05
連れてこられたのはタワービルのダイニングレストランだった。
窓際のカウンター席がカップル席のようになっていて、夜景を見ながら食事ができる。
すごくおしゃれで素敵だ。
ロマンチックすぎて胸がときめいてしまう。
いや、ちょっと待って。
さながら我が社のイケメン王子様と一緒にこんなところで食事したら、何もなくても緊張してしまうよ。
しかも王子はいろんな女の子とこういうところに来なれてそうだけど、私は初めてでどうしていいかわからない。
元彼だって、こんな素敵なところは連れてきてくれなかったよ。
ぼやっとしている私を、坪内さんはスマートにエスコートして、席についた。
ちょっとマジで緊張する。
坪内さんはこういうところが似合うけど、私には敷居が高いよ。
私は近所のファミレスで十分なんだけどな。
「酒は飲めるか?」
「甘いのなら少し。」
「食べれないものは?」
「好き嫌いはないです。」
坪内さんは店員さんに、ぱぱっと注文する。
さすが王子様。
王子ほどこのシチュエーションが似合う人はいないよ。
一連の流れをぼーっと見ていた私に、坪内さんは苦笑する。
「何固まってるんだよ。」
「いえ、このシチュエーションに坪内さんが似合いすぎて感心してただけです。」
「何だそれ。」
素直に感想を言うと、坪内さんは溜め息混じりに笑う。
店員さんが運んできたカクテルに口を付ける。
甘くて優しい味がした。
お酒はあまり強くないので、少しで顔が赤くなってしまう。
この機会に、お酒の力を借りて聞いてみる。
「もう派遣は雇わないんですか?」
いつも坪内さんの補佐をするのは派遣の女の子だった。
一般事務のようなWordとExcelとPowerPointだけ扱える人とは違って、少し高度なAccessやSQLも使える人材。
坪内さんの補佐をするにはそれくらいのスキルがいる。
私にそのスキルは…あまりない。
データ抽出用に使ったりするけれど、それは決められた手順で作業をするだけだ。
1からやれと言われたら無理。
「秋山がいるからいらないだろ。」
私の疑問を他所に、あっさりと否定する。
「それにすぐ辞められたら困る。せっかく仕事を教えてもまた振り出しだ。」
そりゃね、若い女の子を雇うんだもん。
坪内さんの王子様スマイルで皆やられちゃうわよ。
告白して振られたら、やっぱり辞めるよね。
私だったら辞める。
居づらくて仕方ない。
「罪作りな人ですね。」
「俺が悪いのかよ?」
私の言葉に、坪内さんはムッとした。
「優しくするから勘違いしちゃうんですよ。気安くご飯とか連れてっちゃダメです。」
「連れてってねーよ。勝手に好きになって告白してきて振ったら仕事辞めるとかいいやがる。いい迷惑だ。」
「モテ自慢ですか?」
「嫉妬するなよ。」
楽しそうに笑う坪内さんをじろりと睨む。
ああ、本当に、イケメンは罪だ。
歴代の派遣女子たちよ、坪内さんの腹黒さには気付かなかったのかい?
それとも、とにかく顔が好みだったのかな?
なんて考えつつ、先程の会話に違和感を覚える。
あれ?
ご飯連れてってないって言った?
じゃあ私は?
真意がわからず坪内さんを見ると、目を細めながら言う。
「秋山も勘違いしてる?」
「はあ?しませんよ!」
ほんと意地悪な上司だ。
いたずらっぽく笑うその表情ですら美しいとか思っちゃう私の目はどうかしてる。
からかわれてるだけなのに。
これだからイケメンは困るんだよ。
「秋山は勘違いしていいよ。」
坪内さんの言葉の意味がわからず、私は首を傾げた。
ちょうどデザートが運ばれてきたので、私の思考はデザートプレートに切り替わる。
花より団子。
坪内さんよりデザート。
ガトーショコラにクリームとフルーツが上品に盛り付けられている。
美味しそうすぎる。
「坪内さんはデザート食べないんですか?」
「甘いのはあまり。秋山の食べっぷり見てた方が楽しい。」
大口を開けて食べようとしていたので、ちょっと控え目に口をつけた。
しっとり濃厚な、それでいて甘さ控え目なガトーショコラが口いっぱいに広がる。
「ガトーショコラめっちゃ美味しいですよ。少し食べますか?」
お昼の一件で気を許してしまったのか、ただの気の迷いなのか何なのか、思わず声を掛けてしまった。
坪内さんは笑顔を称えながら、
「じゃあ一口。」
私が手にしているフォークを、私の手ごと掴んでひとすくいして口に入れた。
さながらあーんをしたような形だ。
ぼんっと顔が熱くなるのがわかる。
「うん、確かに美味い。」
照明が薄暗くてよかった。
ほんとに、勘違いしちゃうから。
このイケメン王子め。
行動が読めないよ。
ちょっと待って。
さっき、秋山は勘違いしていいよ。って言わなかった?
それって坪内さんを好きになってもいいってこと?
まさか?
いやいや、そうやって人の心を弄んで、ほくそえむに決まっている。
イケメン王子ではあるけど、あの人は腹黒上司で意地悪な悪魔なんだから。
勘違いするな、私。
それに、そもそも私は恋愛する気なんてないんだから。
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