第32話 仮面夜会2


「『アーロン・ベル』、お好きですか?」


 ケリーは緊張しながらアダムの後ろから声をかけた。

 誰も人がいないと思っていたアダムはケリーの声にビクつき、恐る恐る振り向いた。


「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」


 ケリーは軽く頭を下げた。


 ——やっぱりアダムだ。仮面で隠れているけど目や雰囲気でわかる。久しぶりに話せて嬉しいな。


「いえ、人がいるとは思わなくて……」


 アダムはケリーに視線を合わせずに答えた。


「発光系大輪花種魔植物はお好きですか?」

「……嫌いではないです」


 アダムは迷惑そうなそぶりをケリーに見せた。

 ケリーはその対応に傷つきながらも、諦めずに話しかける。


 ——頑張れ、エバ。大丈夫、大丈夫。


「今は、もっと小さな花をたくさんつける魔植物が開発されているみたいですね。あなたはどんな魔植物がお好きですか?」


 ——普通の人なら、こんなマニアックな質問なんてしないだろうな。でも、私はこういう話が好きだってこと、アダムは知ってるよね?


 アダムは軽く息を吐く。


「僕は……『エバカラー』かな……」


 ケリーはその名前を聞いて感極まり、目を潤ませる。


 ——アダム……。私の名前が入っているから、その魔植物が好きなんだよね?


「……それは花を咲かせませんよ? 発光系には分類されますが、先端に生えた小さな葉っぱが光を発するだけです」


 ケリーは涙をこらえながら解説した。


「……あ、そうでした。お詳しいのですね」


 ——アダム、デートで魔植物園によく行ってたの覚えてる? 目に止まった魔植物をアダムが指差して、私に問題を出していたよね。私がそれに答えられないと、罰としてその場でアダムの頬にキス。恥ずかしがっていた私とキスするためにアダムが考えたゲーム。恥ずかしかったけど、嫌じゃなかったよ。そのうちキスする理由が欲しくて、わざと間違えてたの知ってる?


 ケリーは幸せだった頃の思い出に浸りながら、あることを考えつく。


「あなたも少しは魔植物のことを知っているようですね。せっかく魔植物好きの2人がこうして出会ったのですから、ゲームをしませんか?」

「え?」


 アダムはキョトンとする。


「あなたが魔植物を1つ指定して、それを私が答える。私が正解すれば、私の勝ち。私が不正解なら、あなたの勝ち。簡単でしょ?」


 ——アダム、思い出して。昔、私たちがやってた魔植物当てゲームだよ。


「……負けたら、どうなるんですか?」


 アダムが不安そうな声で質問する。


「そうですね……『1つだけ大切なものを渡す』というのは、どうですか?」

「僕にあげられるものなんて……」


 アダムは顔を横に振った。


「私は……この指輪の『宝石の中にある光』を半分お渡しします。どうですか? 幸せを呼ぶ光なんですよ」


 ケリーは左手中指にはめた指輪をアダムに見せた。

 その指輪は悪魔がくれたものだ。

 普段は部屋で大切に飾っているが、エリーゼに変装している時だけ身に付けることにしていた。


 ——私たちの子どもの魂をアダムにも持っていて欲しい。


 ケリーはそう願いながら、アダムの答えを待つ。


 アダムは指輪の宝石を見るなり、それに吸い込まれるような感覚に陥っていた。

 なぜかその光で心が温まり、気持ちが安らいでいく。


 ——この光が欲しい……。


 いつのまにか、アダムはその光を無性に欲するようになっていた。


「とても温かい光でしょう? 苦しみから解放してくれるような」


 ケリーは見入るアダムに優しく告げた。


「わかりました。賭けをしましょう。僕は……大したものではないですが、このネクタイはどうですか? 身につけている中では高価な部類です」


 アダムは中央に宝石がついた蝶ネクタイを緩めた。

 その時、首にかけられた3本のネックレスが金属音を立てる。


 ——あれは……。


 ケリーは全てのネックレスに見覚えがあった。


「ネクタイだと私が提示するものと釣り合いません。そのネックレス……ベル型のチャームがついたネックレスを1つ頂けませんか?」

「これはちょっと……。安物ですし、僕には大切なものなんです」


 アダムが身につけていたネックレスは、すべてエバと関係するものだった。

 小さな石がついたネックレスは、2人の記念日にエバが贈ったもの。

 残り2つは、同じベル型チャームがついたデザインで、初めて2人がペアで買ったものだ。

 ケリーは死んだ時になくしたと思っていたが、アダムがエバの分も持っていたようだ。

 そのペアの1つをケリーは賭けに差し出すよう求めていた。


「私が答えられないような質問を出せばいいのですよ?」

「……わかりました」


 その後、アダムは数分かけて端末を検索し、ある魔植物を表示させてケリーに見せる。


「この魔植物の名前はわかりますか? 正式名で答えないとダメですよ?」


 アダムは強気な視線を向けた。

 まだ学院内でしか公表されていない魔植物だったため、知らないと思い込んでいるようだ。


 ケリーはそれを見て、仮面の下で口角を上げた。


「『害虫駆除系捕食種魔植物のプレデルタII』ですね」

「——え!?」


 アダムは即答されて、固まる。


「……はぁ……そういうことか。あなたは専門家のようですね」

「あら、なんのことですか?」

「とぼけても無駄ですよ……」


 アダムはそう言いながら、重い手つきでネックレスを外す。


「——とてもいい問題でしたので、この光を差し上げますよ」


 ケリーはアダムの返事を待たずに光の半分を指輪から魔法で取り出す。

 そして、アダムの首にかけられたネックレスの石の中へ封入した。


「いいんですか?」


 アダムは困惑していた。


「もちろん。とても大切なものをもらったようですから。この光はあなたに幸せを運びますよ」


 アダムは「ありがとうございます」と言いながら、ネックレスをケリーに渡した。

 ケリーはそれを受け取ると——。


「え?」


 突然、会場から漏れていた明るい光が消え、辺りは真っ暗になった。


「おそらく、ダンスが始まったんでしょう」


 アダムの説明にケリーは頷く。


 ——サラさんが言ってたのはこれか。気が合った男女が『いろいろ』できるようにする時間だよね。連絡先を交換したり、会場を抜け出したり……。私もアダムと……。


 ケリーはアダムに期待する。


「大丈夫ですよ。僕は無理やりどこかへ連れていくようなことはしませんから……」


 それを聞いたケリーは肩を落とした。

 

 ——こんな時までアダムは紳士なんだから……。いや、その気がないだけか……。


「では、そろそろ……」


 アダムは今度こそ立ち去ろうとしていた。


「——待って! 連絡先を教えてくれませんか?」

「え? ……メールなら」


 アダムはためらっていたが、断りづらい雰囲気を察して教えてくれた。


「ご縁がありましたら、その光が私たちを導いてくれますよ」


 ケリーは意味ありげな言葉を残し、アダムと別れた。

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