ギルバード様以外に勇者が務まるか?……否、否、否!断じて否ァァ!!

 クラン王国の首都クランティアの中央に聳え立つ白亜の城。勇者の血を引く将軍王によって統治されたこの国はかつてない繁栄を迎えていた。


 誰もが平和な明日が来ると信じて疑わなかった。そう、魔王が人知れず復活していたと知るまではッ!!


「魔王に滅ぼされるんだわァァ!!」


 知らせを聞いたとき、誰もが女性の嘆きを否定できなかった。御伽に出てくる魔王、シューベルトの存在を知らぬ者はいない。


 邪智暴虐、残酷無慈悲の魔王軍が王国への進軍を開始したと聞いた国民はパニックに陥りかけた。


 だが、今は違うッ!!


 国民は祈りを込めて青い空を穿つ白亜の城を見つめる。その王座の間には全人類の希望が集っている。


 王族、華族、貴族、軍人、平民。魔王軍に対抗しうる優秀な人材が揃っているのだ。さして、その中には魔王への対抗手段、勇者が決定されるのだ。


 屋台で鯛焼きを焼いているおっさんが華麗にひっくり返し、額の汗を拭って空を見上げる。


「俺たちの未来を託すぜッ……勇者よ!!」


 ◇◆◇◆


 真っ赤なカーペットが敷かれた王座の間にクラン王国の有人が集結する。


「さて、勇者の選別会議を始めます」


 メルケル宰相が眼鏡を指で押し上げ、会議の開始を宣言した。ざわざわと囁く声が広まる。


「勇者に最も近いのは当然、王太子たるアルベシード様でしょう」


 アルベシードの側近が王に訴えかける。その無礼を気にすることなく王は手をひらひらと振った。


「ならん、王太子であることを放棄する気か」


 王の冷たい声にアルベシードが頭を下げる。その顔はニタリと笑っていた。


「魔法と知略に長けたベラドンナ様ならば魔王軍への切り札となりましょう」


 ベラドンナ派の貴族が王に進言する。


「ベラドンナ様には守るべき領地があります」


 その提案にメルケル宰相が切り捨てた。その後も王族が継承権順に提案されるがいずれも却下された。


 最も勇者に近いものを出せばこの会議は終わるのだが、そうは問屋が卸さない。


 いきなりその人物の名を出せば、王族や華族への無礼になってしまうのだ。プライドの高い連中、そう彼らはたかが3分の会議のために足を運ぶことを嫌う。その癖呼ばないと反乱を起こす、それが王族、華族、貴族といった血統主義の連中なのだ!!


 誰もが死んだ顔で通過儀礼をこなしていく。知っているのだ、誰が最も勇者にふさわしいのかをッ!!


 けれども誰も口を挟まないッ、この国の社会の中でしか生きていけないからッ。無駄としか思えぬ時間をすりつぶすのだ。


「このような下らないお喋りはよしましょう。今は一刻もはやく本題に入るべきです」


 だが、その慣習に意義を唱える者がいたッ!!


「四天王、土竜のカルマッ!」


 そう、魔王軍幹部の四天王カルマであるッ!!


「俺たちもカルマの意見に賛成だな」

「ああッ、アイツを差し置いて勇者になれるやつはこの部屋にいないぜッ!」


 四天王リュウトとタイガもカルマに賛同する。その3人をまだ名前の呼ばれていない王族の傘下が睨み付けるが、その背後にいるドラゴンが縦長の瞳孔を連中に向ける。


 情けない悲鳴があがり、やがて誰も意義を唱えなくなった。


「では、勇者に最も近い人物を提案させていただきます。その人物は伝説にある通り、他とは違う鮮やかな髪と瞳を持つ」


 ギルバードはチラリと横に立つエミリアを見た。他の連中もそちらを見る。そう、四天王の三人の横に立つエミリアとギルバードの二人を。


 そして首を振る。なんだ、確かに珍しい髪と瞳だ。たかが子供だ、冒険者養成学園の優秀な生徒だと調べはついてるが勇者とは最も遠いやつら。辛うじてギルバードが挙げられるがそれもない。


 王位継承権第43位の没落王子、勢力争いに負け追放されたそいつに何ができる?


 貴族と軍人の集団は苦笑しながら首を振る。ついに王も耄碌したか。勇者に最も近いのは、そう自分だ!と信じて疑わない。


「誉高き人物の名はそう、ギルバード・エッテルニヒ!王位継承権第43位、ギルバード・エッテルニヒである!!」

「な、なんだってえええええええええええ!!!!!!!!」


 王座の間のガラスを悲鳴が揺らす。滅多なことではうろたえない軍人すらも頭を抱える。


「お待ち下さい、子供にそのような危険な役割を押し付けるなど!」

「口を慎め無礼者がァ!!処刑されてぇのかぁ!!」


 意を唱えた児童人権保護活動家の軍人の額にメルケル宰相の投げたペンが突き刺さる。軍人はゆっくりと地面に倒れた。


「俺には勇者は務まりません、それよりも」


「謙遜するな、ギルバード様!教鞭を取る前、お前たちに初めて出会った時から俺は知ってたぜ!!そう、勇者はギルバード様以外ありえない、ってなぁ!!」


 ケインが拳を突き上げる。その顔は彼の人生の中でもっとも晴れやかなものだ。


「ええ、息子のギルバードならば必ずや世界を守ってくれるでしょう!」


 エッテルニヒ公爵夫人がギルバードの肩に手を置く。少し力の入った手にギルバードの頬を汗が伝った。


「いや、エミリアも勇者の可能性がッ」

「俺も賛成だぜ、ギルバード以外ありえない。この俺を倒したお前なら安心してこの世界を託せるぜッ!」


 辞退しようとしたギルバードの背中を元王族のフレデリックが叩く。親指を立て、メルケル宰相にウィンクを送る。そのウィンクにメルケル宰相は微笑んだ。


「四天王の俺たちが認めたヤツだ。勿論、異論はないよなぁ?」

「威圧するのはよせ、タイガ。まあ、話があるなら聞いてやるぞ?」


 顔をしかめた貴族一人一人に視線を送るリュウトとタイガ。彼らの挙動にギルバードが手を振り嗜めようとするが通じなかった。嬉しそうに頷き返され、ギルバードががっくりと項垂れる。


「俺もお前のことは評価している。評価しているだけだぞ!勘違いするなよ!!」


 腕を組み、ギルバードから顔を背けたディンセント。横に立つロックが苦笑しながらも賛同する。


 そしてギルバードにとどめを刺したのはエミリアだった。


「愚かで救いようのない私を救い、魔物と共存を示してくださったギルバード様。僭越ながら私もギルバード様以外に勇者が務まるとは思えません」


 確信に満ちたエミリアの笑顔に弁解しようとするギルバードが固まる。


 メルケル宰相が王の前に駆け寄り、膝をついて頭を下げた。


「王よ、ご英断を!!」


 その言葉にギルバード派も膝をつく。そう、誇り高いとされるドラゴンも、四天王も、冒険者も、ギルバードよりも身分の高い王族のディンセントすらも!!


 身分も種族も異なる彼らは同じ言葉を唱えた。


「王よ、ご英断を!!」


 王は膝掛けに置いていた手を持ち上げ、王杖を召喚して手に持つ。


 その王杖はクラン王国の正統な王位を持つ者にのみ召喚できる。そう、王杖を持つ者の発言はこの国の総意であり国意となるのだ。


「はい、異論ないようだな。こほん、『お前が勇者だギルバード!』」

「嘘だろぉぉぉぉ!?」


 ギルバードの嘆き声は周囲の歓声に打ち消された。タイガがギルバードを持ち上げ、元フレデリック派の貴族が胴上げを始めた。


「ど、どうしてこうなった?エミリア、エミリア助けてッ!」


 もみくちゃにされるギルバード。悲鳴は誰にも届かず、地面に下ろされる気配もない。


「万民に支持されるギルバード様、素敵ですッ!!」

「あ、ダメだこれっ!」


 ◇◆◇◆


 勇者選別会議での出来事はたちまちの内に国民に知らされた。城下町の歓声は凄まじく、王城の高い位置にある来賓室にまで届いている。


 青空の下を舞う色とりどりの紙吹雪を見ながら私はギルバード様に話しかけた。


「すごいお祭り騒ぎでしたね、ギルバード様」

「あぁ、うん。そうだね、エミリア。まさか没落王子の俺が勇者になるなんてね」


 自虐を始めたギルバード様。薄々分かっていたとは言え、勇者としてこの国の、ーいや人類の未来を託されたのだ。心中が穏やかでいられるはずもない。


 私は少しでもギルバード様が心穏やかになれるように祈りながらその手を包んだ。


 剣だこが出来た、幼いながらも男性らしい手。天才と称されたギルバード様の努力の証。


 ギルバード様は『パーティーリーダーを維持するため』と恥ずかしがって仰っていたが、勿論私は知っている。


 平民の私を引き揚げ、まるで家族のように教育を施してくれたこと。


 一人でも多く、悲しむ人を減らすためにギルバード様は休日も魔物を狩っていたことを。


 理性のある魔物、リュウトとタイガ。その仲間のカルマやドラコを友として迎え入れたこと。


 そう、すべては万民が平等で幸せになれるより良い未来のためにやっているのだと!


「エミリア、やはりお前も分かっているだろう」

「ええ、ですが今は一刻もはやく魔王を倒しましょう。すべてはそれからです!」

「そうだな、そうすれば皆も分かってくれるだろう」


 握り返された手の暖かさに心まで熱を持つ。


 孤児だった私には知らなかったものだ。幸せも人と歩むことも全部ギルバード様が与えてくださったもの。


 その温もりを守りたい、その為なら私は命だって投げ出しても構わない。証明せよ、と問われれば私は喜んで胸を割り、この心臓を太陽の元に晒そう。きっと心臓の中にある血液一滴残らずギルバード様への忠誠にあふれているに違いない。


 勿論、ギルバード様が悲しむのでそんなことはしないが。


「微笑ましいですね、我が子の仲睦まじい様子を眺めるのは」

「お義理母様、失礼しました」

「いいのよエミリア。むしろもっとやって頂戴」


 お義理母様は慈愛の表情でこちらを眺めていらっしゃったが、その瞳に涙が浮かぶ。ギルバード様と共に慌てて駆け寄るとお義理母様はハンケチで拭いながら微笑む。


「気丈に振る舞ってもダメね。明日、魔王討伐に行ってしまうと思うとワタクシっ……」


 言葉に詰まるお義理母様をギルバード様が抱きしめる。


「母上、どうか泣かないでください。必ずや魔王を倒し、エッテル領に戻ります」

「お義理母様、ギルバード様は私が命にかえてでも守ります。ご安心ください」


 お義理母様を安心させようと私の決意を告げるとお義理母様が私の頰を叩いた。


 ギルバード様も驚いて交互にオロオロと見ている。


「貴方は母の、ワタクシの気持ちが分かっていません!」


 叩かれた頰を押さえる。肉体的な痛みはない、それでも心が痛かった。ジワリと涙が浮かぶ。


「エミリア、お前はもはや私の娘ッ!その命と身体を容易く投げ出すのですか!母の前で口に出すのですかッ!」

「そうだぞ、エミリア。お前は俺の家族なんだ!命にかえても、なんて言わないでくれッ!」


 二人の言葉を皮切りに堰を切ったように涙が溢れ出した。


 たかが平民の私を家族と呼んでくれた。その事実がジンジンと心に響いた。


 そうだ、今まで行動で示していてくれたじゃないか。


「えぇ、そうでした。私はギルバード様のメカケ。お義理母様、ギルバード様、たとえ何があろうとも必ずやエッテル領に戻ります」

「叩いてごめんなさい。でも分かってくれて嬉しいわ、エミリア」


 微笑んだお義理母様がギルバード様も纏めて私を抱きしめる。その温もりはギルバード様のものと違って泣きたくなるほど切ない、『母の温もり』だった。


「よくお聞きなさい、可愛い我が子達。誰かの幸せを願うこと、守りたいと思うこと、そして譲れないもの。それは愛なの。いつだって愛は世界を救うのよ。母はお前達を愛しています」

「「お母さん!!」」


 その細い体にしがみ付いて私たちは滝のように涙を流しながら枯れるまで泣いた。

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