第25話 疑惑の交霊

 宴会場は、教壇のような木製の段が置かれた奥のスペースを最前として、正座や胡座で座っている赤衣の集団で埋まっていた。


 牧野は「皆さんは一番後ろの隅で見てると良いのです」と言い残し、小走りで最後尾に並ぶ。俺達は彼女の言う通り、集団から少し距離を取った後ろの方で、小さく腰を下ろす。


「なあ、朱莉。牧野、あんまり勧誘してこないな。こういうのって、もっと押しが強いイメージだった」

「性格的なものかもね。スズちゃん、おとなしいし」


 ヒソヒソ話していると、1人の男性が現れ、木製の段をゆっくりと登る。

 その目が隠れるほど髪を伸ばし、銀色の桜模様があしらわれた赤衣を着込んだ彼は、用意されていた椅子に座り、机に両手を置いた。



 段の横で、進行役らしき別の男性が挨拶を始める。


「それではこれより、エルダン様による交霊の儀を執り行います。皆さま、どうぞお聞きください。まず最初に、豊臣秀吉の霊をお呼び頂き、幸せの掴み方についてご助言を頂きます。エルダン様、お願いします」


 ええええ! そんな人呼べるの! すごいじゃん!


「……呼びます」


 低い、静かな声で呟いたエルダン様は、何かブツブツ唱えたかと思うと、突然ガタンッと机に突っ伏した。え、何、メチャクチャ怖いんだけど。


 そして、ゆっくりと顔をおこす。


「……ども、豊臣です」

 えええええええええ! 軽くない? 話し方軽くない?


「あなたは豊臣秀吉さん、ですか?」

「はい、豊臣秀吉です」

 進行役とのやりとり。中1の英語の例文みたいだな。


「いやあ、久し振りにこっちの世界に来たけど、暑いね。地球温暖化ってやつかな」

 トークのノリが今風なうえに、この豊臣秀吉、地球温暖化を知っている。


「幸せを掴むポイントってのは、そうだなあ……やっぱりまずは自分を信じることだね。俺も自分を信じたからテントーできたようなものだから」

「なるほど。秀吉さん、テントーというのは?」

「ああ、天下統一だね」


 2人のやりとりは続き、幸せについてポンポンと話していく豊臣秀吉。その話を、前に集まっている信者が熱心に聞いている。





 え、待って待って。

 分からないよ。分からないけどさ。これアレじゃない? ひょっとして、その、交霊は演技なんじゃない……?


 いや、だってほら、ホントに交霊してるのアレ? 証拠なくない? なんなら俺もできるよアレ。俺日本史そんなに得意じゃないけど、多分秀吉って「テントー」って言ってなくない? あと、言葉調べるのにスマホ触ってるけど、秀吉使えるの? 体はエルダンのままなの?


 聞いてるみんな疑問に思わないの? 奥さんのねねのこと「ねねちょん」って呼んでるのおかしいでしょ?


 気になって左右にいる2人に目を遣る。2人とも、何とも言えない表情をしていた。超常現象に驚いたというわけではなく、この空間そのものへの困惑。





「ということでみんな、自分を信じて、知識を蓄えて、そして何より仲間を作って、幸せを掴んでいってね。またね!」


「豊臣秀吉さん、ありがとうございました。では、続いて、パブロ・ピカソをお呼び頂き、芸術と幸福の関係についてご助言を頂きます。エルダン様、お願いします」

「……呼びます……………………はいどうも、ピカソです」


「あなたはピカソさんですか? 割と日本が好きなんですよね?」

「はい、かなり好きですね。タケノコの土佐煮とか、御朱印帳とか」


「すごい世界ね、チョイ……」

「だな……」


 集客を考える、なんて当初の目的が薄れゆく中、限りなくコントのようにも見えるその儀式をずっと眺めていた。



「交霊の儀は以上となります。皆様、休憩時間の後、懇親会となりますので……」


 計6人の交霊が終わり、エルダンは退出して儀式は終了となった。司会のアナウンスが響く会場で、他のみんなが一休みしてスマホをチェックしている中、牧野が真っ先にこちらに飛んでくる。


「参加してくれてありがとうなのです」

 その言葉は、さっきまでの彼女の話し方よりも幾分力強かった。


「どうですか、交霊の儀。エルダン様、すごくないですか? 奇跡の力だと思うのです」

「あ、ああ……」

「スズちゃん、今の交霊の儀、集客のポイントにもなるかもね。『歴史上の偉人と会える』ってのは興味持ってくれる人多いと思——」

「皆さんはどうなのですか? 入りたくなったのですか? 本当に今日の講話もためになったのです」


 おもちゃの宝石を目にした子どものように目をキラキラさせて話す牧野。


「いや……あのな、牧野。悪いけど俺達は——」

「今、入信手続きの紙用意するのです。みんなで幸せになるのです」

「あのね鈴音ちゃん、前も話したけど今は入る予定はないのよ」

「あ、ちょっと待っててください、最近この儀式を見て入った方がいるので紹介するのです。皆さんの先輩になるのです」


 まるで会話にならない会話をした後、彼女は信者の大群の中に飛び込んでいった。


「羽亜乃さん、あれって……」

「チョイ君、覚えておくといいわ。押しが強いより大変なのは、『押さなくても分かるはず』ってタイプの人よ」


 ああ、なるほど。彼女も交霊の儀を見て入信を決めたって言ってたな。


 他の人を勧誘する必要もない、だって自分が素晴らしいと思ったものだからこれを見れば間違いなく入信を決めるはず。


 そういう前提で話をするから、何一つ噛み合わない。断っても効果がないというのは、正直ちょっと困るな……。



「あなた達が牧野さんの友達の入信希望者ですね!」

「どわっ!」


 突如現れた、20代らしき赤衣の女性3人組。宣言通り、牧野が連れてきたらしい。


「ちょ、ちょっと待ってください。ワタシ達はそのつもりはないですって」

 朱莉が全力で否定するのを、さらに全力で否定してくる3人。


「そんなこと言わずに! でもあの交霊の儀見たでしょ? あれが幸せを掴むカギなのよ!」

「絶対に入った方がいいわ!」

「幸せになりたいでしょう? なりたくない人なんていないでしょう? エルダン様の力があれば、最短距離で行けるのよ!」

「3人とも、落ち着いてほしいのです。そんなに迫らなくても、皆さん入るのです」


 ダメだ……この人達の中でもう完全に入ることになってる……。


「朱莉ちゃん、チョイ君。鈴音ちゃん以外は私が一旦引き付けるわ」

「……そんなことできるんですか?」


 バトルもののヒロインのようなセリフを口にして、羽亜乃さんが女性3人組と向き合う。


「あの、皆さん。エルダン様にもっとお布施をして、幸福を集めたくないですか? 42万払うだけで、倍以上稼げるって評判の投資があるんですけど」

「え、何ですかそれ、興味あります!」

「詳しく聞かせてください!」


 全員大盛り上がりで羽亜乃さんを取り囲む。そのままゆっくりと移動していき、俺達から距離を取っていった。


「はーの先輩、さすがのトリックね」

「どこがトリックだよ」

 勧誘に勧誘をぶつけただけだろ。



「さて、スズちゃん。1回落ち着いてきいてほしいんだけど、前も言った通り、ワタシ達は入る気はないわ」

「でもエルダン様のあれを見たら絶対に入りたく——」

「ここで勧誘の話はおしまい。これ以上したら、勧誘行為が強すぎるって悪評をエターナルドリーマーの広い広いネットワークに流しちゃうわよ、ふふっ」

「う……それは困るのです。将来の入信候補者が減ってしまうのです」

 軽く俯く牧野。朱莉の駆け引き技術が高すぎる。


「無事に撒いてきたわ。投資は2人は前向きに検討するって」

「すごいですね羽亜乃さん!」

 うちの2大エース、色々強いな。


「でも皆さん、すごいのは伝わったと思うのです。余はあれをみんなに広めたいのです。支部拡大のために、もっとチーム一丸となってお布施を集めないといけないのです」


「なあ、牧野。なんでそんなにお金が必要なんだ?」

 俺はずっと気になっていたことを彼女にぶつけてみた。


「今だってたくさんの人が入ってるし、口コミで少しずつは広まってるんだろ? 無理に急いで拡大することないんじゃないか?」


「知尾井君の言うことも分かるのです。でも、エルダン様はできるだけ早い全国展開を望んでいるのです。そこでたくさんのお布施を集め、それを余や他のみんなにしっかり還元して、幸せを噛み締められる仕組みを整えるよう、お願いをされているのです。もっと大規模な交霊の儀も開くことができるでしょう」


 はっきりと言い切る牧野を見ながら、俺の中には1つの疑念がありありと浮かんでいた。




 もちろんちゃんとした教えに基づいて運営している宗教もあるはず。けど、ここはひょっとして、インチキなんじゃないか。それがバレる前に、早くお金を集め、教祖1人が良い思いをする。何か、そういう筋書きの話なんじゃないか。


 牧野達はエルダンを信じきっている。それを利用すれば、誰1人その狙いに気付くことなく目的を達成できるだろう。これはそういう、トップだけが儲かるビジネスなんじゃないか。




 牧野には伝えてあげた方がいい。今だって必死でバイトして月額3万も払ってるんだ。そのお金があれば、もっと別の幸せを見つけられる。

 うん、目を覚ました方が彼女のためだ。



「牧野、お前、集客については一度考えた方がいい」

「え、なんでなのですか、知尾井君」

 一歩前に出て首をグイッと前に出し、彼女に近づく。


「『ながらの幸い』も辞めた方がいいと思う」

「それは無理なのです」

「なんでだよ。だってお前、騙さ——」

「チョイ」


 そこまでよ、と言わんばかりに左腕を出して俺を遮ったのは、朱莉だった。


「スズちゃん、向こうで誰か呼んでたわよ」

「え、あ、ホントなのですか」


 遠ざけるための嘘と知らない彼女は、ありがとうございます、と言ってイノセントに駆けていく。ここにいるのは、ビジ研の3人だけ。


「なんだよ朱莉。俺はちゃんと伝えた方がいいと思ってるだけだ」

「だから、それが余計だって言ってるのよ」


「余計なんてことあるか! だって金まで払って何にも——」

「何にも得てない、なんてことはないわ」


 ふうっと溜息をついて、彼女は続ける。


「はーの先輩も言ってたでしょ。要は信じられるかどうかなのよ」

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