零感体質
善哉
1章
第1話 夜の訪問者①
転職して、まだ2週間、俺は既に首を切られる寸前だった。
「これさぁ、どうすんの?まさかこのまま記事を載せろとか言わないよね」
ひとしきりPC画面の文字を読んだか読まないかの編集長が静かに怒りを表した。
そりゃそうだろうと、俺も予感はしていた。
「元新聞記者だし、事故物件に住むっていうから採用したのに。これじゃ、ただの30過ぎの独身男の、つまんねー私生活丸出し日記じゃねぇか」
「すみません」
事故物件に住めば、夜中にミシッと音がするとか、視線を感じるとか、あわよくば、枕元に誰か立ってくれると思っていた。
「それなりに期待してたんだが、ホラー雑誌を舐めてるのか?」
しかしだ。実際住んでみたところ、異変が無いどころか、激務の新聞記者を辞めて生活リズムも整い、睡眠もきちんと取れて、むしろ調子が良いくらいだ。
「ちょっと!鐘江!こいつにネタをやってくれ!」
「ブフッ、ネタ、ですか」
太めで、いつもチェックのシャツを着た、のっぺりとした日本人顔、異国の空気感も0で、明らかに生まれた時から日本に住んでる生粋の日本人のはずなのに。鐘江の言葉は片言っぽい。
「すみません」
どう見ても年下だが、この会社では俺より先輩の鐘江に頭を下げると、汚れで曇った眼鏡の隙間から一瞥した。
「ネタね。伊藤さんに良いの、あるよ。ガセかもだけど。ブフッ」
タンと勢いよく鐘江がキーボードを叩くと、俺のスマホがブルッと震える。
「行ってこい。伊藤、これでコケたら次はないぞ」
編集長の声はガチだ。俺ともなればフリーランスでもやっていけない事はないが、社畜人生を過ごしすぎて、雇われていないと働かない気がする。絶対に貯金を食い潰してホームレス体験をする自信があった。
「はい。全力を尽くします」
編集部を追い出された俺は、廊下で1人、スマホに送って貰ったネタを確認する。
『 月刊奇々怪界編集部様
突然のメールで失礼します。
どこに助けを求めていいのか分からず、今回ご連絡をさせて頂きました。
私は市内の3DKに住む27歳独身です。
今年の春に市内へ引っ越しをしてきたのですが、それ以来、奇怪な現象が家で起きるようになりました。
御祓をしたいのですが、私の知人には、その道のエキスパートもおらず、情報がないため途方に暮れています。
ぜひ、お勧めの神社など教えて頂きたく存じます。
何卒、ご返信をよろしくお願いします。
福山 晶 』
事故物件つながりで鐘江は俺に託したのだろう。嫌味な奴だが、チョイスは悪くない。
福山という人物の住む事故物件は、理想的な怪奇現象らしきものが起きているのだろう。
実に羨ましい。先行投資でわざわざ事故物件を選んだのに、俺の家は何もなさ過ぎてネタにもならない。俺の家も見習って欲しいくらいだ。むしろ俺が福山の家に勉強しに行こう。
俺は皮一枚つながっているクビをかけて、福山に連絡を取った。
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