第18話 預けるだけでこんなに!
4人で椅子に座らず、机に腰掛けるような形で、五葉の話を聞く。
「このヘヴンコインってのはね、要はうちのスマートヘヴンカンパニーへの出資金を集めるんだよね。一口50万だけど、高校生なら25万からでオッケーだよ。もらったお金は同額のヘヴンコインに換えられてネット上で管理するんだ。25万円なら25万ヘヴンって感じだね」
名刺を見ながら頬が軽くヒクヒクと痙攣する。
スマートヘヴンって。スマートに天国行ってどうするんだよ。あとどうでもいいけど25万ヘヴンってすごいな。楽園の建築ラッシュが目に余る。
「ここまでは円がヘヴンコインになっただけだよね? でもここからがすごい。うちには資産運用のプロがいるから、出資金を預けておくと株取引なんかでお金を増やしてくれるんだ。その結果ね、なんと! 年に28%の利子がつくんだよ!」
「28%……?」
「そう! 25万が、3年後には52万になってる! しかも元本保証! つまり万が一資産運用に失敗して25万を割り込んだとしても、それはうちの会社で補填するんだ」
五葉の目を気にしながら、驚いたフリをしつつ朱莉と羽亜乃さんを見る。2人とも、小さく首を傾げていた。
そりゃそうだよな……元本も絶対安全で3年で倍になるなんて、なんだか話がウマすぎる気がする。
「あの、五葉君、質問いい? ワタシ、部長の高宮朱莉だけど」
「あ、名前で呼んでいいよ、朱莉ちゃん」
は? 急に朱莉と距離詰めるなよ。どういうつもりだ。
「じゃあ誠司君。年に28%って、利率としては相当高いけど、スマートヘヴンはどうやって儲けてるの? あと、今の話だと別にワタシ達に紹介するメリットが無さそうだけど、なんでわざわざ話に来たの?」
その質問に、五葉は驚いたように眉をキュッと上げる。
「1つ目の質問は予想できたけど、2つ目の質問出してくる辺り、朱莉ちゃんもプロだね」
「まあね、この界隈ではちょっとしたものよ」
いや、どの界隈で何のプロなんだよ。朱莉も得意気に胸張るなよ。
「儲けは運用益だけだよ。単純に、28%より高い運用益を出してれば、出資者に払っても儲けは残るからね。でもって、紹介しに来た理由は簡単。出資金の一部を自分のヘヴンコインとしてもらえるからさ! だから君達が25万円預けても、実際にはもう少し引かれてヘヴンコインに換算されるんだ」
「まあ、そういうことなんでしょうね」
言いながら、羽亜乃さんがコクリと頷く。五葉が彼女と俺に目線を向けたので、2人で一緒に自己紹介した。
「資産運用ってのは単純に投資額が多ければ多いほど利益も大きくなるし、投資先も分散させやすいから失敗するリスクを抑えられる。だから如何にお金を集めるかがキモで、それに貢献した人にはきちんと報酬をもらえるってわけ。どう、羽亜乃さん、やってみない?」
茶髪のパーマを軽く撫でながら聞く五葉に、彼女は肩をすくめた。
「お誘いありがとう、誠司君。でも私は今のところやる気にはならないわ。通貨が3年で倍になって、しかも元本保証なんて、幾らなんでもウマすぎる話だもの」
そこで一息ついて、羽亜乃さんはビシッと人差し指で彼を指す。
「確実に儲かる投資なんてあり得ないわ」
「ちょっと! バイナリやってるはーの先輩がそれ言っちゃいます!」
さすがの朱莉もツッコミ入れますよねーそうですよねー。
「朱莉ちゃん、今のはただし書きが入るのよ。確実に儲かる投資なんてあり得ない、AIでも使わない限り」
「おお、AIか! うちの資産運用でもAI活用してるぜ! 」
資産運用のプロがAIも駆使して完璧に運用してるんだ、と五葉は胸を張る。
「羽亜乃さん、どこまでホントか分かりませんからね」
「大丈夫よ、チョイ君。AI使ってるって聞いて安心した。俄然興味出てきたわ」
「AI万能説すごいな!」
そんなコロッと信じちゃうの!
「あとね、誠司君。こんなに良い話なら、既に出資の依頼が殺到しててもおかしくないわ。そうなってないってことは、何か裏がある気がするの」
「なるほど、羽亜乃さん、鋭いね。確かにこんな良い話ないよね。でも殺到はしてないんだ。なぜならオレ達は信頼できる人にしかこの話を持ち掛けないから! この部活なら信用できると思ってさ。だからこの話は、みんなが信頼できる人にしか話しちゃダメだよ」
半人分くらい体を寄せた朱莉が少し屈み、俺にだけ聞こえるように呟く。
「逆に言えば、この話をすることで『貴方は選ばれた特別な人』って思わせられるってわけね」
なるほど、確かにそうだな。「君にだけ話したいことがある」「大事な話がある」みたいな誘い文句も同じ効果がありそうだ。あれ、何か身に覚えあるぞ。
「で、朱莉ちゃんはどうかな? ヘヴンコイン、興味ない?」
グッと朱莉に一歩近づく五葉。何だろう、妙に朱莉に距離を詰めてる気がする。呼び方だって、羽亜乃さんには「さん」付けなのに。学年的に先輩だからか? なんか気になるぞ。
「疑似通貨かあ」
スンと鼻をすすり、考え込むように唸る朱莉。
やがてまとまったのか、両手を首の後ろに持って行き、後ろ髪を下から上にグッと持ち上げて払った。
気合いを入れるかのような仕草の中でも、偶然見えてしまったうなじに堪らない色っぽさを覚え、記憶に焼き付けようとする俺の目が瞬きを拒む。
「ううん、はーの先輩と一緒で、ワタシもまだ怪しさが拭えてないわ。正直、出資金だけ集めてそのまま持ち逃げされるんじゃないかとか考えちゃう」
その言葉に、五葉が一瞬、目を大きく見開き、そして顔をくしゃっと歪めて「ははっ!」と軽快に笑った。
「さすがビジネス研究部の部長だけあるね、朱莉ちゃん! よくニュースで見るような手口だよね。でもね、そういうのじゃないよスマートヘヴンは」
「ふうん、そう。25万預けて、利子がつくのは1年後?」
「そう、1年後。6~7万円くらいの利子がつく。オレもはじめは半信半疑だったけど、本当に7万ヘヴン入ったからね」
あれは嬉しかったなあ、と五葉はスマホをスワイプする。どうやら利子がついたときの写真を探してるようだったが、すぐには見つからなかったのか、諦めて目線を俺達に戻した。
「オレ、美味しいもの食べるの好きでさ。こう見えて自分で料理したりもするんだけど、全国の美味しい食材詰め合わせを買ったんだ! 7万あると結構買えるよね」
「あ、料理するんだ、誠司君。じゃあさ、料理に革命を起こせる鍋、知ってる? それに洗う水を変えると、食材も味わいも見違えるわよ」
「え、教えて教えて!」
すかさずパンフレットを開いて説明する朱莉。お前すごいな。冷静というか商魂逞しいというか。
「3人とも、他に質問ある? もし多少でも興味あるなら、日を改めて具体的な説明したいなと思って。その時に朱莉ちゃんの鍋と浄水器の話も聞きたいな」
「……じゃあ、質問いいかしら」
胸の前で小さく手を挙げたのは、羽亜乃さんだった。
「なんでこのビジネス、やってみようと思ったの?」
俺も予想だにしなかった質問にしかし、五葉は「ああ!」と明るく口を開いた。
「自分の力を試してみたかったんだよね。誘い受けたときに『色んな人に出資させればその分儲かる』って聞いてさ。もともと勉強も運動もそんなに出来の悪い方じゃないけど、こういうのって割とゲームみたいな感じじゃん? ちゃんと関係作って、ヘヴンコインのアピールして、出資してもらえれば勝ち、みたいなさ」
「そう、なんだ」
羽亜乃さんは僅かに表情を曇らせる。姉と比べられた劣等感から始めた自分と違い、単純にエンタテインメントの一環としてやっている五葉は、随分異なる人種に見えたに違いない。
「よし、じゃあヘヴンコインを始めてからオレが如何にお金持ちになったか、見てもらおうかな! 今度、
倉杵町。電車で30分くらいのところにある海沿いの街。
寺社仏閣も多く、自然も豊かで、カフェや和菓子屋など小洒落た店や、質もお値段も上等な雑貨屋が並ぶ。
メインの通りで日中行われる納涼祭では、普段は店内で食事を提供している店も食べ歩きメニューを出し、食べながら散歩できるステキなデートスポットになっている。
んん、でもわざわざ五葉と行く必要ない——
「もちろん、こっちが誘うんだから全部奢るよ!」
「ワタシ行く!」
「じゃあ俺も行く!」
「私も行くわ」
朱莉につられて勢いで挙手した後、キュッと彼女の袖を引っ張り、顔を口元へ寄せて耳打ちする。
「なんで即答するんだよ」
「色々買ってもらえてタダでお祭り参加できるのよ、ステキじゃない」
「タダより高いものはないっていうだろ」
「あら、そんな高いものがタダで手に入るなら、なおさら嬉しいでしょ」
「新解釈!」
ポジティブシンキングの極致。
「誠司君、みんな参加してもいいわよね?」
「もちろん! これがヘヴンコイン出資に繋がるなら安いもんだよ!」
底抜けに明るいトーンで五葉が返す。その表情も立ち方も、何だかカッコよく見えてしまって、自信というのは人を惹きつけるための最強のアウターなんだと思ったり。
「詳細追って伝えるよ。朱莉ちゃんに言えばみんなに回せるよね? 連絡先教えて!」
「ん、いいわよ」
自然に、スムーズに、朱莉とのプラトニックな距離を詰めていく五葉。羽亜乃さんも俺も「こっちにも連絡先教えてよ」とまでは言う気にならず、2人が仲良くスマホを並べているのを見ている。
「じゃあまた連絡するから。納涼祭で会おうね!」
意気揚々と帰る五葉を3人で見送る。やがて朱莉も、「ワタシも今日面会あるんだった! 『キング・クック』売ってくるね!」とスマホを見ながらバタバタと鞄のチャックをジャッと締め、早足で部室を出ていった。
音の消えた部室で、残った羽亜乃さんと2人。
話すことに迷い、溜め込んでいた苛立ちも相まって「めちゃくちゃ朱莉のこと狙ってましたよね」と零すと、「うん、でも静観してたわ」と口元だけ微笑んで返す。
「私にとってはライバルが減るチャンスだから、なんてね」
「うがっ……!」
こんな美人な先輩にそんな誘うような目で照れもなく言われると、こっちが赤面するしかない。自分の掴んでいる幸運に頭が茹だって、ジョークで返すこともできない。
不思議だなあ。美人度合いならこの人の方が間違いなく上なんだけどな。色恋ってそういうことじゃないんだろうな。
「私も友達のバイナリの成果見てアドバイス料もらわないと。またね、チョイ君。納涼祭、楽しみにしてる」
手を振って部室を出ていく羽亜乃さんを、手を振り返して見送る。
顔を覗かせた夜が空に薄墨を撒き散らし始め、廊下の開け放した窓から吹き込む風が、俺の心に同居する期待と不安をざわざわと揺らした。
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