ラブコメかと思ったらネットワークビジネスでした
六畳のえる
第1章 告白かと思ったら勧誘でした
第1話 大事な話、ナイショの話
「
昼休み、教室のドア近く。購買で買ったパンの袋をゴミ箱に捨てようとしているところで、彼女に後ろから声をかけられた。
「えっ、あ、
大事な話、と聞いて持っていた袋を強く握り、内側についていたソーセージロールの油が指につく。でもそんなことは気にならない。今捨てたら、幸運も一緒にポイしちゃう気がして。
ブレザーを脱いだ薄手のYシャツに、真紅のリボン。まもなく来る夏を予感させながら、彼女が2歩近づく。
「教室だと誰か残ってるかもしれないから、地学準備室に来て。あそこなら空いてると思うし。誰かに聞かれたら、その、ちょっと困るから」
クラスの連中には聞き取れない小声。耳打ちじゃない分、音程を持ったその声が、耳を潤す。
「わ、わかった」
「ん、じゃあ、あとでね」
そう言って、黒髪のセミロングを揺らしながら、彼女が教室を出ていく。目で後を追ったら体温が急上昇してしまって、窓の外に視線を向けた。
6月らしいシトシト雨模様の中に、俺の目にだけは虹が射して見えるような、そんな興奮。
だって、彼女に、ずっと気になってた
もうすっかり
黒板に自分の名前を書くようなお約束はなかったけど、そのド直球に好みの顔立ちとよく通る声とニッと口角を上げる笑顔に、瞬きはその役割を忘れた。
席が隣になるようなラッキーもなく、俺はただのクラスの一員で、それでも、登校が楽しみで下校が寂しくなる予感が胸を埋め尽くしたのを思い出す。
「つまり、ここは関係代名詞が省略されているわけで——」
昼休みの後の午後の授業が、ビックリするくらい耳に入ってこない。もう「早く終われ」以外の感情を失くしている。50分の授業が長い、10分の小テストが長い、3分の解説が長い。
高宮さんが今どんな気持ちでいるか知りたい。振り向かないと姿を見られない席順を軽く呪う。
どうしよう、本当に嬉しい。気を抜いたら頬が緩んでしまう。いや、この英文、可哀想なイルカの最期のシーンだぞ、笑うな笑うな。
でも、でもなあ。高宮さんから、あの高宮さんから! 嬉しいなあ!
ちょうどクラス替えと被った幸運もあり、女子グループと派閥とカーストが固まる前に入ってきた高宮さんは、持ち前の明るい性格とトーク力で早々に打ち解けた。
優しく口に溶けるチョコみたいな色したダークブラウンのセミロングを跳ねかせ、「だよねー!」と笑う彼女に見蕩れた男子はクラスでも俺だけじゃないだろう。スレンダーな彼女は胸もスレンダーであったわけだけど、そんなのは彼女の魅力の前にはどうでもいいことだった。
俺はといえば孤立キャラでも孤高キャラでもないから、クラスでもそれなりにやっていけてる。何かにつけてはカラオケに行くようなイケイケでもなく、頑として行かない派でもなく、誰とでもふんわりつるむ、ちょうど良いポジション。
女子とも適度に喋りながら、高宮さんにも話振りたいけどうまく振れずに悶々としながら、彼女の笑顔1つで胸が高鳴って廊下を無意味にダッシュしたりした。
そんな彼女から呼び出しだって! 興奮しかないよ! 掃除も倍速でやっちゃうよ!
「うりゃ! うりゃうりゃ! ゴミよ、消えるのだ!」
6限も終わって、あとは分担エリアの掃除とショートホームルームを残すのみ。部活に入ってなくて良かった、何の連絡も調整も必要ない。
「チョイ、なんでそんなに全身全霊で箒掛けしてるんだ。何かの祭か」
「俺は箒に何を願うんだよ」
俺のハイテンションな掃除スタイルに、親友の
「なんか上機嫌だな、チョイ」
「ああ、サンクス、俺は今日、最高にワクワクしてるんだ。おっと理由は教えられないぞ、悪いな」
「そんな芝居がかった謝罪があるか」
ちなみに「サンクス」は「お前の名前、『ありがとう』感がすごいよな」という理由から生まれたあだ名。チョイとサンクスという、刑事ドラマに出てくる相棒同士みたいな愛称。
「良いことあったら俺にも教えろよな。夕飯がすき焼きとか」
「はいはい、わーったよ」
すき焼きなんかと一緒にするなよな。合ってるのは前半だけだ、「好き」の部分だけだ!
「ふう……」
地学準備室のドアの前、大きく深呼吸する。もういるかな、もう入ってもいいかな。
クラスの教室のある南校舎からちょっと遠回りをして、特別教室のある北校舎の3階に来た。一直線に来たら高宮さんより先に着いてしまうかもしれなかったし、一緒に歩くことになっても気まずい。
でも、でも、さっき教室を出るとき、一瞬だけ目があった。フッて笑ってくれた。俺達だけにしか分からない「後でね」のサインに、ゾクゾクするような興奮が見えない点滴になって体中を駆け巡る。
彼氏がいないのは知ってたんだ。好きな人がいるか、気になってたんだ。正直、告白だって考えてた。うまくいかないかもしれないけど、他の人に取られることを考えたら先手必勝って言葉の一つも信じたくなる。
それが、彼女の方から声をかけてもらえたなんて! 何度だって反芻したい。嬉しいよ! 嬉しくて嬉しくて舞い上がる! 重力なんてどこ吹く風だ!
これはアレだよね。こっそり言ってきたってことは、そういうことだよね! 百歩譲ってそこまではいかないとしても、何らか好意の証と思っていいよね、好意ない人呼び出して2人っきりにならないもんね!
息を吸って、頬を膨らませる。緊張感をゴキュッと飲み込み、ノックしてドアを開けた。
「お、遅くなってごめん!」
「ううん、ワタシも、さっき来たばっかりだから」
大きな黒板の他は、真ん中に4つの長机が四角いドーナツのように配置されただけの殺風景な教室。匂坂高校で地学を教える機会がなくなって存在意義をなくした部屋で、
夕暮れと呼ぶにはまだ早い時間帯。雨のあがった校庭で、外連をしている吹奏楽部の抜けるような金管の音がガラスを通り抜ける。「ごめんね、急に呼び出して」と少し恥ずかしそうにはにかむ彼女に、鼓動は狂ったメトロノームのように弾けた。
「いや、うん……びっくり、した……です……」
ドギマギして返事もあやふやになる。しまった、どう返事するかも考えてなかった。クールに決めようと思ったのに。
「んと……そこ、座って?」
斜め下に目線を動かし、長机を促す高宮さん。
あ、す、座るのか。ちょっと意外なパターンかも? 漫画やアニメだと、夕方教室で立って告白してるのをよく見るから。いや、でもいいんだ、形式には
「えっとね、それで……」
ドーナツの端っこ、L字の部分に斜めに座る2人。
真っ直ぐに俺を見る大きくて快活そうな彼女の目、色白で綺麗なカーブを描く鼻、緊張でほのかに紅潮した頬、指でなぞりたくなるようなピンクの唇。
ああ、俺は本当に、この人のことが気になってたんだなあ。
「話、なんだけど……」
はい、聞きます。聞かせて頂きます。そのうえで、想ったままを返事させてもらいます!
「知尾井君さ……夢ってある?」
「…………え?」
夢? 大それたものはないよ。というか、なんなら目の前にいるよ。
「いや、特には——」
「うん、確かに急に聞かれても困るよね。将来の目標みたいな大きいものもあれば、明日あんなことがあればいいな、くらいの小さいものもあるし。例えばね、ワタシの先輩にすっごく面白い人がいてね。
俺の答えを遮って、これまでと少し色味の違う明るいトーンでそこまで一息に喋った。いつも見てたトーク力だけど、今日は気合いの入れ方が違う。
「でね、色んな夢があるだろうけど、大体のものって、お金の余裕があれば叶えられるものも多いと思うのね」
トーンはさらに高く明るく。セミロングを軽く揺らしながら、にこやかに。
「今の学校生活を続けながら、自由な時間も残しながらさ、週に1~2万、ううん、うまくいけば3~4万、余分なお金が手に入ったらどう? 嬉しいよね?」
相変わらず高宮さんの笑顔は綺麗で可愛くて、でもどうにも告白の感じもしなくて、俺は変な表情のまま眉を上げた。
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