部屋に戻って寝たいんだが」


 こちらの言葉に、はっと現実に引き戻されるような表情を一瞬浮かべた後で、王様が言った。


「……ああ、いや、それだけじゃない。

 どうしても、彼女が君と話をしてみたいということでね。

 明日には出て行くことになるのだから、この場くらいしか機会が無いだろうと同席してもらうことにしたんだ」

「若い子に夜更かしさせるのは感心しないな」


 そう茶化すように言ってみたものの、内心では王様の言った内容に疑問符と嫌な予感しか感じなかった。


 勇者モドキってどんな奴だろうと、興味を持って一目見たいと思う気持ちはわからないでもない。

 顔を覚えられたくないというのが本音ではあるのだが、状況がこうなってしまった以上は仕方ないことだ。諦めるしかない。


 ……でも、会話をしてみたいってなるとなぁ。


 そうであれば、少し話が変わってくる。


 理由として最初に思いつくものは、同じ異世界から来た者同士で情報を分けて欲しい、というところだろうか。


 ただこの場合、自分がその立場に居るならば、そもそも相手が城から出ることを止めさせる方向で動く。


 これは、相手に同情するからではない。


 ……いや、それもまったく無いとは言わないが。


 そう動く一番の理由は、相手が同じ境遇の仲間であるからだ。


 たとえそれぞれ異なる世界観の場所から来た者であったとしても、境遇が同じであると思える者が近くに居れば、それだけで気が楽になるものだろう。


 少なくとも自分はそう考える。


 だからこそ、会話だけをしたいという動機には疑問を覚えるわけだ。



 考えすぎと言われればそれまでのこと――だったのだろうが。

 彼女の第一声を聞いた瞬間に感じていた嫌な予感が正しかったことを理解した。



「――。……――?」


 彼女は今も口を開いて何かを喋っているが、その内容は頭に入ってこなかった。


 なぜなら、彼女が口にしている言葉がこの世界の言葉であったからだった。


 それでどうして驚くのかと言われれば、今も受けている恩恵の性質に理由がある。


 この世界に来てからの恩恵のひとつに、自動通訳じみたものがある。


 これには言葉や文字を二重音声のように訳語として理解できる機能と、こちらが話す言葉や文字を相手の言語に合わせて理解させる機能が存在するわけだが。


 不思議なことに、後者については自分が感じるような二重音声じみた状態にはなっていないらしいのだ。


 ……外に出られたからこそわかったことのひとつだな。


 と言っても、そういうものだと諦めていた自分はともかく、何も知らない街の人間がこの状態をすんなり受け入れるのは不自然だろうと気付いて思い至った事実でしかないのだけれど。

 それはさておき。


 要は何が言いたいかと言うと――もしも彼女が自分と同じような勇者としての恩恵を持っているのであれば、彼女の言葉は俺の世界の言語でなければおかしいということである。


 ひとつの可能性として、彼女と自分の住む世界が異なるために、たまたまこの世界の言語が選ばれたのではと考えたものの――それは俺の世界の言語で訳されない理由にはならないと却下した。


 勇者としての恩恵が消えていないこと。

 彼女が使う言語がこの世界のものであること。


 この二つの事実は、いったい何を意味するのか。


 ……うわぁ、これ以上考えたくねえなぁ。


 なんて現実逃避をしていると、周囲からの自分の態度を咎める言葉が耳に飛び込んできた。


 集中が途切れて音が聞こえるようになったようだ。


 意識を現実に戻して前を見ると、彼女が少し戸惑った様子でこちらを見ていた。


 ……そりゃあ、目の前で話をしているのに聞いていないのであればそうなるわな。


 当然と言えば当然だった。これには流石に、隣の王様もいい顔をしていなかった。


 だから、まずは素直に頭を下げた。次に申し訳なさそうな顔を作って言った。


「いや、申し訳ない。

 自分で思っていた以上に、急に城を出ることになった事実が堪えているようだ。

 彼女には悪いんだが、ここで失礼させてもらえないだろうか」


 王様は隣に座る彼女を見た。


 彼女は王様の視線を受けて、少し考えるような間を置いた後で、残念そうに溜息を吐きながら頷いた。


 だから、ありがとうと礼を言い、椅子から立ち上がって部屋を出た。



                ●



 部屋を出た先には、見慣れた侍女が待っていた。


 彼女はこちらの顔を見て少し驚いたような表情を作った。


 珍しいなと思って、どうしたと声をかけると、こんなことを言ってきた。


「あなたがそんなに顔色を悪くするところを初めて見ました。

 何があったのですか?」


 本当に心配しているような声色でそんなことを言われると、なぜだか少し嬉しく感じるものだ。


 ……弱っているせいかもしれないけど。


 なんにせよ、そんな表情が部屋を出る前から出ていたのなら、容易に部屋を退出できたことにも納得できた。


「いやまぁ、単に城を出て行けと言われただけさ。

 だから、これからどうしようかという不安でちょっと参っている。それだけだ」

「……そうですか」


 彼女は少し納得のいかない様子ではあったものの、それ以上は何も言わなかった。


 ……深く聞かれても困るから、正直助かるな。


 自分でもまだ状況の整理が追いついていないし、勢いのまま喋ると何を言うかわからなかった。


 もし何かを伝えてしまって、その結果として彼女の身に危険が及ばないとも限らないのだ。


 いやまぁ、ただの想像や推測でしかないことで、徒に周囲を刺激したくないというのが一番大きいのだけど。


「部屋に戻ろう。先導してくれ」

「わかりました」


 彼女の背を追いながら部屋に戻る。


「…………」


 その道中で考えるのは、これからの身の振り方だった。


 昔の、この世界に来る前の自分であれば、最悪の場合なんてそうそう起きないと高を括って明日まで寝こけていただろうが、今の自分はそうしない。というか、できない。


 怖いからだ。


 なぜかといえば、起こるわけがないと思っていた物語の設定そのままの世界を、今まさに実感しているからだった。


 それはすなわち、人の頭が考えられる程度の出来事はすべて起こりうるということを意味しているわけで。


 ……それがたとえ、多くの人間が実際に見たことの無い出来事であったとしても有りうるということになる。


 だから考える。頭を回す。

 どう動いたら自分は後悔しないかを思索するのだ。


 ――気がつけば、部屋の前に辿り着いていたようだ。


 彼女が扉を開いて中を示す。


 そこで、ふと、もしかしたら言う機会を逃すかもしれないと思ったら、


「……今まで面倒見てもらって悪かったな。

 助かったよ、色々と。ありがとう」


 感謝の言葉が口から出ていた。


「……仕事ですから」


 彼女はかすかに驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を戻してそう返してきた。


 にべもない返事だなおい、と思いつつも、やっぱり笑いが堪えられなかった。


 なんてことのないやり取りだというのに、なぜだか無性におかしかった。


 ……精神が不安定になっているのかね。


 ともあれ、笑えたことで随分と気が楽になったことは確かだった。


 しかし、笑いが収まってきたところで彼女を見ると、彼女の表情がかすかに曇っていた。


 なんでだろうと考えたら、すぐに理由に思い至った。

 自分が発言した後で笑われれば、馬鹿にされたのかと思うのも自然なことだろう。


 そんなつもりはなかったので、素直に謝っておく。


「あー、悪い。気を悪くさせたか。そんなつもりはなかったんだ。すまなかった。

 別にあんたを馬鹿にしたとかそういうことじゃない。

 単純に、このやり取りが面白かっただけだ。気が楽になったわ、おかげで」

「はぁ……」


 こちらの言葉に、彼女は曖昧に頷いた。

 抑えきれない疑問符で、今のやり取りのどこが面白かったんだ、と視線が語っているのだけど、そこには応えない。


 彼女の横を通って部屋に入る。


「それでは、私はこれで失礼します」

「ああ、ありがとう。じゃあな」


 扉が閉まる。

 少しの間を置いて、扉の向こうから足音が響き、段々と遠のいていくのが聞こえてきた。


 周囲が無音になる。


 そこでようやく一人になれたことを実感して――安心したような、疲れたような気分で大きく息を吐いた。


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