第4章 恋のライバル登場かと思ったら疑似通貨でした
第15話 安全で美味しい体の資本
「聞いてくれ、サンクス。俺には最近、幸運だったり幸運のようだったりするものが降り注いでいて溶けてしまいそうなんだ」
「チョイ、言われなくてもお前はそういう表情をしているぞ。頬が少し溶けてる気がする」
そうだろうサンクス、これは頬の緩みなんだよ。
「最近浮かれてるよな、チョイ。あっ! アレか? 恋か、恋なんだな!」
「そんなんじゃないっての」
真実は言えない。彼女になるか会員になるかを懸けて新設の部で日々怪しいビジネスの話をしているなんて信じてもらえるわけがないし、そこにもう1人の美人が入部したなんて、そっちの話の方がよっぽど怪しいから。
「さあ、今日はエタドリの新しい商品を紹介するわよ!」
上級生である3年の
遂に7月に入った校舎には熱が充満し、汗で濡れたYシャツがペタリと腕にじゃれる。
「今回のはすごいわよ。買いたくなること間違いなし!」
高らかに叫んで、朱莉がショルダー型のスクールバッグをガサガサと漁る。前より少し伸びたダークブラウンの髪が、中身を見たがるようにバッグの持ち手に体を寄せた。
「朱莉ちゃん、ちゃんと売りやすいものなんでしょうね?」
「はーの先輩、ご安心ください! これが気にならない高校生はほぼいません!」
「でも朱莉、鍋のときも同じようなこと言ってたからなあ」
「ふふっ、そうなんだ」
羽亜乃さんが部室の天井をちらと仰ぎながら、どこか楽しげに苦笑した。
俺達より羽亜乃さんの方が先輩ではあるものの、創設者ということで朱莉がそのまま部長を務めることになった。
2人とも「副業」があるため毎日全員集まれるかは分からないけど、基本的に来れるときは来ようというスタンス。「何でもないこと話してると、逆に勧誘のヒントやキラーワードが浮かんだりするのよ」って朱莉が言ってたけど、それならこういう雑談も無駄じゃないだろう。
ちなみに羽亜乃さんは大分打ち解けたのか、俺のことをチョイ君、朱莉のことを朱莉ちゃんと呼ぶようになった。俺は羽亜乃さん呼びのままだけど、朱莉は「ワタシよりビジネス歴が長い!」と先輩付けで呼び始めた。ビジネスが基準かよ。
まあ俺からしたら幸せな日々だけどね! 好きな人と学園一の美人とほぼ毎日部室で会えるんだから! もう美少女ゲームでしょこれ! 好感度さえ可視化できればなあ! 良いタイミングでウィンドウショッピングに誘って「何か買ってあげるよ」って言ってオトせるのに! いや、英語教材やバイナリのAI買ってって言われたら断るけどね。それウィンドウショッピングじゃないから。
「あった! それではプレゼン始めます!」
朱莉がパンフレットの束をバサッと取り出す。続いて、ティッシュ箱半分くらいの箱をもったいぶるように机の上に置いた。
「人間は体が資本。体は水が資本。浄水器を売って、ハッピーな高校生活を送ろう!」
「解散」
「ちょっと、はーの先輩!」
くるんとカールした黒髪を踊るように揺らして大きく首を振る羽亜乃さんに、俺も同調する。
「朱莉さ、高校生と浄水器って全然繋がってないだろ?」
「そんなことないわよ。高校生と言ったらお金がほしい。お金がほしいなら浄水器。ほら、一本道じゃない」
「その直線引けるヤツが少なすぎる」
それ言ったらエタドリの商品なんでも該当するだろ。
「というか何気にエタドリってすごいな。サプリも鍋も浄水器も作ってるのか」
「ううん、チョイ君。こういうビジネスは大抵、販売機能だけ持ってるの。他の色んなメーカーに『うちの社名を冠した商品を作って』って頼むのよ」
「そうよ、チョイ。ビジ研入るならこのくらいは常識よ」
常識のハードルが高い。部員でいいのかな俺。
「まあもう少し聞いてよ、2人とも。これはむしろ、両親に勧めてほしい商品なの。この『Happiness Water』は単なる浄水器じゃないのよ。蛇口に取り付けるだけだから届いてすぐに使えるし、何よりフィルター、つまり濾過機能がすごいんだから。ふおり、あれ、読み方何だっけ……あ、
手元のパンフレットに書き込みを入れる朱莉。ううん、熱心だなあ。
「このフィルターでもうとにかく色んな不純物を除去しちゃうの。他の浄水器が99%除去するところを、この『Happiness Water』なら99.999%よ! 約1%も違うの。すごくない!」
「なあ、その1%の差ってそんなに大事なのか?」
「大事よ! 人間にとって害になる可能性のあるものだってあるんだから。でも、必要な成分はちゃんとそのまま残しておく。ミネラルとか水素とか」
「水素残さなきゃ水じゃないだろ」
化学もう一度学んでおいで。
「で、この『Happiness Water』の特徴なんだけど、エタドリが海外で特別注文したものだから、オリジナルの8段階浄水システムが導入されてるの。まずカートリッジの外側にセットされている2層の
朱莉の流暢な説明が始まる。2分に1回、「水は生命の源、つまりワタシ達にとって実家みたいなものよ」って台詞が入るんだろうけど、センスなさすぎるから多分朱莉のオリジナルだな。
「朱莉、その水、今日飲めるのか?」
「ううん、ごめん! 今日水筒で持ってこようと思ったんだけど忘れてきちゃった。今度飲ませてあげる。ホントに美味しくてゴクゴクいけちゃうの。水みたいに飲める」
「比喩の意味は!」
普通飲みづらいものに使うんだぜ。
「とにかくね、普段口にするものに気を遣わないと、徐々に不健康になっていくわ。雨水とこの浄水、毎日飲み続けたら結果は目に見えてるわよね」
「対戦相手が弱すぎるわよ」
羽亜乃さんよく言ってくれました。なんで雨水なんだよ。
「ワタシも毎日飲んでるんだけど、だんだん体が綺麗になってる気がするの」
言いながら、立ち上がって腰を左に突き出し、ちょっとポーズを取る。
体の内側の話じゃないのかよ、というツッコミは、膨らんだ胸と白い脚を前に消し飛んでしまった。俺の邪念よ、フィルターで濾過されろ。
横目で羽亜乃さんをちらりと見る。パンフレットをパラパラと捲っていた彼女は、やがてパタンとそれを閉じ、前髪をサッと横に撫でながら口を開いた。
「でも朱莉ちゃん、世の中には安くてそこそこ品質の良い浄水器だっていくらでもあるわよね? そこまで完璧な浄水に
おお、さすがビジネス経験豊富な人生の先輩! ナイスなツッコミだ!
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