降車ボタンを押さないお爺さん

ふーせん

おさないお爺さん

旭ヶ丘三丁目。

僕がいつも降りるバス停だ。


4月から東雲高校に進学した僕は、高校のバス停からこの旭ヶ丘三丁目までバスで帰っている。片道15分のバス通学は短編小説を一つ読むのに少し足りないくらいだ。



「まもなく旭ヶ丘三丁目、旭ヶ丘三丁目です。お降りのお客様は降車ボタンでお知らせ下さい」


ピンポーン♪



危ない。また降り遅れるところだった。慌ててブザーを押して、本に栞を挟んでから席を立った。


旭ヶ丘三丁目のバス停の周りは立派な住宅街だが、このバス停で降りるのは大抵、僕と続いて降りてくるこのお爺さんの2人だけだ。僕はこのお爺さんについて夏休み前までに絶対に明らかにしておきたい事があった。






「まもなく旭ヶ丘三丁目、旭ヶ丘三丁目です。お降りのお客様は降車ボタンでお知らせ下さい」


バスは到着放送を流すが、実際にバス停に到着するまであと200m程ある。残り約50mになると


「はい通過します。」


と運転手がアナウンスする。旭ヶ丘三丁目だと恐らくあの郵便ポストの手前辺りであろう。






ダメだ。赤い箱が見えてきた…


ピンポーン♪



僕は降車ボタンを押し、いつも通りお爺さんと共にバスを降りた。




今日も押さなかった…






僕はいつも一緒に降りるこのお爺さんが降車ボタンを押すところをまだ見たことが無いのである。

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