第23話 赤衣の彼女と幸せの定義
「へへっ、心臓がうるさい」
電気を付け、シューズロッカーに向かう階段を降りながら、照れ笑いする朱莉。両頬に手を当ててるのが、もうなんか最高に愛おしい。
「まあ、俺もだな」
何これ、これが青春ってやつ? クラスのみんな、見てるー? 俺が匂坂高校の青春代表だよ! みんなには内緒だけどね! その秘密感が逆に燃えるしね!
「セカンドブラッドガム食べたときもこんな感じで心臓が燃えるように熱くなるわ」
「それ絶対健康犠牲にしてるだろ」
副作用とかないんだろうな。
「明日ははーの先輩にこれを紹介——」
「お2人、ビジネス研究部とお見受けするのです」
ふいに階段の下から女子の声がした。朱莉から視線を移し、150くらいの小さな体をこの目に捉えて、0.3秒で視線を戻したくなる。
「
奇天烈な一人称、耳に残る語尾、おでこをばっちり出してゆるくパーマをあてた紫色のショートヘア、そして白衣を真っ赤に染めた服。
ダメだ、これは何か関わっちゃいけない子の気がする。なんなら
「わあ、ホント! 興味あるんだ、嬉しい! ワタシ、部長の高宮朱莉よ」
お前の適応能力どうなってんだよ。有りすぎてむしろマイナスだろ。
「ちょうどさっき、もう少し部員欲しいなって話してたのよ。わあ、神様って聞いてくれてるんだなあ!」
朱莉の言葉に、牧野と名乗った彼女は人差し指を唇に当て、「シッ」と発した。
「申し訳ないのです、
トトンッと階段を1段飛ばしで昇り、俺達の真ん前にやってくる。目力の強い、紫髪の彼女。
「余は宗教法人『ながらの幸い』の一員。余が信奉する神様は
そう言って頭を下げる牧野を見ながら、俺の頭の中には「宗教法人」の言葉がしばらく反響していた。
「『ながらの幸い』ねえ。初めて聞くわ」
ホームページもないのね、とスマホをタップする羽亜乃さん。昨日の衝撃の出会いの翌日、ビジ研の部室で改めて
「そうなのです、ネットにあげると表面だけで良し悪しを判断されてしまうので、ちゃんと
牧野は昨日と同じように、白衣を真っ赤に染めた服を制服の上から羽織っている。一応確認したけど、授業は着てないらしい、そりゃそうだよな、目立ちすぎるもんな。
「この『ながらの幸い』というのは、ながら勉のように『色んなことをしながら幸せになろう』という教えなのです。ですので、学校や仕事を辞めることなく、そのまま入信できるのです」
「なるほど、エタドリも学校や仕事しながら夢を追えるからほぼ一緒ね、チョイ」
「全然一緒じゃない気がする」
何かもう根本から色々違いませんか。
「ちなみにこの
「ねえ、スズちゃん、そのエルダンって誰なの?」
朱莉さん、あだ名つけるの早くないですか? あと「ガム食べる?」ってみんなに軽く勧めるなよ。それセカンドブラッドだろ。
「エルダン様は教祖様なのです。お若いですが、我々に教えを説き、幸せへと導いて下さいます。なんでも、家でチャーハンを作ろうと冷蔵庫で余っている肉類を探しているときに、この世界の救い方が一気に頭に流れ込んできたらしいのです」
「そんなタイミングで思い浮かぶのかよ……」
「あら、チョイ君。エピソード盛ってないのが逆に本当っぽくない?」
羽亜乃さんは興味津々な目で牧野を見ている。
「それで、鈴音ちゃん、なんでビジ研に興味があるの?」
そう、それは俺も聞きたかった。宗教って、この部と一番遠い存在だと思うんだけど。
「入信者を集めたいからなのです。『ながらの幸い』は余のような入信者の『お布施』で成り立っているのです。今既に300人を超える入信者がいるので普通に運営している分には良いのですが、規模を拡大するためには人を増やしてお布施の総額を上げなければならないのです」
「なるほど、支部を作ったりするお金ってことね!」
大きく頷く朱莉。なるほど、そう考えると、ビジネスみたいな部分もあるんだな……。
「お布施ね。非課税だし、お金を集めるにはもってこいね」
「え、はーの先輩、税金かからないんですか?」
「ええ、おみくじ・お札・御守りの販売なんかは宗教の基本的な活動扱いで消費税はかからないの。それに、収益事業をやってない宗教法人なら法人税もかからないわ」
ちょっと趣味で調べてね、という羽亜乃さん。いや、趣味で宗教の課税について調べる女子高生いますか。
「ちなみに入会のお布施は8万円、あとは月のお布施が3万円なのです」
「学生でも払えない額じゃないけど高いな……」
余も頑張ってバイトしてるのです、と牧野は小さく頷いた。
「ところで皆さん、せっかくなので入りませんか?」
出たよー、出ましたよー。ビジネスの相談し「ながら」の勧誘絶対来ると思ってましたよー。
「高宮さん、どうですか?」
「うーん、ワタシはいいわ。どの宗教にも入らないことにしてるの」
「えっ、なんでですか?」
「えっと、まあその……宗教上の理由ね」
2往復の会話で既にパラドックス起こってますけど。
「エタドリも忙しいしね。だからスズちゃん、チョイを誘ってあげて」
「鞘倉さんはどうですか?」
「私もバイナリでバタバタしてるから今は大丈夫。チョイ君を誘ってあげて、今は何もビジネスやってないから」
あれー? 女子2人が俺にパスをくれたよー?
「知尾井君、どうですか?」
「ううん…………」
これは中途半端に誤魔化してもダメ、だよな。断る理由を考えて、と……
「いや、今は幸せだから大丈夫だ!」
「それ、本当に幸せなのですか? 自分に言い聞かせてるだけなのではないですか?」
「え?」
「幸せは自分の心が決めるっていう考え方も確かにありますけど、それは逆に言えば考え一つで不幸にも捉えられるってことなのです。要は不安定な幸福なのです」
「ま、まあ確かに」
「その点、『ながらの幸い』は大丈夫なのです。学校を続けながら、
「なるほど」
確かな幸せか。そんなこと考えもしなかったぞ……っ!
「しかも思いを同じにするメンバーもたくさんいるのです。つまり、入っただけで300人の仲間ができるのです。みんなで幸せになるのです」
「みんなで幸せになる、か。牧野、もう少し詳し——」
そこで朱莉からグイっとYシャツの後ろを引っ張られる。
「スズちゃんごめんね。よく考えたらチョイもエタドリやってもらう予定があるから入るの難しいと思うの」
「そうですか、残念なのです」
そして「ちょっと来て」と牧野から少し離れ、ビジネス研究部の2トップに囲まれた。
「あなたにはガッカリだわ、チョイ」
腕組みした朱莉が溜息をつく。
「幸せの定義を教えてもらえるって言ったって、それを信じられなかったらどうするのよ。エルダン様とかいう神様が言ったものを幸せと
「あ、そりゃそうか……」
「それにチョイ君、幸せの定義を教えてもらうことと、実際に幸せになることは別よ」
更に羽亜乃さんが続けた。
「幾らたくさん仲間がいるからって、幸せを手に出来るとは限らない。今別に必要としていないなら、無理に入ることはないと思うわ」
「そ、そうですね」
危なかった。なんかホントに流れで入るところだった。ちょっと反省。
「それにね、チョイ君。一番大事なところなんだけど」
「なんですか」
「入っても儲けられないわ」
絶対そこじゃない気がする。
「だったらバイナリやった方が良いわよ。最近AIシステムにアップデート入ってより精度も高まったし、幸せになれるわ」
「あ、ちょっとはーのさん! それならエタドリのマルチ商法だけにマルチな幸せを手に入れられますよ!」
女子2人が俺を取り合っている。なのに幸福感が薄い。
「悪いな、ビジ研は誰も入らなそうだ」
牧野のもとへ戻ると、彼女は「いえいえ」と両手を小さく振った。
「でも鈴音ちゃん、口コミで広めてくなら私や朱莉ちゃんがやってるビジネスと近いから、少しは役に立てるかもしれないわ」
「本当ですか。ありがたいのです、助かるのです」
ぺこりとお辞儀する牧野。パーマでゆらめく紫色のショートは、赤衣とセットで目をチカチカさせるものの神秘的にも思える。この暑い中で一人だけ着こんでいるのに汗一つかいてないのも、俺達と違う生き物の感じがした。
「あの、今度会合があるので一緒に来ませんか? 勧誘とかは特にしませんし、エルダン様の『交霊の儀』も実際に見られるので集客の参考になるかもしれないのです」
「ううん、どうしようかなあ。チョイとはーの先輩とも一回相談してからお返事しようかな」
「海沿いの会館で、エルダン様が交霊の儀を行うのです。近くからチャーターバスが出るので移動は楽ですし、自由時間は海で遊んでよいのです」
「うん、行きましょう。ここは部長判断で」
「朱莉ちゃん、海に釣られたわね……」
右手でおでこを押さえる羽亜乃さん。いや、グッジョブ牧野! みんなで海とか最高じゃん!
「来てもらえて嬉しいのです。夏休みの3日目なのです」
「ようしっ、今年の夏休みは海と共に始まるわよー!」
グーを天に突き上げた部長の宣言が、暑い部室に更なる熱量をもたらす。
こうして、浮かれながら当日を迎え、赤衣の集団である怪しさ満点のバスに明らかにバカンスに来ている3人が乗り込み、儀式の前の自由時間で海を満喫して現在に至る、というわけ。
幸福の定義は分からないけど、今が一番の幸せであることは間違いなさそうだぜ……!
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