美智子ちゃん
月曜日。
なにか、足りない月曜日。
HRが終わっても、私は、それが何なのか、わからなかった。
「にゃっこ、なにか変じゃない」
「ん、美智子のことかな。あー、私も今朝は見てないなーって思ってた」
あ、そっか。美智子ちゃんがいないんだ。教室のどこにも。
キミちゃんが、窓際の私の席まで来て言った。
「おうちにかけても、留守電で。メッセージ入れたけど……」
「ほっときなよ。スマホ持ってないほうが悪いんだよ」
「セーコ……それはちょっと」
「そうだよ。美智子ちゃんち、親が厳しいんだって」
「だって、そうじゃない」
地味で目立たない、あの娘のどこに、気にかける価値があるというのだ。
話題にだって入ってこない。話しかけてもほぼほぼ、笑っているだけのあの娘に。
キミちゃんと私、にゃっこの親友グループに、おなさけで加えてやってるだけなのだ。本人もちゃんと自覚してる。だから空気みたいなんでしょ。
今朝は私、機嫌が悪かった。
だって、昨日は日曜日だった――なのに、拓人、デートにも誘ってくれなかった。
仮に、名目上だけだったとしたって、休日は恋人同士のためにあるものでしょう。
だから私、その日はD2公園まで行った。拓人んちの近くまで。
会えるかなあ。会えたらいいなあ。そしたら、まるで奇跡だよねって、思いながら。
だけど、私が出会ったのは拓人じゃなく、見違えるほどドレスアップした女子、美智子ちゃんだった。
そこで、私のロマンチックは壊された。
恋人の家の近くの公園で、拓人に偶然、ばったりっていう奇跡は起こらなかったのだ。
いまいましくて。まるで美智子ちゃんに邪魔された気がして、私――本意じゃなかったけれど――なにか一言、言ってやりたかった。
「美智子ちゃん……」
しょんぼりと――なぜだか、見るからに落ち込んで、トボトボと歩いている彼女に声をかけた。
とっても驚かれた。
「ど、どうしてここに」
おどおどとして、挙動不審になって、美智子ちゃんは言った。
それを言うなら、あなたでしょう。
心の中でツッコミつつ、私は胸を張って――今思うと、そんなのこっけいだったけど――思いっきり、見栄を張った。
「拓人と約束があるの。彼女にこんなところまで足を運ばせるなんて、彼もたいがいじゃない。そう思うでしょ」
「ああ、そうか。そうなんだ……だからか」
ぽそりとつぶやくように言うと、それで美智子ちゃんは――なんで納得したのか。
ひっかかりを覚えた私、さらにひっかかることに、彼女はこう言った。
「拓人も夕べの疲れで、まだ寝てるんじゃないかな」
どうして、美智子ちゃんは、私がまだ彼に会えていない、彼がまだ家にいるって前提で話すのかな。
そして、ここが拓人の家の近くだって、わかっているようなそぶりで――。
そしてそして、そのおしゃれ。まるで誰かに見せるためのような、白いオフショルダーのブラウスに、濃紺のサッシュベルトのパンツ。
ちょっと、そんなのずるくないかって、勝手にこちらが嫉妬しちゃうくらい、女らしさを押し出すスタイル。なんか、なんか、ひっかかる。
それが美智子ちゃんの普段の格好かと思うと、言っちゃなんだけど、鼻につく。
まるでファッションモデルみたい。生活臭さがまるっきりない。
「肩なんか出しちゃって――もう、涼しい季節なのに……無理しちゃって」
同情的に――そう聞こえるように――言うと、瞬間、美智子ちゃんはびくっとし、まるでカタツムリが殻にひっこむように、全ての表情をひっこめ……私は追い打ちをかけた。まるで、誰かにみてもらいたい、と言わんばかりの彼女に。
「美智子ちゃんらしくないなあ」
もちろん嫌味だった。
「……らしくないって、何」
少し、ほんの少しだけ、青ざめた頬に生気を取り戻し、彼女は言った。
私はなんとなくからかいたいような――意地悪を言いたくてたまらなくなった。
「あ、耳が赤いよ。まあ、そんな美智子ちゃんを好きになってくれる人は、きっと現れるからさ、風邪、ひかないようにね」
と、私、完全に優越感に浸って言った。
美智子ちゃんは彼氏がいないから、そんな男の人の気をひくような格好をするんだ。
私には彼氏がいるんだぞって、そんな気持ちで。
だけど、彼女にそんな嫌味は――嫌味ともとられなかった――通じなかったのだ。
心底、ホッとしたような顔をして、彼女は言ったのだ。
もう、絶望しか知らなかった人が、一条の光を見たかのように。
「ありがとう。セーコちゃん」
と。
なあに、その顔。なあに、その表情は。うっとりしちゃって、気持ち悪い。
早く行っちゃってよ、私は拓人を待ってるんだからさ。
――でも。でも私はついに、その日曜日、拓人に公園では会えなかったのだ。
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