第13話 彼女のきっかけ
「例えば、もしバイナリやってみてうまくいかなかったら、どうするんですか? なんかサポートとかあるんですか?」
その質問に、ナポさんはピクリと眉を上げる。獲物がかかったのを見つけた猟師のように。
「始めは僕達が無料で教えるから大丈夫だよ。その後も、必要があれば有料でアドバイスしてあげるんだ。そこで結果出せれば、払ったアドバイス料なんてすぐに回収できちゃうしね」
「そっかあ! それなら安心ですね!」
瞬間、こっちを見てククッと右の口角を上げる。
ああ、そうだな。さすがビジ研部長、君の言う通りだ。
『いくらAIとか人工知能とか言ったって、毎月確実に儲かる投資なんてあるはずないのよ。でも、実際に儲けてる人がいるのは事実だと思う。ってことは、別の儲け口があるってこと。例えば誘った人が儲からなかった場合に、やり方が悪いとか言って、お金取って指導とかしたりしてね』
『そこまでやるかな……?』
『やるわよ。儲けることが次のターゲットを捕まえることに繋がるんだから。あと、はーのさんも言ってたけど、システム買わせたときの紹介料も大きそうね。そのあたりはうちのエタドリと似てる気がするわ』
昨日の夜に彼女と交わしたそんな会話。その通りに、ナポさんは大金を得ている。人工知能がどれほどすごいのか分からないけど、おそらく投資より指導料の方が儲けが多いのだろう。
世の中は良く出来ている。仕組みの中心にいる人が、儲けられるようになっている。
「うわあ、ワタシ、俄然興味出てきちゃったな」
「ホント? 高宮さんだっけ? 君、可愛いし、絶対色んな人誘えるよ。まずはバイナリ自分でやってみようよ。俺、教えてあげるからさ」
スムーズな動作で朱莉の肩をポンッと叩くナポさん。おい、何してんだ。朱莉に何かしてみろ、心の中で、この炭用のトングで耳つねってやるからな。
あと自然に可愛いとか言ってんなよ! 俺の朱莉なんだからな! 俺のじゃないけど!
でも、朱莉どうするんだろう? このままだと完全に買わされる流れになってる——
「ナポさん、そんなに稼いだお金、どうしてるんですか?」
「あー、いや、電車の広告以外は正直考えてないんだよね。高級な食事とかお酒も飽きたっちゃ飽きたし」
「ですよね? いや、実はね、ワタシもお金があったら何に使うか考えてたんですよ。何しても飽きちゃうかもなあって。そこで行き着いたのが『健康』で」
「ほうほう」
「やっぱり健康でいられれば、いつまでも稼いでられるし、遊んでられるじゃないですか。新しい娯楽ができて、お金があったとしても、健康じゃないと遊べないし」
「確かに」
「で、ちょっと調べてたら、毎日飲めばどんな病気も治るサプリメントを見つけたんですよね」
「えっ、そんなのあるの! 高宮さん、ちょっと詳しく話聞かせて!」
引っ掛けたああああああ! 自分の戦場に連れ出したああああああ!
さすがの商魂……。少し離れた場所に移動した2人を目で追いながら感心する。
ナポさんの「えっ、水使わずに調理できるの!」って声が聞こえてきた。鍋まで売る気だぞアイツ。
「知尾井君」
朱莉達が具体的な商談に入っている間に、紙皿と箸を持った羽亜乃さんが戻ってきた。
「BBQ楽しんでる? お肉美味しいよね!」
「あ、はい……」
勧誘されてるときは肉の味感じる余裕ないですけど。
「で、どう? バイナリオプション、やってみない? 知尾井君、人当たりいいから色んな人誘えそうだし、絶対うまくいくと思うけどなあ」
微風がブラウスのフリルを揺らす。華奢で可憐な二の腕を見ながら、心の中で仄暗い疑念が渦を巻く。
ナポさんも羽亜乃さんも、俺や朱莉が「他の人を誘えそう」ということを褒めていた。ナポさんが表彰されたのも勧誘数だったな。
つまりそれは、きっとそういうことで。投資云々よりも、他の人にあの高額なシステム売ったり、アドバイス料取ったりする方がが大事だということで。
「羽亜乃さん、は」
気が付いたら、口が勝手に動いていた。
「ん?」
「なんで、バイナリオプション始めたんですか?」
「それは、お金稼ぎたかったか——」
「普通のバイトだってできるじゃないですか。なんでこれだったんですか?」
周囲は相変わらず騒がしくて、朱莉は一生懸命に無油調理の話をしてるけど、俺達2人の間だけ、時間が歩むのを止めたかのように静寂が舞い降りる。
「……えへへ、気になるよね」
左肩にかかったカールした黒髪を、手にくるくると巻き付ける。その視線は地面に向かっていて、どう答えるか、そもそも答えるか、逡巡しているようだった。
「親にね、認められたかったの」
やがて羽亜乃さんは、まとめたての物語を読むように、ゆっくりと話し始めた。
「姉がいてね。とっても優秀なの。勉強も出来るし、運動だって陸上部の期待の星だった。今は大学に行ってるわ」
口にしたその学校は、
「私もそれなりに頑張ってるけど、やっぱり追い付けなくて。親だって、悪気無くても、どうしても姉の方に目がいっちゃうよね」
うん、ともそうですね、とも言いづらいその質問に、無言で頷く。
「そうやってちょっと沈んでたときに、知り合いからこのバイナリの誘い受けてさ、『これだ!』って思ったよ。姉がいない場所で、超えたかった。私は稼ぐことならお姉ちゃんに負けないぞって胸張りたかったの。そんなことで親が認めてくれるなんて、本当はないだろうなって分かってたんだけどね。変なプライド、っていうか意地みたいなのが残っちゃってて」
ふふっ、と羽亜乃さんは自嘲した。
兄弟姉妹のいない俺には分からないけど、もし上にいたら、そして「比較されてる」と感じたら。俺も羽亜乃さんと同じようにハマっていたかもしれない。うまく整理できないモヤモヤが心に巣食う。
「今までは疎遠だった友達とかを誘ってたけど、やっぱり『バイナリ・マックス』はなかなか買ってもらえないわね。でも、投資で張れるリスクにも限界があるし、あのシステムを売った方が安定した収益になるのよ。そろそろ知尾井君や高宮さん以外にも、クラスメイトとか誘ってみようかなって——」
「止めた方がいいと思います」
はっきりと、目を見て伝えた。
「あ、いや、急になんだって話ですけど……でも、ちゃんと言わせてください。同じビジ研の部員ですから!」
何の写真加工もせずにそのまま雑誌に載せられそうな、ネコ系の可愛い目を丸くする羽亜乃さん。でも狼狽えることなく、「続けて」と言わんばかりにコクンと頷いた。
「あの、友達は止めた方がいいと思うんです。こういうの誘われることで、羽亜乃さん自体に悪印象持つ人もいるかもしれません。噂が回ってクラスで孤立するかも」
「うん、それはそうよね……なんとなく分かってる」
「うまくいっても、うまくいかなかったとしても……言い方アレですけど……友達をお金に換えることを押し進めたら、例え親に認められても後で辛い思いするときが来る気がするんです。ひょっとしたら、親より長い付き合いになるかもしれない誰かを、失うことになったり」
彼女は黙って聞いている。テーブルに置いた紙皿が、急な風でパサリと飛んだ。
「だから、その……きっとご両親から認めらえる方法ってそれだけじゃないと思いますし……いや、後輩の俺がこんなお節介なこと言うのも変なんですけど……」
羽亜乃さんはそこで「そうだよね」と小さく2回頷いた。
「言いづらかったよね。ありがと、ちょっと考えてみるね」
その言葉に、思わず短い安堵の溜息が漏れた。
伝えたいこと、きちんと伝わっただろうか。否定する気はなくて、ただただ、羽亜乃さんが傷付かなければいいな、とそれだけで。
「ふふっ、まさか知尾井君に意見もらうとは思わなかったよ」
「いや、あの、意見だなんてそんな!」
「知ってるわよ、大丈夫」
そうやって真っ直ぐ俺を見ながら肩をトンッとつついた羽亜乃さんはやっぱりとんでもない美人で、俺の頬はこのまま焼き続けたら焦げるかというほど真っ赤になる。
「さあて、向こうで焼きそば作ってるから食べに行きましょ。あっちでも商談まとまったみたいだし」
「え?」
首を傾げる俺に向かって、朱莉が迫ってくる。
「はーのさん、チョイ! ナポさん、エタドリにも興味あるからアピュイになるって! 『キング・クック』と『スピード・イングリッシュ』も買ってもらえた!」
「すごいなお前!」
羽亜乃さんと顔を見合わせ、部長の成果に苦笑いした。
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