幕間:ある小国の王の感想


 勇者である彼が去った後、会議場は一気に騒がしくなった。


 この場に残った者達が口にする主なものは、当然のことながら、彼の態度に関する罵詈雑言だった。


 一部には、私一人で彼と会話を進めて殆どの部分を決めてしまったことに対する不満も出ていたようにも聞こえたけれど――それはついでのようなものだろうと思い、聞かなかったことにしておいた。


 ……こうするしかなかった、ということまでわからないほどの愚昧でもあるまい。


 彼は私以外と話をするつもりがなくなった。


 そのことを認めたくはないと思いつつも理解してはいるからこそ、こんな有様になっているのだろうと思ったからだった。


 ――それに、彼はこちらを蔑むような態度を隠さなかった。


 普通の神経をしていれば、攻撃的な態度を取られて穏やかでいられるはずもない。


 ……とは言え、表現はともかくとして、彼の言っていることは概ね正しい。


 そのことがわからない者などこの場にはいないだろうに。

 それでも彼らが納得出来ずに荒れているのは、図星を刺されたのもあるだろうが――なによりも、勇者というものを下に見ている部分があったからなのだろうと強く思う。


 ……そんな考えを持ってしまうのも、当然と言えば当然だがな。


 なぜなら、呼び出した後の彼らは私たちに頼らなければ生活が出来ないからだ。


 生殺与奪の権利を持っているという事実は、驕りの感情を生む。

 本来ならば私たちの行いは責められるべきものであるはずなのに、生かしてやっているという思い込みがその事実から目を背けさせていたわけだ。


 ……今回呼び出した彼は、その事実を正しく理解していたということだな。


 だから、彼はあえてそういう態度でいたのだろう。


 そこを正しく認識している人間と話をするために、あえて、だ。


 まぁ言いたいことを言っているだけの部分もなかったとは思わないけれど。というか、殆どそうだったに違いないとも思うのだけれども。


 彼は感情をあえて抑えなかったのではないかと、そう感じたのも確かなことだった。


 なにせ、大抵の人間はたとえ一度死に掛けたような経験をしたからと言って――いや、むしろ一度そんな経験をしてしまえば、そうなるだろう状況には強い忌避感が出て行動できなくなるものだからして。そうならないような行動をしてしまうものが大半だ。


 もちろん、世の中にはそういった恐怖を乗り越えられた人間も存在するだろう。


 ただ、その内の殆どは、長い時間をかけて恐怖を克服した者たちだ。


 ……それに対して、彼はどうだ。


 彼の体感時間で言えば、死を体験してから一日も経っていなかったはずだ。

 その上で彼が言葉通りに庶民だったとしたならば、彼にとって、死とは無縁のものだったはずである。


 そんな人間がああも容易く一歩踏み込んでこれるのであれば、私としては憤りよりも感心する気持ちの方が強かったのだ。


 そこに加えて、おそらく――こちらが彼を処分できない理由にも多少当たりはつけているのだろうと、そう思う。


 彼が目覚めた直後の出来事については報告を受けていて。その時から既に、彼はわずかに得た情報から思索を続けていたという話も耳に入っている。


 その結果としてこちらの感情を、見抜くことが容易な類のものであったとはいえ、起きぬけで混乱しているだろう状況においてさえ正しく看破することができたのだ。


 その程度の頭はあると見るべきだろうし、その前提もあってのあの態度であるならば、むしろ評価しなければ見る眼がないと言われかねまい。


 しかし一方で、実際のところでいえば、彼個人にそこまで価値が無いことも事実だった。


 期待していた特殊な能力は、ある意味では歴代の勇者たちに比べれば脅威として扱える代物だろうと予想されてはいる。

 その性質上、残念ながら現時点では詳細がわからないけれど――むしろ、詳細がわからない方が使い方に幅が出そうな気さえするほどのものではあった。


 ……とは言え、人という生き物は目に見えてわかるものにこそ価値を見出すものだ。


 歴代の勇者が持っていた能力は戦闘などに有用なものが殆どだったこともあり、勇者に対しては直接的な戦闘能力に対する期待する者が多かった。


 そんな状況において目当ての能力を持っていない以上は、彼に対する周囲の見方も必然的に厳しくなる。


 つまり、今回はたまたま私の判断のみで彼の処遇を決めることができたものの、今後もそうできるかはわからないというわけだった。


 これからの彼の態度や積み上げる成果の内容によっては、そうできる可能性は非常に低くなるに違いない。


 もっとも、彼はそんな心変わりも敏感に察知してあっさりとこちらを見限りそうな気もするし。もしそうなれば色々と面倒事が増えるのだが――あまり先のことを考えすぎてもよくないなと、溜息を吐いて思考を中断した。


 そして、未だに騒ぐ者に対しては、ひとまずは彼がこちらの用意した訓練を経てどうなるのかを確認してから決めればいいだろうと言って黙らせた後で、今日のところは部屋に戻って眠ることにした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る