いたずら?

 カシャンッ。


 百円均一で買ったような、透明な花瓶が、美智子ちゃんの机の上から落ちた。


 そこに活けられていた一輪の小さな白菊を、私は払った。



「セーコ……」



 HRの前の教室に入ったら、それがあったのだ。美智子ちゃんの席に。



「こういういたずら、最低」


「セーコちゃん、いたずらだって思いたいのはわかるけど……」


「なによっ」


「本当にセーコ、知らないんだ……」


「何かあった、の……」


「昨日――」



 打ち所が悪かったって……そんな!



「車に……交差点で、はねられた……美智子ちゃんがっ!?」



 ショックだった。


 私の身の回りで、そんなことが起きるだなんて、予想だにしなかった。


 衝撃の後には、純粋な驚きが襲ってきた。



 人間って、死んじゃうんだ――昨日会って、話した相手でも、今日逢えないなんてことが……死んじゃうなんて、そんな……そんなことが……ううん、もう、私、わかってる。美智子ちゃんにはもう一生、逢えないんだ……――。


 美智子ちゃん……。


 HRで担任が「悲しいお知らせが――」と切り出したとき、キミちゃんはしくしく泣きだしていた。



 教室中が、美智子ちゃんの席に注目していた。


 白菊の花に。


 にゃっこは――脱力したように、憂鬱そうな顔を下に向けていた。



 許さない――私は思ったけど――私の友人を、そんな目にあわせたやつ。


 怒りが……こみあげて仕方がなかった。



『あそこで泣くのは――』ズルいんでしょ? わかってる。


『べつに、泣くことは――』ないんでしょ? だから。


 だから、私は泣かない。泣かないよ――けど、胸の中が、重く、苦しかった。






 3時PM。


 私はキミちゃんとにゃっことは、別々にお通夜に行った。


 駐車場を見ると、斎場には似つかわしくない、真っ黄色の大きな鼻づらの車が、遠くに見えた。



 美智子ちゃんの告別式は明日だそう。



 ご霊前で、輝く金髪がしなやかさを失って、沈んでいるから気になって見た。


 どこにいても、ほんと、目立つなぁ――拓人。


 来た時から、泣きじゃくってるんだもん。



 加えると、にゃっことキミちゃんも輪になって泣いてた。


 拓人がいるから……私もその輪の中に入れる。入れてもらえる。


 今度は間違えないようにしよう。



「つらいよね、悲しいよね。きっと美智子ちゃんも、苦しかったよね」



 私が静かに言うと、突然にゃっこがキレた。



「なんでセーコはそんな冷静なわけっ。超然としちゃってさ――」



 キミちゃんもわめいた。



「親友じゃないっ。なんで泣かないのっ」



 そんなこと言ったって。いきなりすぎて、感情が追いつかない。



「やめようよ。人には人それぞれ、哀しみ方がある。だって悲しい。だけど、だからってセーコを責めてくれるな」



 ああ……ズルいなあ。美智子ちゃん。こんなに、みんなに泣かれて、ズルいなあ。


 結局人間て、死にざまだよなぁ。


 私はズルいから、お姫様気取りだから、死んでもきっと泣いてなんかもらえない。



 そう思ったら、少し泣けた。


 涙がにじむ瞼をしばたたかせ、前を見た。


 黒縁の遺影は、場におとなしくなじんでいる。



 私だって――私だって、時々は思ってた。間違ってこの世に生まれてきてしまったとでもいうように、人の中に潜り込むみたいに、呼吸を押し殺してる美智子ちゃんを――



「助けてあげたかった……」



 たとえ、偽善だとしたって、幻想だったとしたって、私は思っていた。心の底の底の方で、思っていたのだ。


 再びにゃっこたちに視線を戻すと、拓人と目が合った。


 常にない顔つきで――口を真一文字に結んで、カラコンのとれた目で、私を見ていた。

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