第10話 5%を目指そう

「私の先輩にすごく面白い人がいるの」


 え、何この先輩自慢。なんか聞き覚えない?


「あの、まさか山橋やまはし線のラッピング広告で自分の宣伝したいとか……?」

「ああ、違うわよ」

 ですよね。はあ、ビックリした。


「海浜東北線のラッピング広告で自分の宣伝したいんですって」

「ほぼ一緒では!」

 なんでそんな自信満々に違うって言えたの!


「ちょっと変だけど、面白い夢よね? でもそういう夢って、結構お金でどうにかなるケースもあるのよ」


 水を得た魚、もとい、会員候補を得た朱莉のようにマシンガントークを始める羽亜乃さん。ライトを照らして撮ったらそのまま雑誌のインタビュー写真に見えるような美人が、意気揚々、夢とお金について語る。




 待って、ちょっと待って。あの、何これは。


 ビジネス研究部に入部したいって言ってたじゃないですか。このレベルの美人がビジネス研究部って言ったら普通アレじゃないですか。「私も高校生だし、仕事のこと、少し学びたいな……知尾井君、もし良かったら、教えてくれない?」じゃないですか。いやいや、困りますよ羽亜乃さん、俺には朱莉っていう心に決めた人がいて、彼女と結ばれることが俺にとっての見果てぬ夢、正に俺はエターナルドリーマー。ダメだ完全に混乱している。



 それが? フタを開けてみたら? 夢? お金? これアレでしょ? 「ビジネスはビジネスでも高校生が部活でやるのはきっと間違ってるビジネスってなーんだ?」のなぞなぞでお馴染みのヤツでしょ?




「ねっ、チョイ! この部活も一気に拡大しそうね」

 小声で俺に囁く朱莉。この部活が拡大するのが果たして正しいことなのか。


「あの、羽亜乃さん? お金ってのはひょっとして、その……サプリとか、英語教材とか……そういう……?」


 思い切って訊いてみる。すんなり肯定するか、少し動揺するか。彼女のリアクションは意外にも「首を傾げる」だった。


「何、それ? 知尾井君、英語の教材が欲しいの?」

「あ、いえ、そんな、まさか!」


「え、何、チョイ、『スピード・イングリッシュ』欲しくないの?」

「ちょっと朱莉は黙ってて」

 話がややこしくなるから。



「そか、羽亜乃さん、違うんですね。良かった!」

「ふふっ、知尾井君、変なの」


 右手を口元に当ててクスクスと微笑む羽亜乃さん。美人が微笑むって、もう犯罪級に堪らないですな。


「でね、さっきまでの話は置いておいて、私がすごく尊敬してる社長の話、聞いてくれる?」

「社長? は、はい、いいですけど……」


 なんだろう、結構真面目なビジネスの話なのかな。心配して損したかも、


「その社長ってね、両親やお爺さんや叔父さん、みんな優秀だったんだって。お医者さんとか国家公務員とか一流商社とか。で、みんなから『こういう仕事に就けば楽に暮らせるよ』って聞いてたらしいのね。でも社長は頭も良かったからそこで気付いたらしいの。『あ、そういう人生はつまらないな』って。それでビジネスを起こすことにしたのよ」



 羽亜乃さんの話は続く。その社長が如何に苦労したか。親族の反対を押し切って、安アパートに1人暮らし。金銭的な支援も受けずに、工事現場でバイトしてお金を稼ぎ、溜めたお金で世界を周る。ニューヨークのビジネス街を見て感動し、「日本にもニューヨークみたいな街を作る」とバカでかい目標を立てて帰国したらしい。



「そこで幾つかビジネスを起こしたんだけど、どれも結構上手くいったの。それも凄い才能よね。その中でも特に大きかったのが不動産事業。彼はこれで何十億ってお金を手にしたの」



 ……この壮大なストーリー、いつまで続くんだろう。成功話ならもう割とお腹いっぱいだけど……



「で、そこからのお金の使い道を考えた時、彼は1つの考えに至るの。『ニューヨークみたいな街を作るには、1人の力では限界がある。みんなと協力してお金を生みながら、夢を見たい』」



 …………ん?



「そこで彼は、莫大な資産を活用して、みんなが儲けられる仕組みを作ったの。そこで一緒に夢を見ようってことね。もちろん、全員の夢はバラバラでいいの。そうやって夢を見る人間が集まる場所っていうのが、彼が作りたかったニューヨークだからね」



 ………………ん? 軽く、怪しい、かも……?



「夢を叶えるのにも情熱とか人脈とか色々必要だけど、お金も絶対必要だと思うのね。社長は財産を投じてその会社を作った。夢を見たい人がお金を得られる会社を」


 戻ってきました。規定路線に戻ってきました。ただいま。


「世界に目を向けると、経営者や投資家って人口全体の1割くらいで、残りの9割は従業員や自営業なの。じゃあ知尾井君、その1割の人達の収入って、全体の何割占めてると思う?」


 え、なんでみんな質問したがるの。MCになりたいの? そしてこれちょっと控えめに言った方が良いパターンだよね?


「えっと、5割くらいかな……?」


 ほぼ期待してた通りの答えだったのか、羽亜乃さんは嬉しそうに目を細めながら「残念っ!」と顔の前で小さくバッテンを作った。くっ、何この反則の仕草。これを見るためなら俺は何度でも調子を合わせてやるさ……っ!


「全体の1割に過ぎない経営者や投資家で、収入全体の9割を占めてるの。どう? その1割に入りたくない?」

「と、投資、ですか……」


 ついに本題が始まったぞ……! 何ならエタドリより怪しい滑り出しだぞ……!



「経営は人を巻き込むけど、投資は自分だけでやれる。だから私達が夢の尻尾を掴むためには、投資を始めるのがいいのよ。その中でもオススメは、『バイナリオプション』ね」

「バ、バイリ……?」


「バイナリオプション、バイナリってのは『2進法』って意味よ」

 斜め後ろで聞いていた朱莉が、ずいっと椅子ごと身を乗り出した。


「1ドル=100円、みたいなレートって、需要と供給のバランスで秒単位で変動してるって話、現代社会で習ったわよね? 簡単に言うと、『今のレートがこれから数分後に上がるか下がるか』を予想する投資よ。予想が当たってれば儲かる、外れたら投資したお金を失う」

「なんか……コイントスのギャンブルみたいだな……」


「あら、単純な確率2分の1のギャンブルよりもずっと高度よ。相場の状況から流れを読んだり、ファンダメンタルズ分析みたいな投資予想を使うことで勝率を上げられるの。競馬とかと一緒よね」


 というか何で朱莉もこんなに詳しいの。怖いんだけど。


「高宮さん、詳しいのね、びっくりした。バイナリオプションって色んなメリットがあるのよ。安い金額からも始められるし、数分で取引できるから面倒な手続きも少ないわ。デメリットがあるとしたら1つだけ。100人中95人が損してるってことかな」

「デメリットが大きすぎませんか!」


 ツッコんだ後に気付く。

 これこそ、羽亜乃さんの狙い通りのリアクションだったことに。



「知尾井君、5%に入りたくない?」



 しまったああああ! 思う壺だあああ!

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