第36話 女として初デート


 アリスの部屋。


 ケリーはアリスの勉強に付き添っていた。


「——アリス! アダムから誘いのメールが来たよ!」


 机に向かっていたアリスは顔を上げ、ケリーに笑顔を向ける。


「ケリー兄様やりましたね! これでようやく、女性としてお近づきになれるのですね!」


 アリスはまるで自分のことのように興奮していた。


「うん! 緊張してきた〜」

「恋愛未経験の私からは何も助言できませんが、全力で応援します! 私ができることがあれば、なんでも言ってください!」


 ケリーは目をキラキラさせるアリスをぎゅっと抱きしめた。


「アリス、ありがとう。側にいてくれるだけでも元気になれる」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「あ〜! ごめん」


 ケリーは急いでアリスから体を離した。


「勉強の邪魔したね。今はアリスに専念するから」

「お願いしま〜す。じゃあ、この問題を教えてください——」


 2人は再び真剣な表情で机に向かった。



 ***



 翌日、エリーゼの家。


 ケリーはサラを呼び出していた。


「——ケリーさん、アダムから連絡があってよかったですわね! アダムが酩酊状態になるような機会には、出くわさないと思っていたので」


 サラはアリスと同じように喜んでくれた。


「はい、運が良かったです! それで、まだアダムには私の秘密を教えないままでいてもらえますか」


 サラは首を傾げた。


「え? 本当によろしいのですか? 私が裏で動いた方が何かと都合がいいと思いますよ?」

「少し様子を見たいんです」

「アダムに施した催眠効果を確かめたいと?」

「はい。それと、渡した光の効果も確認したくて」


 サラは頷いた。


「わかりました。エリーゼさんの判断にお任せしますわ。私の助けが必要な場合、いつでもおっしゃってくださいね」

「はい、その時はお願いします」



***



 2週間後、魔植物園入口前。


 ケリーが待ちに待った日がようやく訪れた。


 エリーゼに扮したケリーは、アダムが来るのをドキドキしながら待っていた。


「——エリーゼさん」


 声をかけられたケリーは、笑顔をその方へ向けた。


「アダムさん、久しぶり。誘ってくれてありがとう」

「この間のお礼を言いたかったから……」


 アダムはぎこちない笑顔を浮かべた。


「じゃあ、行きましょうか」

「うん」


 2人は横に並んで歩き始めた。

 ケリーはあまりにも嬉しくて、にやけそうになるのを必死で堪える。


「アダムさん、緊張してる?」

「少しね」

「それなら、もう少し砕けた話し方にしない? 名前も『さん』を外そうよ」

「うーん……わかった」


 ケリーはアダムの返事を聞いて、満足げに笑みを浮かべる。


「そういえば、魔植物園のレストランがいい、って言われた時は驚いたよ」

「え、そう? 新しくできたばかりだし、魔植物をたくさん利用したレストランって最高じゃない?」

「2つ目の魅力ポイントは僕にはささらないかな……。魔植物は襲ってくることがあるでしょ?」


 アダムは苦笑した。

 ケリーは過去のアダムを思い出し、吹き出す。


「大丈夫。店内にそんな魔植物は置かないって。万が一アダムが襲われたら、私が守ってあげる。アダムは襲われやすいもんね〜」

「え? なんで知ってるの?」

「そんなの態度や雰囲気を見ればわかるよ」

「そうなんだ……。僕、他の人よりそういう経験が多いんだよね……」

「私なら、そんな体質を利用して魔植物と仲良くするけどね」

「えー、無理だよ……」


 アダムは眉根を寄せる。


「そうだ! そんなアダムに、今日行くレストランで起こった『幸せな出来事』を教えてあげる」

「幸せな出来事?」

「うん、私の友人の話。そのレストランのオープン初日、友人とその恋人がそこへ行ったんだけど、恋人からプロポーズされたの——」


 ケリーが話題に出した2人は、魔植物研究室のオリビアとケインだ。

 恋人期間は短いが、それまでの付き合いは長かったのですぐに結婚を意識していた。


「——友人は、泣きながらプロポーズを受け入れたらしいよ。2人とも魔植物好きだから、絶好の場所だったみたい」

「へ〜、よかったね。なんか、縁起が良さそうなレストランに思えてきたかも」

「でしょ?」


 ケリーは満足げに笑顔を浮かべる。


「エリーゼの周りには魔植物好きが多いの?」

「うん、多いかな。最近は魔植物人気が高まってるでしょ?」

「まあね」


 そんな他愛もない話をしながら、2人は魔植物園の脇道へ。

 木々に囲まれた坂道を登っていく。


「——アダム、もしかして、あれがレストランかな?」


 坂道のカーブを曲がると景色が開け、高台に建つレストランが見えてきた。

 レストランの周りは真っ暗なため、ガラス張りの建物から漏れる光が幻想的な雰囲気を漂わせている。


「待ちきれない! 急ごうよ!」

「え!? 予約時間には間に合うよ?」

「いいから、いいからっ」


 ケリーはアダムの腕に自分の手を回し、無理やり引っ張るように前へ進んだ。





 2人はレストランに到着した。


「予約したスコットですが」


 アダムは入り口の近くに立っていた店員に声をかけた。


「お待ち申し上げておりました。こちらへどうぞ」


 入り口の先には、長めの廊下が伸びていた。

 廊下の両壁には均等に魔植物が植えられており、綿雪のようなやわらかい光を放っている。

 そこを抜けると、雰囲気がガラッと変わった。

 先ほどまでは白系の光だったが、ここはオレンジ色で落ち着いた印象だ。


「綺麗……」


 ケリーは天井を見上げ、あまりにも綺麗な装飾に足を止める。

 オレンジ色の光を発する小型魔植物がたくさん空中に浮いていた。

 わずかに上下しているので、光が揺らいで蝋燭のようにも見える。


 その姿に、アダムはエバを重ねて見とれる。


 ——エバ、エリーゼは君なの……?


「——スコット様のお席はこちらです」

「はい」


 声をかけられたアダムは、慌てて我に返った。


 2人が案内された席は半個室だった。

 隣の個室とは不透明のガラスで仕切られているが、天井は解放されているので幻想的な雰囲気はいつでも楽しめるようになっている。

 

 席に着くと、2人はテーブルに置かれたメニューを開く。


「——迷うな〜。うーん……『食用魔植物アボカのサラダ』は決まりかな。アボカは品種改良して最近市場で出回るようになったんだけど、まだ食べたことがないの」

「じゃあ、僕もそれを頼もうかな。あとは……『カニのリゾト』と『赤牛の煮込み』も」

「煮込みいいね! 私もそれ頼む。あとは、『魔植物キノーコのリゾット』と『魔植物ベリーアイス』で」

「飲み物はどうする? 僕はお酒以外にするつもりだけど」

「え? お酒は飲まないの?」


 アダムは気まずそうな顔になった。


「最近、記憶をなくすくらい飲み過ぎたことがあってね……。さすがに今日は大丈夫だと思うけど、1人で帰れる状態にしておきたくて。エリーゼに送ってもらうわけにはいかないから」


 ケリーは軽く吹き出す。


「ふっ、あとでその話を聞かせてもらうよ。じゃあ、私は1杯だけ赤ワインを飲もうかな」

「うん」


 アダムは壁に掛けられていた店内専用の端末を手に取り、料理を注文した。

  

「——それで? 酔いつぶれた経緯を聞いてもいい?」

「大した話じゃないよ。行きつけの酒場があるんだけど、そのマスターが特別な酒を飲ませてくれたんだ。その酒には高濃度の魔力が含まれていたから、いつも以上に酔ってしまったんだよ」

「味はどうだったの?」

「すごく芳醇で……今まで飲んだ酒で1番美味しかったかもしれない」

「へぇ〜、いいな〜。私も飲んでみたい」

「残念。そのお酒は基本的に飲ませてもらえないんだ。その時は運が良かっただけ。あの日が最初で最後だろうね」

「え? なぜその時、飲ませてもらえたの?」


 ケリーは首を傾げた。


「『覚悟を決めた』って言ったからかな。よくわからないんだけど、一生に一度の覚悟を決めた人がそれを飲むと、みんな成功しているみたいなんだ——」

「——失礼いたします」


 会話の途中、店員が飲み物を運んできた。

 ケリーはグラスをアダムに向けて掲げる。


「じゃあ、アダムの成功を願って、乾杯」

「ありがとう、乾杯」


 2人はグラスを掲げた。



 その後、注文した料理が次々に運ばれてきた。


「——この肉の煮込み、とてもおいしい。旨味が凝縮されてるよ」


 アダムは笑顔を浮かべながら感想を言った。


「うん、柔らかくておいしい。あ、この魔植物サラダもいいよ! クリーミーな感じでおいしい」


 アダムはケリーに勧められて一口含んだ。


「本当だ。魔植物の美味しいよ」

「——アダム、『くせに』ってなに? 聞き捨てならない」


 ケリーは唇を突き出した。


「あー、ごめんごめん。よく魔植物にいじめられてたから、ついね」


 アダムは苦笑した。


「さっきもそう言ってたけど……アダムは魔力が多いんだね? 魔植物は魔力に敏感だから」

「うん。家族で魔力が多いのは僕だけなんだよ」

「そうだ、前にあげた光があるでしょ? それに魔力を注いであげてみて。きっとその光の根源に想いが届くよ」


 アダムは首を傾げた。


「どういうこと?」

「まあ、騙されたと思ってやってみて。寝る前がおすすめかな」

「うーん……」

「大丈夫。危険なことは絶対に起こらないから」

「わかったよ。やってみる」

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