ギルバード様に忍び寄る魔物の影!

 黒を基調としたゴシックな王城。


 柱には地面と天井に接触する部分に飾りとして人とも獣ともわからぬほど風化した骸骨が使われている。


 黒く塗られた大理石の上には真っ赤なカーペットが敷かれている。


 そのカーペットの毛足はすっかり配下の魔物の血を吸い込んで乾き切っていた。


 僅かに重心をずらしただけでパキンパキンと血の塊が割れる音がする。


 むせ返る死の香りから顔を逸らすこともできず、その場にいる魔物全てが平伏した。


「ええい!!どうなっている!!何故人間どもを滅ぼせない!!」


 王座に座る男が鮮血よりも紅い頭を掻き毟る。口の端から覗く鋭い犬歯、額には前髪を掻き分けて禍々しい角が天を向いている。


 この魔王城の主であり、魔王軍の頂点。生まれながらにして生きたし生きるものの殺戮を希求する邪悪、魔王シューベルトその人であるッ!!


「タイガ、貴様我輩が封印されていた間に何をしていたァ!?」


 名前を呼ばれ、顔を上げる。


「僭越ながら魔王閣下、我々魔族の残存兵力では人間を滅ぼすことは不可能でございます」


 俺の言葉を聞いたシューベルトが王座の肘掛けを拳で殴った。その衝撃波は地震となって城の基盤を数箇所破壊した。


 周囲の魔物たちが気遣わしげにこちらを見る。


 いくら魔王直属、魔王軍幹部の四天王が一人たる雷虎の称号を持つ俺であっても処罰は免れないだろう。


 しかし、いくら俺より遥かに強く、絶対的な存在であろうとも魔王の執着には付き合えない。


『人間を絶滅させよ』という魔王の命令は遺伝子レベルで魔物に組み込まれている。その命令には無論、俺も従うつもりだった。


 最も、クラン王国にスパイとして潜り込み、内情を知った今では魔王の命令に従うつもりはさらさらないが。


「魔王閣下、我々魔物の数は月日が経つ毎に数を減らしています。かつては数にものを言わせ、蹂躙を繰り広げましたが今や我々が蹂躙されております」


 俺は人間の近年成長した国家、クラン王国について説明した。


 度重なる魔王軍との衝突や国内のクーデターを鎮圧するため、クラン王国は強力な軍事国家へと成長した。


 平民の謀反を抑えるため、魔法を貴族のみに独占。その魔法を持つ貴族を抑えるため、王族は統治者よりも軍人として求められた。


 かといって不定期に攻めてくる魔王軍を貴族や王族のみで対処するには限界があった。


 そこで立ち上がったのは魔法を持たない平民達である。発端は初代勇者に感化され、無償で魔物を退治する集団だった。やがて魔王軍を専門に狩る非営利組織、冒険者組合である。


 現在では質の高い冒険者を育成するだけでなく、魔物の研究や集団戦での戦い方を学ぶ場として冒険者育成学園が設立された。


 その冒険者育成学園ではカリキュラムの一つとして『とある魔法』が身分に関係なく習得できる。


『回復魔法』である。人によって差はあるもののおおよそ全ての人間が習得可能な魔法。


 集団戦と回復魔法、この二つから導き出される一つの戦法がある。


 そうッ!死んでも食い止めろゾンビ戦法


 数の利を生かしつつ、不死身となった冒険者の決死の防衛戦は凄まじいものだ。


 なにせ四天王が一人、土竜カルマの配下である不死身のアンデッドが尻尾巻いて逃げ出すほど。


 俺の報告を聞いていた魔王が途中から肘掛に乗せた指をトントンと叩き、貧乏ゆすりを始める。


「出来る出来ないの問答をしているのではないッ!にゃんにゃん鳴く暇があるなら勇者の手がかりを探してこい!」

「仰せのままに、魔王閣下」


 これ以上何を言ってもシューベルトには通じないだろう。俺は失意を隠すことなく、項垂れながら王座の間を後にした。


 ◇◆◇◆


 魔王軍会議を途中退室して暫く後、人間として紛れ込むために準備していると見知った顔を見かけた。


 四天王が一人、暴風のリュウトである。


 極めて人間に近い風貌をしているが、服の下に隠れた背中は龍の鱗に覆われている。桃色の瞳には縦長の瞳孔、黄緑色の髪を編み込んでいる。


 引き締まった体と鋭い眼光は間違いなく強者の威圧を周囲に放っていた。


 俺と年齢の近い幹部であり、なにかと行動する機会も多い。


 片手を挙げるとリュウトも合わせて反対の手を挙げる。バチィィィン、と大気を震わせてハイタッチをした。


「よお、リュウト。会議はどうだった?」

「いつも通りさ、タイガ。俺も抜け出せばよかった」

「おいおい、四天王がそんなこと言ってたら〝示し”がつかんだろう」


 俺は指を二本立て、こめかみの高さまで持ち上げてグイグイと二回曲げる。その様子を見てリュウトはゲラゲラと笑った。ひとしきり笑った後、真面目な顔になる。


 人間を殲滅するときの、四天王としての重責を背負う戦士の顔である。


「それよりもだ、勇者が現れたらしい。勇者の名はギルバードだ。予言通り、エッテル領出身だった」

「やはり、か。先代四天王の足掻きは無駄骨に終わり、無意味に子供を殺しただけだったな」


 俺の発言を聞いたリュウトの顔が曇る。そういえばコイツには弟がいるんだったな。


 四天王の中でも、動機はそれぞれ異なる。


 俺のように魔物の未来を憂う者。

 カルマのように魔王に忠誠を誓う者。

 炎獄のエンキのように闘争を求める者。


 そして、リュウトのように家族のために従う者。



 魔王軍は弱肉強食が絶対の掟である。下克上は当たり前、弱いヤツは非常食。


 その掟もまた遺伝子に組み込まれている。それ故に圧倒的強者であっても無謀な戦いを挑むのが魔物の性である。


 だが稀に、闘争心を持たない魔物が生まれることがある。リュウトの弟も闘争心のない、穏やかな性分である。


 四天王になる前のリュウトは常に弟を狙う魔物を殺し続け、魔王が直々にスカウトしたという経緯を持っている。


『我輩に従え。さすれば弟を城で飼ってやろう。だがほんのちょいと逆らってみろ、弟を食らってやる』


 その提案を飲んでリュウトは当時空席だった四天王に就任したのだ。


 俺は人間の子供に病を振りまいた先代四天王の誇りなき行為が許せず、ついうっかり喧嘩ふっかけて殺してしまったという経緯があるが特に意味はない。


「過去はどうにも出来ねぇ。だが心に戒めとけば二度と起こさないという誓いになる。気に病むな、リュウト」

「……そうだな、タイガ。必ず、この楔を引っこ抜いてやる」


 リュウトが胸にあたる部分の服を握る。俺も心臓に近い位置にある魔石に目を落とす。


「さて、これから俺はスパイしてくるつもりなんだがお前もくるか?」


 頭の虎耳をバンダナで隠しつつ俺が問いかけるとリュウトがニヒルに笑いながら頷いた。


 任務といえども気心の知れたヤツと共に当たれるというのはありがたい。俺は荷物から四角い紙、所謂学生証をリュウトに投げる。


「クラスはSか。タイガ、お前は?」

「モチロン、Sに決まってるだろ?人間歴の浅いお前じゃすぐボロが出るに決まってら」

「言ったなタイガ」


 互いに小突きあいながら転移魔法陣の輪に入る。行先はモチロン、勇者ギルバードの通う冒険者育成学園であるッ!!

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