3時間め:ベビードラゴンの謎
再びベビードラゴンが寝たところで、穴蔵を出た。
「そんなに警戒しなくてもツキノワはもういないって言ったじゃない」
執拗なほどに出口の周囲を確認するヨシュアに、マリアは呆れた声が出る。
「それだけじゃなくて、親のドラゴンが探しに来てるかもしれないじゃないですか」
腰を低くしているヨシュアの横をすり抜けて、マリアは大きく伸びをした。
「大人のドラゴンの大きさをどれくらいだと思ってるの。もし近くにいたら、外なんてのぞけないわよ」
「え、あの赤ん坊のドラゴンもそんなにデカくなるんですか?」
「ええ、まあ100年くらいしないと成人しないらしいから、当分の間は大丈夫よ」
「100年……」
ヨシュアがそれでも恐る恐る穴蔵から出てくる。
「ドラゴンは長寿だからね」
「さすが最強モンスター……って何してんですか!?」
「忘却魔法よ」
ヨシュアの頭にかざした左手越しにマリアはニコリと笑う。
「それはわかってます! なんで俺にかけてるんですか!?」
「だって、ヨシュア、マオ婆とかに話してしまうでしょう」
ヨシュアの瞳の力が弱くなっていく。と、正気を保つように頭を強く振って、声を上げた。
「当たり前じゃないですか! ドラゴンですよ! 黙ってたっていつかわかりますって!」
「ちょっと気になることがあるから、私の魔法じゃ無理かもしれないけど、一ヶ月、ううん、できれば永遠に黙っててくれないかしら?」
ヨシュアがマリアの左手を掴む。まさか掴まれるとは思っていなかったマリアの肩がびくりと跳ねた。
「マリアさあん?」
「やっぱりダメ?」
ヨシュアの低い声に、マリアはいたずらを叱られた子供のように首をすくめる。
ヨシュアが腕を組みながら鼻を鳴らした。
「気になることによります」
「ヨシュア! そう言うところが大好きよ!」
喜びで抱きついたマリアをヨシュアが慌てて引き剥がした。
「やめてください! ジンさんに殺される!」
「ふふふ。大丈夫よ。ジンは優しいから」
ヨシュアがぱっぱと服を払う。
「そう思ってるの、マリアさんだけですからね! あの人、マリアさんとリリアちゃん絡みになると見境ないんですから!」
犬のように体をかぎまわるヨシュアを不思議そうに眺めながら、マリアは空を見上げる。
「ヨシュアは大人のドラゴンを見たことある?」
身じろぎしながらもヨシュアが首を縦に振る。
「一度だけ」
「そう。じゃあわかるかもしれないんだけど、ドラゴンの眼は普通は真っ青な色をしているの。あの子は黄色。それにあの子の特性を考えると……、極めて珍しいドラゴンと言えるわ」
「たしかに黄色でしたけど、俺、別のモンスターの目の色が違うのって見たことありますよ?」
ヨシュアが首をかしげる。
「身体的特徴のみなら、起こり得るんだけどね。でも、あの子が声を上げたときに雷が走ったでしょう?」
ベビードラゴンが暴れたとき、洞穴の中には電気が走った。鉤型に縦横無尽に駆け回る電気は、まさに雷だった。
「そうですけど……でも、ドラゴンは天候を司るってよく言いますよね?」
マリアが首を振る。
「それはドラゴンの大きな翼が雲を吹き飛ばしたり、大気をかき混ぜるからなの。何もない洞穴で雷が走るなんてありえない。それこそ魔法でもできないわ」
身体的な突然変異はあり得る。けれど、突然変異であんな魔法が使えるようになったりはしない。
「でも、雷使いの魔道士もいますよね? それこそ、龍の中には魔法が使える奴も実はいて、あの子どもだけ特別その力が強いとか」
そうね、とマリアは一つ頷くと、地面の石を拾う。そのまま、ふわりと宙に浮かせた。
「まず、魔法の根本について話しましょうか。体や外の気を集めて練り上げて、使いたい場所からその気を発するのが魔法なの。その気をどれくらい集められるか、使いこなせるかで、魔法の得意不得意が出てくるわ。もともと気を集めてくるのが苦手な人もいるけれど、人間は全員魔法を使える要素を持っているのよ。その気で何を操れるかは本人の特性によるけどね」
マリアは浮いていた石を手を使わずに上に放つ。
「つまり、すでにある雷や電気を気を使って操作するのが魔法。でも、魔法では何もないところから雷を発生させることはできないの。それができるなら、この手から石を出せることになるわ」
ポトリと石が地面に落ちた。
「だから、あれは魔法じゃないってことですか?」
マリアは頷くと洞穴を振り返った。
「雷を生み出すドラゴン……。そんなモンスターがいるとわかったなら、世界の根本がひっくり変えるわ」
「大発見じゃないですか! それこそマオ婆にも教えて──」
「ダメよ」
マリアの口から思わず鋭い言葉が発せられる。その強い口調に、ヨシュアが口を閉じた。
「……ごめんなさい。ねえ、ヨシュアはモンスターの研究者にあったことある?」
マリアの記憶の深いところが疼く。脳裏に浮かぶのは事切れたモンスターを前に笑っている男。
「……ないですけど」
「モンスターの研究者には二種類の人がいるわ。モンスターをモノとしてしか扱わない人とモンスターを同じ人間のように扱う人」
「人間のように……」
「おかしいでしょう? でも、私も思うの。人間が争うのは何もモンスターとだけではない。人間同士だって傷つけ合うわ。モンスターは敵にもなるけれど、分かり合うこともできるんじゃないのかなって」
マリアは洞穴の前に立ち、短い詠唱を唱えると手で入り口をなぞる。
「マオ婆のことは好きよ。でも、マオ婆はこの村の長。この村の敵だと思ったら迷いなく攻撃するし、国王に命令されたら、村の存続のために迷いなくあの子を引き渡すわ」
ステルスの魔法が完成すると、すうっとその入り口が見えなくなった。
地面に小さく魔法陣を描く。これで、ステルスした場所の位置もマリアならわかるようになる。
「そうしたら、どんなにひどいことをされるかわからない。お願い。まだ知られたくないの」
入り口が見えなくなってもヨシュアは何も言わない。振り返ると何を思ってか、白くなるほどに手を握っていた。彼にも彼の葛藤があるのだろう。マリアも何も言わずにヨシュアの回答を待つ。
しばらくしてヨシュアの手の力が抜けたかと思うと、彼は諦めたような笑い顔でマリアを見た。
「わかりました。でも、ジンさんには話しますからね! マリアさんに万が一のことがあったらリリアちゃんにも申し訳が立ちません」
「ありがとう! 私とヨシュアとジンの秘密ね!」
マリアの笑顔にヨシュアは苦笑する。
「マリアさんを泣かせたなんてわかったら、ジンさんに殺されますからね」
「だから、私の夫はそんな怖くないって」
マリアが笑い声をあげるとヨシュアの顔もやっと綻んだ。
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