第17話 ランチで
歓迎会翌日。
第1薬学研究室教授室。
ケリーはサラ、ジョセフ教授と共同研究の打ち合わせをしていた。
「——では、それに関しては私が担当しますわ」
「よろしくお願いします。できれば機器の使い方を知りたいので、最初はサラさんの担当分も一緒にしたいのですが」
「もちろん構いませんわ」
ケリーの申し出にサラは快諾した。
「月に1回のペースで打ち合わせしようかな。日程調整はサラくんに任せる」
「わかりましたわ、教授」
「じゃあ、打ち合わせはこれくらいだな。お疲れ様」
ジョセフ教授の言葉でケリーとサラは立ち上がり、一礼した。
「失礼いたしますわ」
「本日はありがとうございました。失礼いたします」
「はい、よろしくねー」
ケリーはサラの後について教授室を出た。
「もうお昼ですわね。よろしければ、一緒にランチはいかが?」
「ええ、是非。カフェテリアでもいいですか? 午後から急ぎの仕事があるので」
「構いませんわ」
2人はその足でカフェテリアへ向かった。
*
カフェテリア。
2人は空いている4人テーブルにつき、各自の端末でメニューを確認していた。
「ボク、ここで食べるのは2回目なんですよ。おすすめはありますか?」
「私もあまり詳しくないのですが——」
「——僕のオススメは肉ランチセットだよ」
横から男性がサラの話に割り込んできた。
ケリーは胸を弾ませながらその声の方へ顔を向ける。
そこには、笑顔のアダムが立っていた。
「アダム! ……さん!」
アダムはケリーにニコリと笑いかけた。
ケリーはその可愛くて爽やかな笑顔に見とれてしまう。
「やあ。僕も一緒にここで食べていいかい?」
「よくってよ」
「横、どうぞ!」
ケリーは満面の笑みで隣の席を勧めた。
「ありがとう」
アダムはケリーの横に座り、ケリーに笑顔を向ける。
——きゃ〜! それは反則だよ!
ケリーはアダムの笑顔攻撃にギリギリ耐え、椅子から崩れ落ちずにすんだ。
しかし、第2の攻撃が——。
アダムの香りがケリーの鼻に流れ込む。
その良い香りに、ケリーの顔はうっとりし始める。
——はっ、だめだめ! 魅力が凄すぎて失神しそう!!!
ケリーは平静を保とうと慌てて右手の腕をつねった。
「——じゃあ、私はアダムのオススメを食べてみますわ」
サラの発言でケリーの意識は正常になり、緩んだ顔は元に戻った。
「ボクもそうします!」
「僕はサンドイッチで」
注文してしばらくすると、ランチセットを乗せたカート型配膳機が3人のところへ移動してきた。
「ボクがとりますね」
ケリーは座ったまま3つのトレーを配膳機から魔法で浮かせ、それぞれの前に静かに置いた。
「ケリーさん、ありがとうございます」
「ありがとう」
「いえ」
ケリーはアダムの礼で、頬を少し赤くさせた。
その様子にサラは目を細める。
ケリーはそんな視線に気づかず、一切れの肉を口へ運んだ。
「アダムさん、美味しいです!」
予想以上に柔らかくてジューシーだった。
「でしょ? 安い割にいい味なんだよ」
「——まあ、合格点とは言えませんが、食べられますわね」
サラは2人と違って辛口評価だった。
「サラ、君が普段食べる食事と比較してはダメだよ……」
アダムは苦笑する。
「サラさん、お昼はどこで食事を?」
「私は家族御用達のレストランへ行くことが多いですわ。時間がない時は、配達してもらっていますの」
「今日はボクに合わせてくれたんですね。申し訳ありません」
ケリーは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「お気になさらず。ここはあまり来る機会がなかったので、ちょうどよかったのですわ」
「よかったです」
ケリーは胸をなでおろした。
「そうだ、ケリーくん」
「はい?」
ケリーはアダムに笑顔を向けた。
「アーロン教授の講義を一度見学しに行きたいんだけど、可能かな?」
「見学ですか?」
「アーロン教授の授業は人気だから、一度見てみたくて」
「教授に聞いてみますね。大丈夫だと思います」
「ありがとう。僕のスケジュールをケリーくんの端末に送っておくから、ちょうどいい時間の講義を教えてくれる?」
「はい! 予定がわかり次第、連絡しますね」
ケリーは2ヶ月分のアダムの予定を入手したので、満面の笑みを浮かべていた。
「ケリーさんはアダムと話す時、とても楽しそうですわね。少し嫉妬してしまいますわ」
「す、すみません。アダムさんとの会話を邪魔してしまって……」
「勘違いしていらっしゃいますわ」
「え?」
「私はケリーさんともっとお話ししたい、と思っているのですよ?」
「ボクとですか?」
アダムは困ったように頷いた。
「サラは僕と仲はいいけど、基本的には気が合わないんだ。よかったら仲良くしてあげて」
「もちろんですよ。共同研究者でもありますしね」
サラはそれを聞いて肩を落とす。
「私は仕事のパートナー以上に中を深めたいですわ。もちろん、友人として」
「言い方が悪かったですね、すみません……」
ケリーはバツの悪い顔をした。
「それにしても、サラから仲良くしたいと思う人が出てくるなんてね。それほどケリーくんは魅力的なんだね」
「そうですわ。アダム以上に……ね。まあ、私は食事も人も偏食ですから」
サラは口角を上げ、意味ありげな表情をケリーに向けた。
ケリーは肩を竦める。
「ボクには特にこれといった魅力はないと思いますが……」
*
その日の夜。
ケリーは勉強を教えるためにアリスの部屋に来ていた。
「——少し休憩にしようか。紅茶を入れるよ」
「あ、それは私がやります」
アリスは慌ててデスクから立ち上がるが、ケリーに手で制される。
「しっかり休憩しないと勉強は捗らないから」
「ですが、兄様の方がお疲れでは?」
「アリスの勉強に付き合っているとはいえ、読書しながらだよ。十分に休憩できてるから心配しないで」
「……では、お言葉に甘えます」
何を言っても無駄だと感じたアリスは、ケリーの言うことを聞くことにした。
「そうそう、それでいいよ。兄妹なんだから気を使いすぎないで」
「はい」
アリスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
その後、2人は紅茶を飲みながら雑談を始めた。
もちろん話題は『昨日の歓迎会について』だ。
「——アダムはモテるんだってー」
ケリーは仏頂面でテーブルに肘をつき、そこに顎をのせていた。
「アダム様は女性に興味を持っていないのですから、ライバルはいないと思いますが?」
「そうなんだけどねー。でも、突然魅力的な女性が現れるかもしれないでしょ?」
「そんなに不安なのでしたら、一度お食事に誘ってみては? アダム様と直接話をして状況を知るほかないと思います」
「そんな〜、誘うなんて恥ずかしいよ〜」
ケリーは勢いよく顔を横に振った。
そんなケリーにアリスは呆れる。
「ケリー兄様、今は仕事の関係で繋がっているのですよ。誘ってもなんの問題もないと思いますが?」
ケリーは唇を突き出す。
「そうなんだけどね……。でも、連絡先をもらってすぐに連絡することは、なんだかよくない気がするんだよ。恋愛は駆け引きが重要でしょ?」
「はぁ……。恋愛は後回しにする、とご自分でおっしゃっていたではありませんか? 友人として仲良くなることが先だと。今は絶好の機会ですよ?」
「でも〜、アダムの顔を見たら胸がキュンとしちゃうんだよ〜。あまりにも可愛くて、格好良くて……。抱きつきたくなるっていうか……」
照れ始めたケリーは両手で顔を覆った。
そんなケリーを見たアリスは眉尻を下げる。
「お気持ちはわかりますが、それは我慢した方がいいかと。サラさんという方に協力してもらっては? アダム様と親密な関係にあるようですから。いろいろ情報がもらえると思いますよ」
「サラさんに頼るかは保留にしておくよ。信用していいかまだわからないから」
「確かにそうですね。取引したい、と言ってきたことが引っかかります」
突然、テーブルに置いていたケリーの端末が受信音を鳴らした。
ケリーはそれを手にとる。
「あ、噂をすれば……」
「どうされたのですか?」
「サラさんからメール。『明日会えないか?』って内容だよ」
「『例の取引』のことでしょうか?」
「だろうね……」
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