主人公、外出の自由をもぎとる
異世界にやってきて、無茶振りが過ぎる内容の訓練をやり遂げてやった結果として外出許可を得ることができた。
しかし、外出が出来るようになったことで生活上に劇的な変化があったかと言われると、そんなことは決してなかった。
……殆どものが買えないんじゃあなぁ。
生活環境を改善するためには頭を回すことも重要だけれども、それと同じくらいに、考えたことを実践するために必要なものが手元にあるということが重要だ。
そのために、外出希望と同時に、働いたことに対する報酬として物を買いたいと要望していたわけなのだが。
あれから実際に購入できたものと言えば、一本のナイフといくらかの書籍類くらいのものだったのだから、どうにかしろと言うほうが無茶な話だった。
……想像以上に物の購入に関する審査が厳しいんだもんなぁ。
外出中の軽食すら自由に購入できないあたりでお察しというやつだったけども。
流石にここまで制限が強いと、審査基準がどうなっているのかと問い詰めてやりたくなったものだ。
……無駄に疲れるだけだろうからやらんけども。
ただ、またも思った通りに行かなかった、なんて風に落胆しっ放しということはなかった。
最初からこうなることは想定していたから、どちらかと言えば、予想が当たってしまったことにうんざりする気持ちの方が強かったくらいである。
……期待が無かったと言えば嘘になるが。
すがるようにする期待は儚く、叶うことなどない。
そんなことは、この世界に来てから嫌と言うほど体験している。
だから。
……本命だった外出機会の獲得ができたのなら、それでいいさ。
そう思って、勝ち取った外出権利をフルに活用するべく動き回っているわけだった。
●
さて、なぜ状況が改善されないとわかっていたのに外出する権利を手に入れたのかと言えば、理由はふたつあった。
ひとつめの理由は、得られる情報量を増やしたいからだった。
城の周辺状況や、この城の中で感じた文明水準――この表現が適切かはわからないが――というものが正しいか、などなど、晴れていない疑問は数多く。
それらの疑問に、自分なりの納得をするためにも情報が必要だったのである。
一応は、この城に居る人間から教えてもらえることもできるし、実際にそうしているところもあったけれど。
それらの情報が正しいということを判断するための比較材料が、こちらには存在しなかった。
……情報の精査と正否の判断には、複数の情報源が必要だ。
基本中の基本である。
それがわからないほど愚かなつもりはなかった。
だから、この城の関係者以外から話を聞きたかったというわけだ。
……それに、生で見ることにも意味はある。
そう思った通りに、この外出を通して確認できたことはかなり多かった。
わかったことを挙げればキリがないが。
例えば文明水準はどうだったかと言うと、自分の居た場所よりは低そうだと言わざるを得なかっただろう。
自分の世界で言うところの発展途上国、あるいは山奥にある田舎というところだろうか。
あくまで印象による判断でしかないが、機械がある分だけあっちの方がマシなまである気さえしたものだった。
……いわゆる、典型的な剣と魔法の世界に出てくる舞台って感じだよなぁ。
今となってはこれが現実ということになるのだが、表現の方法が他に見当たらないから仕方ない。
町並みは洋風だった。
土を均した大通りの両脇に、石造りの壁に三角屋根あるいは平らな天井で蓋をした家が整然と立ち並んでいた。市場と思しき、物を売り買いするだろう場所には木造の屋台が出ていたりもした。
もっとも、市場の屋台は簡易な設備という感じで使用しているだけであり、住居としてはやはり石材の家が殆どのようだった。
一応は国の中心人物が居る場所なのだから栄えているはずで。そんな場所にある建築物が石材であるのは、なんとなく納得できたものだった。
――まぁ、ファンタジーの世界といえばこれだという先入観がそんな納得をさせていることは否定しないけども。それはさておき。
治安は悪かった。
大通りから少し外れた小さな路地を覗けば、暗くて狭い道に、暗く恐ろしいと感じる剣呑な雰囲気が漂っていた。
少し歩いていれば、ひったくりか泥棒を追いかける声がすぐに聞こえてくるのは日常茶飯事というのだから驚きだった。
流通は人の足あるいは家畜を遣った運搬が主らしかった。
大きな違いがあるとすれば、それは、自分の居た世界では魔物やらなにやらと呼ばれていた空想上の生物に近い、大型の鳥獣やらを利用した空輸もあったというところだろうか。
基本的には牛馬を使用しているらしいが――その牛馬にしたって、そう呼ばれているだけで姿形が微妙に知っているものと異なっている場合もあった。俗称というやつなのだろう。
……少なくとも、自分の知る馬の頭には角なんて生えてなかったしな。
活動範囲が城周辺の一角に限られている以上、得られる情報も当然限られてくるし。
自分の目で確かめられたことは先に挙げた通りだけれど、街に行って話をした人から得られる情報というものもあった。
例えば山賊や盗賊というのは当たり前のように居るらしい、だとか。
人を襲う魔物というのが現れる地域もあるらしい、だとか。
挙げればキリがないくらいに、だ。
そしてそんな情報から得られた結論は、安心安全、犯罪など滅多なことでは起こらない平和な場所で育った人間にとっては生き抜くのが非常に大変な場所なのだなと、そんなことだけだった。
まぁ、生活し続ければいずれ慣れることになるのだろうし、慣れなければどこぞで野垂れ死にするだけの話だが。なんともサバイバルな世界観である。
かつて暮らしていた世界がどれだけ平和でかつ文明的であったのかがよくわかったという話でもあるけれど。それは置いといて。
改めて、自分の体力と暮らしていくための知恵や技術を身につけなければならないと自覚できたので、収穫としては上々だったと言っていいだろう。
……そうだ、今の俺は一人じゃあ何もできないんだ。
だからこそ、様々な経験を積む機会を得る必要があった。そのために、外に出る必要があったのだ。
ひとりで生きていくためには様々なことが出来るようにならなければならない。
まず必要となることは、この世界で暮らしていくための労働の種類を把握し経験することと、食材の確保および処理の方法だろう。
特に後者は、元の世界ではどこかの誰かが代行してくれていたことではあるが、一人で生きていくためには自分でできるようになる必要があった。獲っても食えないんじゃ意味がない。
――しかし、ここで障害となってくるのが監視役の存在だった。
休みの日には時間があるから外に行くわけだが。その行動内容は監視役から城の誰かに伝わることがわかりきっている。
別に悪いことをするわけでもないのだけれど、その内容が聞いた者の気に障る何かだとすれば邪魔されることになるのは目に見えていた。
経験を積む機会を得るために、まずはこの監視役をどうにかする必要があったというわけだ。
ただ、これは意外と簡単にどうにかできた。
算段はあったのだ。
……監視役も人間だ。
監視役に宛がわれる人間は、心底真面目なやつばかりじゃあない。
その中には、散歩の付き合いみたいな、つまらない仕事を何度もしていれば飽きてくるやつもいるだろう。
そこでこう声をかけてやればいいのだ。
――うまい話があるんだが乗らないか、と。
最初こそふざけるな、なんて断ってくるわけだが、相手を宥めつつ会話をこう続ければいい。
「まぁ聞けよ。お互いにとって悪い話じゃないはずだから」
大事なのは相手の目を見ることと、十分な間を取ることだ。
じっと黙って見続けてやれば、大抵の相手は乗ってくる。
なにせ相手は今の状況を変えたくて仕方ないのだ。
聞くくらいはしてやろうと、そういう気分になってくる。
だから相手は言うのだ。こちらの言葉を促すように、言ってみろと。
聞かれれば、思うところを言うだけの話だった。
「あんたは俺に付き合うのがつまらない。
俺はあんたに付きまとわれているとしたいことができない。
――だったら話は簡単だろう?
これからお互い別れて、好きなことをやってりゃいいだけの話じゃないか。
「――ああ、待て待て落ち着け。まだ話は終わってない。最後まで聞いてくれよ。
言いたいことはよくわかっている。あんたはマジメなやつさ。よく知ってる。
それじゃあ仕事をしたことにならないって言うんだろう? わかってるさ。
……だけどさぁ、不慮の事故ってのはあるもんだろう?
ほら、例えば、人混みに入ったらはぐれちまうなんてことはよくあることさ。そうだろう?
そして、見失ってしまったら、マジメなあんたはきっと俺を探して町中を走り回るはずさ。
大きな町でなくたって、走り回れば疲れもする。
その最中に、少し休憩しても誰も咎めたりはしない。
それが例え見当違いの場所であってもな。
「それに、城に戻る前にちゃんと合流できてさえいれば、口裏を合わせることもできるだろう?
俺だってはぐれて迷ってたなんて口が裂けても言えないんだ。恥ずかしいからな」
そこまで言った後で十分な間を挟んでから、視線でどうだ? と尋ねてみる。
それでも相手はマジメなのだ。俺が逃げる可能性を考える。
だから、安心させるためにこう続けるのだ。
「俺が逃げる可能性を考えてるんなら、無駄なことだ。有り得ないよ。
こんなところに何も知らない馬鹿が一人で放り出されたらどうなるかなんて、誰にだってわかることだ。そうだろう?
「――それに、折角保護してもらえてるんだ。
飯もタダ、衣服もタダ、住居もタダ。しかも勇者なんておだててももらえる。
こんなオイシイ立場を手放すわけないじゃないか。
あんただったら手放すか? 手放さないだろう?」
ここで浮かべるのは、いかにもバカっぽく見える笑顔だ。
言っていることを心底信じているように見せられれば――そして、相手がこちらを下に見るような笑みを返してくれば成功だった。
まぁ会話の内容は相手によって違うが、概ねこんなことを言えば相手も乗ってくるというわけだった。
誰だって楽をして稼ぎたいのだ。
休みのように過ごした上で金が入るとなれば、大抵の人間は飛びつく。
中には潔癖な人間も居るわけだが、そのあたりは地道に観察を続けていれば見分けられるものだ。
要は、自分と同じようなクズを見分ければいいだけなのだから、簡単な話である。
そうやって何人かに話を続けていけば、そのうちに、監視役の人間は監視役としては不適切な者で埋まっていく。
なぜなら、うまい話は隠し切れないものだからだ。
口が軽い人間も居れば、素行で容易くばれるものも居るだろう。
悪事がばれた後で採れる選択肢は、ばらされるのを受け入れるか、相手も巻き込んでしまうかの二つに一つで――大抵の人間は後者を選択する。
なぜかって? うまい話をかぎつけるのは、大抵が同類だからに他ならない。
時間をかけて、ゆっくりと、自然に、監視役の人間が入れ替わっていき――いつしか休みの日は本当の自由時間になっていくわけだ。
まぁ冷静になって考えると、これが本当にばれていないのかどうかは正直微妙なところではあるのだが。少なくとも表立って咎められないのであれば、それでいいと思うことにして。
ひとまず出来た時間で街の人とうまく交流するところから始めるとしようと、そう考えながら、今日も今日とて人混みで監視役からはぐれることになるのだった。
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