最終話 ギルバード様と勇者様!
招かれざる客により扉が開け放たれた。闇に包まれた魔王シューベルトは一切動じる事なく、いやむしろ歓迎の笑みを浮かべて立ち上がった。
「ふっ、我輩の復活を察知して来たか。ようこそ、このシューベルトが支配する魔王城へ」
シューベルトは両手を広げる。閉め切った室内だというのに黒いマントがはためいた。
「魔王シューベルトッ!何故人間を攻撃するんだ!」
ギルバードはシューベルトを睨む。鮮血の如き瞳は怒りに燃え、握り締めた剣を突きつけた。
ギルバードの問いかけにシューベルトは呆れたようにため息をついた。
「他人がどうなろうと関係ない。だというのに、勇者とは生粋のお人好しだな」
シューベルトは虚空に手を翳す。
その手には刃に細かい凹凸のある、鋸状の大剣が握り締められていた。飾りと思われる部分には鋭い犬歯の生えた口が涎を垂らしていた。
「その問いかけに応えよう、勇者よ。ズバリ、なんとなくだ!」
片方の口角を歪にあげ、下衆な笑い声をあげながらシューベルトは剣を構える。
シューベルトの身勝手極まりない動機に対してギルバードは己の思いをぶつけた。
「シューベルトッ、貴様こそ外道と呼ぶにふさわしいッ!!今ここでッ、貴様を討つ!!」
ギルバードの宣言を合図に後ろにいた三人が一斉に最大威力の魔法を唱えた。
リュウトの
捻れながら突き進むウォーターランスは竜巻の遠心力も合わさり、ウォータージェットカッターとなって凶悪な魔法になった。
更にその上、タイガの雷魔法ライトニングが加わった。その電圧、百億万ボルト!!対策なく食らえば命の保証はないッ!!
タイガはためらう事なくライトニングを竜巻に向けて放った。
そうッ、水は電気をよく通すッ!!ただでさえ切り刻むことに特化したウォーターランス+クロストルネードに百億万ボルトの電撃。
いかに対策をしようとも死という定めから何人たりとも逃れることは出来ない。確定的に明らかである!!
なす術なくシューベルトは竜巻に飲み込まれた。
「やったか!?」
勇者一行の誰もが勝利を確信したッ!タイガが拳を握り、愉悦に尻尾を揺らす。
「いや、まだだ。魔王はまだ、生きている!」
ギルバードが慢心したタイガに鋭く喝を入れる。
もうもうと立ち込める砂埃から一つの影がゆらりと姿を表した。ぱちりぱちりと手を叩きながら、シューベルトが靴音高らかに近づく。
その身に傷一つ、それどころか衣服に乱れもない。
「実に素晴らしい威力の魔法だ。最も、闇の覇気の前では無意味な足掻きだったようだがな」
シューベルトの周りをドーム状の黒いモヤが覆う。
長い歴史の中で数多くの命を屠って来た魔王の魔力は神でさえ打ち破れないほど強固な守りを持っている。それが闇の覇気である。
その守りを突破できるのは神が唯一、自ら祝福を授けたという勇者の攻撃だけである。
「ギルバード様、やはり勇者である貴方の攻撃しか通用しないようです」
リュウトがギルバードに叫んだ。援護のために身体強化の効果を持つ風魔法、エアステップをギルバードとエミリアにかける。
移動速度の上昇により、二人の体は人の限界を超えるスピードを負荷のなく発揮出来るようになったッ!
「ああ、分かってる。いくぞ、エミリア!」
「はい、ギルバード様!」
二人は剣を構えると駆け出して、シューベルトの闇の覇気に白刃を突き立てる。
ガリガリガリッ、と金属同士が擦れ合う甲高い叫び声にシューベルトは得意げに笑い、そして何かに気づいた。
「闇の覇気をたかが剣で貫けるものかッ。む?
「それがどうしたッ!」
呆気にとられたように口を開けていたシューベルトをギルバードが更に睨む。シューベルトの姿が消え、次の瞬間には王座に腰掛けていた。
その挙動を捕らえたギルバードに剣を向けられているというのにシューベルトは腹を抱えて笑いだした。
「何がおかしい!シューベルトッ!」
「これはこれは驚いたッ!貴様らのうち、どちらかが勇者だろうと思えばー」
シューベルトは言葉を切り、エミリアとギルバードを指差す。
「どちらも勇者ではない、とはとんだ肩透かしッ!この魔王城に忍び込んだはたかが鼠だったとはなッ!」
四人に動揺が走る。そう、リュウト、タイガ、そしてエミリアはギルバードこそが勇者だと信じて疑わなかったのだ。
「その無謀に免じて痛みなく殺してやろう!」
珍しく動揺したエミリアはシューベルトの行動を許してしまった。かざされた魔法陣から闇で作られた禍々しい弾丸を茫然と見つめる。
エミリアが気づいた時には遅かった。既に発射された弾丸はエミリアの額から数ミクロンの位置にあった。
絶対不可避、絶望的な死を覚悟する。
「間に合えッ、ライトニングアクション〈
辛うじて誰よりも早く放心から脱したタイガが動いた。
身体強化の効果をもつ雷魔法、ライトニングアクション。普段は体の強度や回復力を考慮して精々『3秒程度時を無視して』行動できる程度に威力を抑えている。
それを彼は己の限界を超えた威力で使用した。タイガの超加速は音を光を、そして世界すらも置き去りにする。
完全停止の世界。一切の音も光もなく、タイガ以外に動ける者はいない。魔王やエミリアですらも知覚出来ない速度。
「やっちまったぜ、これ使った後は暫く動けなくなるっつーのによ」
タイガはエミリアを突き飛ばす。初めて見る焦った表情のエミリアに笑いかけた。
「魔王は任せたぜ、
そして、時は動き出す。
魔王の凶弾はタイガの交差させてガードした腕を食いちぎりながらその体を吹き飛ばしたッ!
壁に埋もれ、血を流すその姿にリュウトが悲鳴をあげる。
「ほお、どうやらタイガがお前を庇ったか。人間を庇うとは魔物の名折れよッ!」
「なんだとッ!貴様、タイガを知らぬヤツに何が分かる!?」
シューベルトの発言にリュウトが噛み付いた。友を侮辱された怒りで全身に血管が浮かび、体を覆う鱗が範囲を広げている。
「タイガはただ一人、魔物の未来を憂いたヤツだ!戦うことが好きな、たった一人の俺の親友だッ!!ぶっ殺してやるッ!!」
リュウトの体が光に包まれると、その体積は急速に膨張した。光が晴れる頃、その場所にいたのは光り輝く竜だった。金色の鱗を纏い、翼を広げて宙に浮く。
深く息を吸い込んで虹色に輝くブレスを魔王に吐いた。その途中にあった柱や床を溶かし、その表面を虹色に光る謎の物体に変えていく。
シューベルトは高らかに笑いながらリュウトのブレスを闇の覇気で受け止めた。その顔に焦りも動揺もない。それほどまでに闇の覇気に絶対の自信を持っているのだ。
「エミリアッ、立て!今がチャンスだッ!もう一度仕掛ける!」
「でも攻撃はッ」
「俺を信じろッ!二人で帰る、その誓いを思い出せッ!」
エミリアが目を開く。落としていた短剣を拾い、ギルバードと同時に闇の覇気に再度切っ先を突き立てる。
「諦めが悪い、というのも実に哀れだな。逃げるという選択肢さえ自ら捨てるのだから救いようがない」
シューベルトが憐憫の眼差しを二人に向ける。そう、闇の覇気が破れぬというのに足掻く子供を、誰が哀れまないというのか。
「何故足掻くのだ、紛い物の勇者よ」
「叶わぬと知っていても!俺には守るべきものがある!」
「力だけの魔王に、大切な未来を!あの温もりを失わせない!」
シューベルトの問いかけに二人が答える。火花を散らし、突き立てた刃が闇に食い込む。
リュウトのブレスを受け止めていた部分に亀裂が走る。
今まで勇者以外に破られたことのない闇の覇気が破られつつある状況。初代勇者と対面した時以上の衝撃に魔王はかつてないほど動揺した。思わず後ずさる己の弱さに歯を食いしばる。
そして、血塗れのタイガが亀裂に刃を突き立てた。バンダナを使って無理やり手と剣を結びつけ、息も絶え絶えだというのに魔法を唱える。
「渾身の一撃だッ、スパークッ!」
剣から迸る青い電流がとどめとなった。リュウトのブレスに触れた電流が小爆発を起こし、闇の覇気が砕け散る。
「何がお前たちを駆り立てる!?勇者でもないくせに!何故絶望しないんだァ!?」
「「愛する人がいる限り、守るために立ち上がるんだァァ!!」」
魔王の瞳に砕け散る闇の覇気の破片がスローモーションとなって映る。常に暗い視界が晴れた今、魔王は初めてギルバードの銀髪が虹色に照らされていることに気づいた。
己の魔石を貫く二つの刃と鋭い痛みを感じながらも、シューベルトは虹色とルビーから目が逸らせなかった。死が迫る魔王の脳に走馬灯が過ぎる。
◇◆◇◆
『今の俺では……、お前には勝てないッ!!そんなことは分かっているッ……!』
シューベルトの瞳にはギルバードではなく、かつて対峙した初代勇者の姿が克明に映っていた。
魔王の大剣が勇者の胸を穿ち、勇者の剣が魔王の腹を貫いていた。汗ひとつかかない魔王と違い、勇者の声が弱まっていく。
『だから今は時間を稼ぐ……、人が強くなるまで……、いつか、お前を殺せるようになるまで……』
やがて、がっくりと勇者の体から力が抜けた。凭れ掛かる虹色の髪と二度と開くことのない赤色の目に特に何も思うことはなく、躊躇いなく剣を引き抜いた。
虹色の髪を持つ赤眼の初代勇者を殺した後、力を使いはなした魔王は眠りについた。それ以降も勇者は幾度となく襲来した。
戦いは常に魔王が勝った。勇者の心臓を抉り、脳を潰し、国を幾つか滅ぼした。百を過ぎた頃、魔王は勇者と戦うことに辟易していた。勇者ではなく、その家族と友人を殺すことで心を折ろうとしたのだ。
『お前に何が出来る?勇者よ、全て諦めて死を受け入れろ』
『諦めない……母さんと父さんを……殺したお前を……』
大剣で切り落とされ、短くなった虹色の髪の感触に魔王が顔を顰める。初代勇者の正義に満ちた眼差しではなく、暗い瞳をした先代の勇者にとどめを刺すべく耳元で囁く。
『一人で何が出来る?たった一人で孤独に戦うお前を、誰が支えてくれた?』
勇者がピクリと反応する。そして、己の腹を貫く魔王の大剣を掴んだ。その拍子に流れる血に構わず、笑い出す。
『そうか、そうだったのか!!一人だから勝てなかった!戦えば戦うほど遠くに行ってしまって、忘れていたんだ!!』
勇者の手が魔王の胸ぐらを掴む。狂気に満ちた笑顔で魔王の顔を見上げた。
『愛ゆえに人は立ち上がる!!あの時から人は強くなった!!次こそは、我々の悲願が達成されるんだ!!』
そして勇者は糸の切れた人形のように事切れた。勇者の言っていたことを何一つ理解できなかった魔王だが、ただ一つ予感があった。
そして、その予感は当たっていた。
生命の要である魔石に傷が入り、魔王自身の魔力に耐え切れなくなった体が崩壊を始めた。
◇◆◇◆
現実に戻った魔王、いやシューベルトは呆然と粒子と化す指先を見つめた。
「完敗だ。まさかこんな
崩れ落ちる魔王城。ついに魔王の体全てが大気に霧散した。魔王のいた場所には傷のついた魔石がカランと音を立てて落ちた。
「クラン?確か初代勇者の名前でしたね、ギルバード様」
「あぁ、人々を纏めて国の基礎を作った人だ」
エミリアの質問に対して床に転がる魔石を拾い、ギルバードが答えた。手早くタイガの傷を塞ぎ、倒れそうになる彼に肩を貸す。
「悪ィ、助かるわ」
「無事ですか、エミリアさん!」
「タイガのお陰で無事です」
竜から人の形に戻ったリュウトに心配されたエミリアは自身の無事を伝える。
無事を確かめ合う四人に影が落ちた。空を見上げるとドラコに乗ったロックとディンセントの姿が見える。ゆっくりと下降しながら着地の体制に入る。
彼らに手を振るタイガとリュウト。互いの無事を知り、ぴょんぴょん跳ね回りながら名前を呼ぶ。
「さあ、エミリア。俺たちの家に帰ろう!」
ギルバードの差し出した手を強く握り、エミリアは弾けるように明るい笑顔で答えた。
「はい、ギルバード様。帰りましょう、私達の故郷へ!」
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