娘は死春期

まるまる

第1話 娘は死春期

「ねぇパパ、道具にこだわりとか持ってるの?」

「……何故今その話をする。」

「いや、なんとなく。」

「……ない。」


数秒の沈黙。なぁ娘よ、俺はどうすればいいんだ。


「こだわりがないから撃ち損じるんでしょ?カバーするこっちの身になってよ。」

「いつ、俺が、お前に、カバーしてくれと頼んだ。」

「カバーしなきゃ予定が狂うでしょ!!」

「分かった…分かったから大声を出すな。」


なぜ娘はこうなってしまったのか。思春期と言えど、さすがに口うるさいにもほどがある。

昔は「パパ大好き!」って言ってくれたのに…


「そんなこと言ってない。」

「……心を読むな。」

「じゃあ読ませないで。できるんだからやってよ、めんどくさい。」


ツカツカと音を立てながら、鮮血の中を歩いていく娘。嗚呼、娘よ。できればその音も立てないで欲しい。できるんだから。


「……処理は俺たちだっけ。」

「は?それは私達じゃないって、さっきも言ったでしょ。ジジイになるの早くない?」

「言葉遣いに気をつけなさい。お父さんだぞ。」

「は?うるさ。」

最近、「は?」が枕詞になりつつある。マイブームなのかな。怖い。


娘が最近、思春期を迎え、反抗期に突入した。「反抗期は辛いぞぉ?」とは聞いていたが、正直舐めていた。こんなに可愛い娘が俺を嫌うわけがないと。

今も本当に俺を嫌っていると思っている訳ではない、そんなことは分かっているのだ。子猫の甘噛みのようなものだと。

しかし、甘噛みも結局は噛んでいるので、痛いものは痛い。しかも娘は成長した。鋭さを増した牙は、俺の心に穴を穿つのである。


「ねぇ、明日も学校なんだけど、飛ばしてよ。」

『仕事』を終えた俺達は車で帰路についていた。


「……学校は楽しいか?」

「まぁまぁ。」

「まぁまぁ…曖昧だな。」

「じゃあ楽しくない。」

「それも困るな…」

「じゃあ楽しい。」

「『楽しい』の前に『じゃあ』が付くのは楽しくないヤツだぞ。」

「私寝るから、着いたら起こして。」


ねぇ皆、助けて。思春期の娘、怖い。俺との会話が楽しくないって言いたかったのかな、そうなのかな。


「さっきの話の続きだけど。」

寝るん違うんかい。


「こだわり持ってよね。道具にも、仕事にも。パパはフラフラしすぎ。」

「……時にこだわりは自分を縛る鎖になる。」

え?俺カッコよくない?めっちゃカッコよくない?


「は、キッショ。」

まぢひどい…リスカしょ…


「そんなんだからさっきも……」


あ、これ長いやつだ。そう確信して自宅に着くまでの30分間、娘の説教は続いた。




元々、娘をこの世界に入れる気は無かった。こんな汚い世界は知らず、綺麗で、華やかな世界で人生を歩んで欲しかった。しかし、俺は甘えてしまったのだ。娘の優しさに。

神よ、もしいるのなら聞いて欲しい。彼女だけは、彼女だけは幸せに。



「……せだし…」

「ふぁ?」

「なんも言ってない。」


ふてくされながら車を降りて自宅へ駆けて行く娘。もうわからん。年頃の女の子、わかんないです。


俺は車を処分のため、解体しながら笑みをこぼしてしまう。

このぬるま湯に浸かっていたいと願ってしまう自分が憎らしい。たとえそれが血で染められていたとしても、彼女といればそれでもいいとさえ感じる。


俺も幸せだぞ、娘よ。


「ねぇ、車一つ解体すんのにどんだけかかってんのよ!あと一緒に洗濯しないでってこの前言ったでしょ!?」


ごめん、やっぱ今の無しの方向で。

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娘は死春期 まるまる @marusansan

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