第31話 仮面夜会1
サラの親戚の屋敷。
ケリーとサラは馬車を降りると、仮面をつけた使用人が対応してくれた。
「招待状をお持ちですか?」
「ええ」
サラは小さなハンドバッグから2枚の招待状を出した。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
2人は会場へ向かった。
*
夜会会場。
ケリーとサラが会場に入った時には、既に大勢の人が集まっていた。
使用人を含む全員が仮面をつけており、ケリーはその異様な雰囲気に圧倒される。
「うわ……すごい人ですね。仮面の人しかいない」
「叔父は人を集めてパーティを開くのが好きですから。特にこの仮面夜会は人気なのですわ。秘密裏にいろいろなことができますから」
私もその1人だからな、とケリーは納得するように頷いた。
「飲み物や軽食は、ご自由にどうぞ」
「はい」
緊張で喉がカラカラだったケリーは、水が入ったグラスを手に取った。
「——あら、連絡が……」
サラはカバンの端末を見るとすぐ、ケリーの耳元に囁く。
「アダムはすでに会場にいるみたいです。上下黒色のタキシード、緑の蝶ネクタイ、銀色の仮面を身につけているそうですわ」
ケリーの体温が一気に上がる。
「ありがとうございます。探してみます!」
「幸運をお祈りいたします。では……」
そう言葉を交わすと、サラはその場から離れた。
ケリーはアダムを必死に探し始めた。
——見つかるかな……学院の歓迎会より人が多いかも……。
そんな時、急に進路を塞ぐように大男が現れた。
慌てて立ち止まったケリーは、水を少しだけ大男の服にかけてしまう。
「あ、申し訳ありません……」
「はっはっはっ! お気になさらず!」
大男は大きな声でそう言いながら、胸ポケットから出したハンカチで濡れた腕を拭く。
悪い人じゃなくてよかった、とケリーはホッとするが……。
「お詫びの代わりに、我輩と一杯いかがですかな?」
ケリーはその申し出に眉を顰める。
——断りたいけど、揉めたらサラさんに迷惑かかるからな……。
「では、一杯だけ。知人と待ち合わせをしていますので、あまり時間は取れませんが……」
「はっはっはっ! 今日は男女が出会いを求めるための夜会ですよ? そのお知り合いは既にパートナーを見つけているかもしれません。邪魔をしてはいけませんよ」
——あー、変な男に捕まった……。
大男はケリーにワインが入ったグラスを手渡し、一方的に話を始める。
「私は毎日体を鍛えていましてね——」
ケリーは適当に相づちをうち、数分かけてワインを飲み干した。
大男の話は全く途切れる様子がないため、話を遮るように口を開く。
「——すみません、少しパウダルームに……」
「では、そこまでエスコートさせてください」
大男は無理やりケリーの手をとって腕を組ませ、廊下へ繋がる扉へ。
その間、どうでもいい筋肉自慢話を続けていた。
「——ありがとうござました」
パウダールーム前に到着すると、ケリーは急いで腕を振りほどく。
「では、ここで失礼いたします……」
「はっはっはっ、構いませんよ。我輩はここでお待ちしております」
——待たなくていいから!
ケリーは急いでパウダールームに逃げ込み、小さな個室の椅子に座った。
鏡台にもたれかかり、大きく息を吐く。
まだ夜会に来てあまり時間が経っていないにもかかわらず、すでに疲れが溜まっていた。
——あの男、前で待ってるって言ってたよねー。諦めてくれるまでここで時間を潰すしかないか……。
*
10分後。
廊下の様子を窺うと、大男はまだパウダールームの前にいた。
——しつこい……。アダムを探しに行けないよ……。
ケリーは個室に戻り、助けを求めるためにサラへ連絡する。
……が、繋がらない。
騒がしい会場にいるから仕方ないか、とケリーは肩を落とす。
——もうしばらく待ってみよう……。
ケリーはそれから数分おきに廊下を確認し、大男が立ち去るのを待つ羽目になった。
*
30分後。
ケリーはパウダールームの椅子でうなだれていた時、サラから連絡が入る。
「——エリーゼさん? どうかなさいました?」
「サラさん! 助けてください! 変な筋肉ムキムキの大男に捕まってパウダールームに逃げ込んだんです。でも、ずっとその前で待ち伏せされてて……。まだ、アダムを見つけていません……」
ケリーは涙目で必死に訴えかけた。
「ほほほほほっ。その方はアーノルド様ですわね。しつこいことで有名ですわ。捕まった女性は、皆様パウダールームに逃げ込みますの。忍耐強く待ち伏せすることが彼の得意技ですわ」
「笑えない技ですね……」
「大丈夫ですわ。毎年のことなので、叔父は対策を講じてますの。パウダールームの奥に隠し扉がありますから、そこからお逃げくださいまし。会場横の庭に通じていますわ。庭から会場へ入れるようになっています。アーノルド様はまだその隠し通路をご存知ないので、安心してください」
「ありがとうございます! では、今度こそアダムを見つけます!」
「健闘をお祈りいたしますわ」
「はい!」
ケリーは急いで奥の扉へ向かった。
*
隠し通路。
通路は明るく、掃除が行き届いていた。
ケリーの裾の広がったドレスでも十分に歩けるくらいの広さがある。
5分ほど歩いて、ようやく庭に出た。
「ふぅー」
心地よいひんやりとした風は、ケリーの火照った体を冷ましてくれた。
虫の鳴き声と草木の擦れる音だけが響き、会場の喧騒はこの庭には届いていない。
——素敵な庭だな〜。あ、あれは……。
庭の一角にケリーは目をとめた。
温かいオレンジ色に発光する魔植物が綺麗に並べて植えられており、ケリーは気になって近づいてみる。
大きなベル型の花をつける魔植物『アーロン・ベル』だった。
これはアーロン教授がまだ駆け出しの研究員時代に開発したもので、今では人気の魔植物だ。
——私はこの魔植物がきっかけで、魔法学院を目指したんだよなー。……よし、これを見たら元気出た。そろそろ会場へ行かないと。
ケリーは屈めていた腰を伸ばし、会場へ視線を向ける。
ちょうどその時、会場へ続く扉が開いた。
会場の騒めきが庭中に広がり、ケリーは慌てる。
——まさか、あの大男が出てきたんじゃ……。
ケリーはその人影を警戒しながら、早足で別の入り口へ足を向ける。
——あれ? 違うかも。細身の男の人……。
ケリーは気になってその人影の方へ目を凝らす。
会場から漏れる光が、その人影をわずかに照らした時——。
ケリーはその人物を目にして思わず足を止めた。
上下黒のタキシード、銀色のマスク。
——あの体格や髪は……絶対にアダムだ。仮面をつけていても、アダムだってすぐにわかる。アダム……。
ケリーは目を潤ませながら見つめていた。
アダムは影に隠れていたケリーに気づかず、先ほどケリーが見ていた魔植物の方へ歩いていた。
——チャンスは今しかない!
ケリーは早くなる鼓動を落ち着かせながら、ゆっくりとアダムに近づいた。
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