第3話

「急に土砂降りになりましたからね。

 こんな寂しい日にお客もなくふたりっきりで籠っているのは気が滅入っていたんですよ。 

 誰かが入ってきてくれただけで、気晴らしになりますよ。

 おまけに、うちにとって新顔のお客さんだ」


 とかげは男の温かい言葉に驚きましたが、心底ほっとしもしました。

 それで余裕が出たのか、ふと店の壁にメニューが貼られているのに気がつきました。


「ビールを一杯ください」


 それはメニュー表の一番上にある、一番安いお酒でした。

 ビールなら、地主さんのところの宴会で飲んだことがありました。

 ひどく酔っぱらうこともなさそうですし、何より今持っているお金で足りました。


「かしこまりました。ビールですね」

 

 若い男が店の冷蔵庫を開けようとすると、


「いや…」

 と、初老の男が軽く手を挙げて遮りました。


「こんな寒い日にビールでもないでしょう。

 ますます冷えてしまいますよ。

 これから、この雨の中を帰るんでしょう?

 少し温まって行かれたほうがいい」


 とかげは困って言いました。


「ほかのお酒は聞いたこともない名前だし、第一、おいらには高すぎますよ。

 ひどく酔っても困るし…。

 それに、おいら、ビールなら飲んだことがありますから、安心です」


「今日はわたしとバーテンだけしかいないから、この三人だけの内緒で、私が自慢の紅茶を淹れますよ。

 実はこの店は、元は喫茶店だったんですよ。

 客が入らないので、バーにしたんですがね」


「おかげでわたしは仕事にありついた、というわけですよ」


 バーテンが蝶ネクタイに手をやりながら笑いました。


「マスターのお茶はおいしいんですよ。

 ぜひ、飲んでいかれるといい」


「そうしてください。

 店の品物ではないのですから、今日はお代は結構ですよ」


 それを聞いて、とかげは済まない気がしましたけれど、一方とても安心しました。

 お代がかからないからではありません。

 この店の人たちが、ふたりとも心から優しい人だということがよくわかったからです。

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