第二首 バレンタインチョコ 十七句

 焼き上がったものを型から取り出し、適当に形を整える。

 さて……、多分ここからが大変だ。

 おれが全て焼き終えるまで、若紫のつまみ食いを阻止しなければならない。

 ────思ったそばから……、ほら、早速手を伸ばす若紫……。

「……────本当に美味くなるのは明後日だ。本当に美味しいものを食べたいなら、いまはなるべく手をつけず、ひたすら耐えろ・・・

「そんなこと……、わちしは聴いておらぬ故、てっきり本日ほんじつ口にできると……っ。」

 ほんの少し瞳を潤ませる彼女を見て、重要なことを伝え忘れていたことに気付く。

 若紫に、いま作ってるものを教えていなかった。

 いや、教えたところで納得するとは皆目思っていないが。

「あぁ、今日作ったこれは"ガトーショコラ"っていって、作ってから三日目が一番美味くなるんだと。だから、他の料理みたいに、焼きたてが一番美味い、って常識は通じないんだよ。そういや言ってなかったな、悪い。……けど確かにもどかしいよなぁ」

 おれもこのもどかしさには覚えがある。だが、三日目が美味いのは間違いないから、結局は三日目に悔いるのだ。一日目に食べ過ぎたことを……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る