第12話 ハッピー憂鬱BBQ

「あっ、羽亜乃っちの紹介で来てくれた2人だよね? バイナリ興味持ってるんだ、いいじゃんいいじゃん。この先さ、毎月20万とかのお金だけもらって働いて、やりたいこともできない人生なんて、正直バカバカしいもんね」


「そうなんですよ! ワタシもなんか人生とかぼんやりとしか見えてないんですけど、お金得るために自分の時間切り売りするってイヤだなあと思って。ね、チョイ?」

「え? あ、はい、そうですよね、へへへ……」


 梅雨と夏の境界線を今日越えたに違いない、快晴の6月最終土曜日。雲も暑さで浮かぶのをやめている。


 家から電車で30分の大きな市営公園にあるBBQスペースに集まった約50人。20代半ばくらいのお兄さんの挨拶に、潜入捜査ばりにノリノリで答える朱莉と、動揺しきりの俺。


 あーあ、幸せの絶頂から一転、こんなにしんどいことになるとは……。



 ***



 昨夜は、LIMEでやりとりして持ち物を確認しあった。


『焼きたいもの持って行っていいんだって! ワタシ、マシュマロ持ってく!』

『俺はイカでも持っていくかな』

『何それ、渋すぎる。焼かれるイカの身にもなりなよ』

『お前は海鮮の何なんだよ』

 もうね、こんなくだらないやりとりでも最高に楽しいんだよ!



 今朝の待ち合わせは駅前。気合いが入り過ぎて、20分前に着いてしまった。


 これからのことを想像するだけで、ICカードも片手で折れるような力がみなぎってくる。



 え、これ、電車待ってる間に友達とばったり会う可能性あるよね。「あれ、なんでチョイと高宮が一緒にいるの?」「あっやしーんだ!」「ばっ……そんなんじゃねーって! なあ、朱莉」「わっ、呼び捨てにしてるよー!」「あっやしーんだ!」「高宮はどうなの?」「ホントに彼氏とかじゃないから……なれたらいいな、って思ってるけど」「告白きたーっ!」「ラブラブじゃーん!」みたいになる可能性あるよね! 落ち着け知尾井、全体的にお前に都合が良すぎる。



「お待たせ、チョイ」

「どわっ!」

 妄想を広げまくったところでのご本人登場に間抜けな声を出す。


「どしたの?」

「いや、何でもな——」


 ほら、振り向いたらまた、見蕩れた俺は言葉の出し方を忘れてしまう。


 黒と白のギンガムチェック、オフショルダーのブラウスは、胸元を彩るようにフレアがついているのが可愛い。そして下はデニムパンツ。

 肩……っ! 肩と脚が眩しい……っ! ここは天国行きの駅か。肩発、脚行きの列車に揺られてどこに焦点合わせていいか分からないまま昇天しちゃうよ。


「やあ、晴れて良かっ——」

「……に、似合ってるな」


 必死に褒め言葉を搾りだし、すぐに後悔する。ああああっ、言葉被ったじゃん! 最悪、このタイミングの悪さよ。俺の心は曇天荒天だ。


 きょとんとしていた朱莉はやがて、その顔を柔らかく綻ばせた。

「にへへっ、ありがと。チョイもそのシャツ、似合ってるよ!」

「へへっ、だろー」



 お世辞を言われた時の100点のリアクションで返す。でも本当は、お世辞だって何だって良くて、君のそういう何気ない一言を俺はちゃんと覚えていて、スマホの写真を見返すみたいに、いつでも思い出してはベッドのタオルケットをポカポカ殴ったりするんだ。


「じゃあ乗ろっか。どっち行きだっけ?」

「んっと、一番線だな」

「オッケー」


 電車の中で朱莉の焼マシュマロ愛を聞くのも最高に楽しくて、これでBBQなんか始めたらどんな幸せが待ってるんだろう、「それ美味しい?」「一口食べてみる?」コンボとか発生するのかなあ、俺そんなんあったら卒倒して熱々の灰被ることになるな、とか馬鹿なことを考えていたわけです。


 そう、ここに着くまでは……。



 ***



「今日はね、すっごい面白い人いっぱいいるから話聞くといいよ! マジですぐにでもバイナリやりたくなるから!」

「はい、ありがとうございます!」


 笑顔でお兄さんに一礼する朱莉。頭を上げると、俺の方を見て小さく溜息をついた。


「ちょっとチョイ、もう少し真剣に『コロッとバイナリ仲間に入りそうな人』やりなさいよ。敵の偵察に来てるのよ?」

「一般の高校生には難しい演技注文だな……」

 あと俺はエタドリの味方になった覚えはないからな。



 50人集まったBBQは、主催者らしき人の盛大な乾杯で始まり、会場でレンタルした幾つものコンロで大量の肉が美味しそうなこげ茶色になっていく。


 無料というから正直そこまで期待はしていなかったけど、出てくる肉も野菜も美味しいし、量もたっぷりあるし、タダってのが申し訳ないレベル。


 が、タダほど高いものはないらしく、周りではバイナリオプションをやってない高校生や大学生らしき人達が、次々と言葉巧みに勧誘を受けている。おそらくここの人達全員、あの42万のAIシステムを買ってるんだろう。


 やっていない人は胸につける名札の色が違うらしく、勧誘対象は明確。そして俺ももちろんその1人。ちょいちょい声かけられるもんな……チョイだけに……。



 そんな俺の曇天メンタルを吹き飛ばす、晴れ晴れとした声。


「知尾井君も、高宮さんも、ホントに来てくれてありがとうね」

「はーのさん! いえいえ、楽しいですよ!」

「はい、た、楽しんでます」


 つい社交辞令を口走ってしまった。でも、どもった理由はそれだけじゃない。何回見ても、羽亜乃はあのさんの私服に鼓動が跳ねるから。


 ノースリーブで肩回りにフリルのついた薄い空色のブラウスの上から、鮮やかなピンクの小さなショルダーバッグ。

 朱莉のより丈の長いネイビーのデニムパンツは、ダボッと作ってあるのでぱっと見スカートみたいに見える。足先の見えるサンダルも夏らしくて、美人の私服って反則だなあと目を釘付けにされた。

 いやいや、だから俺には朱莉という心に決めた人が……



「ね、こうやってイベントも定期的に開いてるのよ。投資自体は1人でやるものだけど、こうやって仲間を作っていけば不安も半減するわ。クラスや部活以外で友達作れるって貴重でしょ? 知尾井君、どう? 夢に向かって一緒に頑張れる仲間ってプライスレスなの。そんな仲間が、42万払うだけで得られるのよ」

「具体的な金額出しちゃうんですね」

 プライスレスって言ってるのにね。



「成功してる人の話聞けば、きっと2人もやる気に……あっ、ナポさん!」


 羽亜乃さんがトトトッと走っていく。その先には、薄いグレーのジャケットを着こなす男性がいた。30代だろうか、髪をオールバックにして、成功者オーラがWi-Fiのごとく漂っている。


「この人、地域の勧誘成績トップで表彰もされたナポさんだよ! 本名は秘密なんだって!」

「ああ、たまたま興味ある人が近くに多かっただけだよ。知尾井君と高宮さんだよね。2人ともこんにちは」

「こ、こんにちは」


「知尾井君、この人が海浜東北線に自分の広告ラッピングしたいって人だよ」

「実在したんですね!」

 ホントにいると思ってなかったもので!


「うははっ! いやあ、全国トップになったら、自分を褒める広告してみたいじゃん? それで、俺もそれに乗って写真撮ってもらったりして。オトナなら一度は憧れるね」


 何だろう、俺は全然憧れないけど、あと10年したら考えたりするんだろうか。

 そしていつの間にか羽亜乃さんがいなくなってる。あれ?


「で、2人とも、バイナリオプション興味あるんだよね?」

 始まったよー。勧誘始まったよー。


「いや、BBQあるから来ただけ——」

「そうなんですよ! ワタシ達、高校生なんですけど、やっぱりお金って幾らあっても足りないなって」

 始まったよー。朱莉さんキャラ作ってるよー。



「おお、そうだよね。さっきのラッピング広告もそうだけどさ、お金がたくさんあるってのは選択肢を多く持てるってことなんだよ。特にバイナリは、あのシステムがあれば必ず勝てる。行動すれば結果が出る。でもみんなやらない。それは、新しいことにチャレンジするのが怖いからなんだよね。でも、時代のスピードは速くなってる。10年前とは比べ物にならないくらい。だから、現状維持は後退してるのと一緒なんだ。どんどんチャレンジしていかないと!」


 速射砲の如く喋るナポさん。意識が高すぎて2センチくらい地面浮いてる気がする。


「ですよね! ワタシもチャレンジしよっかなって! でも、ちょっと心配で……」


 ずっと彼女の横顔を見ていた俺は見逃さない。スマイルを被って演技を続けていた彼女は、その目の奥だけ、ギラリと光らせた。

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