主人公、偉い人とこれからについて話をする 3
どれだけ気をつけようと間抜けなところは直りはしないと、そう実感しながら笑った後で。
そのまましばらく待っていると、出て行った一人が椅子を持って現れた。
彼はこちらのすぐ傍に椅子を置くと、すぐに扉の傍へと下がっていった。
どうも、とだけ声をかけて椅子に座る。かなり立派な椅子で、座り心地は結構良かった。
これなら、仮に長い時間座ることになったとしても楽に過ごせそうだ。
こちらが座ったのを見てから、彼が言った。
「では、話し合いを始めよう」
「いったい何について話し合うんだ?」
「あなたに協力してもらうための条件について、取り決めを」
「そりゃあ意外な内容だ。
あれだけ歓迎されていなかったんだから、てっきり俺をどう処分するかって話だと思ってたよ」
「……そうだとしたら話し合いをする必要はないだろう」
「最後に食べたいものでも聞いてやろうと思ったとか、なぁ」
「……あなたの立場からすれば、私たちが人の命を軽く扱っていると疑われるのも無理はないと理解はした。
しかし、この世界においても、安易に命を奪う選択肢は好んで実行するものではない。
必要であれば躊躇わないが、今はその必要もないだろう」
「ああ、わかった。今はとりあえずそういうことにしておこう。それで?」
「私たちはあなたに協力してもらいたいことがある」
「断ってもきちんと保護してくれるならその言い方は正しいが。
今の状況だと、強制させたいことがある、とでも言い換えた方が適切じゃないか?」
彼はこちらの言葉に苦笑を漏らしたものの、取り合うことなく話を進めた。
「とは言え、具体的に何かをして欲しいということはない。
戦えるようになってさえくれればそれでいい」
言われた内容に、少しだけ呆けてしまった。
実質、何もしなくていいと言われたも同然なのだから当然だ。
とは言え、呆けていたのも一瞬だけだ。
今の言葉は、言い換えれば、おまえには何も期待していないということになるからだ。
わかっていたこととは言え、人生台無しにされた上にこの物言いを実際にされてしまうのは、流石に癇に障るものがあった。
そんな苛立ちが多少表情に出てしまったのか、彼は気を悪くしたらすまないと謝ってきた。
その後でこう続けた。
「一番重要なことは、勇者という貴重な戦力がこの国にあるという事実なのだ。
もちろん、使えるものは使うが。
まずは、この国に勇者が居る、という状態を作っておきたいわけだ。
そしてその状態を長く継続するために、少なくとも自分の身が守れる程度には強くなっていて欲しいとお願いしている。
あなたからすれば、呼ばれた理由がその程度なのかと思うかもしれないが、私たちにとっては死活問題でね。
なにせ、私たちの国は大きくない。
他の国と渡り合うために、大きな戦力を保有しているという事実は重要だ。
私たちはそれだけのためにあなたを呼び出した、と言ってもいいほどに、切実な理由だということを理解してほしい」
「……なるほど」
要は、この世界における勇者という存在が、俺の居た世界で言うところの核兵器を保有しているかどうか、みたいな位置づけになっているわけか、と考える。
……有り得ない話ではないな。
勇者という人間のもつ能力が戦力として大きいものであるという認識が広まっているのなら、実際はどうであれ、詳細がわかっていない人間からしてみれば同類だ。
そしてそう見えるのであれば、カードとしても有効だろう、という判断も理解はできた。
……じゃあいいか。
言われた内容に納得できる部分があったなら今はそれでいいと、余計なことまで考えそうになる自分を戒めた。
相手は権謀術数渦巻く場所で生きてきた人間だ。
いくら考えてみたところで、まったくの素人が太刀打ちできるわけもない。
今やっていることは元より負け戦であり、五体満足に生き長らえる程度の譲歩を引き出せれば十分だ――ということを肝に銘じつつ、思考の熱と一緒に軽く吐息を吐いた後で、彼を見ながら言った。
「期待に沿えるかは怪しいもんだぞ。
戦ったことなんて一度も無い、か弱い庶民だったもんでな」
「それは承知の上だよ。呼び出される勇者はだいたいがそうだった。
だから、こちらで訓練内容などは考えてある」
「そうかい。それじゃあ、それが厳しいものでないことを祈っておこう」
「こちらの要望は聞いてもらえると思っていいのかな?」
「右も左もわからない場所で、一人でやっていけると思うほど能天気じゃなくてな。
どうせ帰れないんだろ?」
「……そうだな。少なくとも私は、勇者が自分の世界に戻ったという話は聞いたことはない」
「じゃあ何で勇者を何度も呼ぶ必要ができるんだろうな?」
「人は死ぬ。色々な要因でね」
「死因を聞かせてもらっても?」
「想像の通りだと思うよ」
「そうかい。もしもそうなら、切り捨てる時は苦しまないように一息にやってくれ。
……それじゃあもう少し具体的な話に移るとしよう。
待遇の話だ。俺の扱いはどうなるのかは、当然のように気になるところだ。
客人か? それとも見習い兵士でこき使われるのか?
出来れば前者が楽でいいんだがね」
「扱いは客人とそれの半々というところだろう。
君がどんな相手であっても自由に振舞うことを咎めるつもりはないし、衣食住に困らせるつもりもない。
ただし、それらはあくまで、用意した訓練をしっかりとこなしてもらうことが前提だ」
彼の言葉を聞く限りにおいては、待遇もそう悪いものではなさそうだった。
……それに、十分すぎる落としどころだ。
現状において、この世界の常識を学ぶための場と時間は絶対に必要なものだ。
この提案内容であれば、それを問題なく確保することが出来るだろうと考えられる。
乗っておくのが妥当な判断というものだろう。
……お互いにいつまでこの関係を続けるのかは、また別問題だからな。
そこまで考えたところで、椅子の背もたれに身を完全に預け、溜息を吐いた後で言った。
「自由時間もちゃんと用意してくれるならいいぞ。
……週休二日って言って理解できるか?
それを保証してくれれば、まぁ、就職後にいきなり僻地に飛ばされたと思って色々と諦められそうだ」
「では、細かい部分は実際に過ごした上で決めてもらうのが一番だろうから、都度話し合いの場を設けることにしよう」
彼がそう言うと同時に、部屋の内部の空気が少し弛緩したように感じられた。
――いや、実際のところは自分が単に脱力しただけかもしれないが、いずれにせよ、この場での話し合いはここで終了だと思ってよさそうだった。
椅子から立ち上がって、扉のほうに向かう。
誰も止めないところを見ると、本当に終わりのようだった。
最後にと、扉に手をかける前に彼に向かって言っておく。
「待遇はほどほどに良くしておいてくれよ。
根性無しなもんで、ちやほやされていないと逃げ出しちまいそうだ」
「善処しておこう」
「期待しておく」
そして、じゃあなと言い残して、部屋の外に出た。
部屋の外、扉の脇にはこの部屋まで自分を案内してきた二人がまだ残っていた。
居てくれなくてはむしろ困るくらいだったのでほっとした。
ここから自分に宛がわれた部屋までどう行けばいいのかわからないのだから当然だった。
男の方に視線を移して言う。
「終わりだとさ。部屋まで案内してくれないか?」
「わかりました。行きましょう」
反応は速かった。
ここに来るまでと同じように、女が明かりをもって先導し、その後を男、俺と続いて歩く。
その道中で、そういえばと、部屋に入る前の出来事を思い出して男に聞いてみた。
「扉越しでも中の会話って聞こえたのか?」
「……ええ、まあ」
「そうかい。ならいい」
相手がどう思ったのかまでは知ったことじゃない。
ただまぁ、自分は言ったことをやってみせたぞ、ということが相手に伝わっていたかどうか――それを自分で認識することは重要だ。
なぜならば、こういう小さなことの達成を積み重ねによって、自信というものが築かれていくからである。
……これからもぼちぼち積み重ねていくとしよう。
そう考えながら、部屋への帰路を進んでいった。
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