第2章 男装編
第14話 再出発
ジョーゼルカ家当主執務室。
ケリーは1人でリリスの両親に会いに来ていた。
人払いをしてもらい、この部屋にいるのは3人だけだ。
「——おめでとう! リ……、ケリー、あなたがこんなにも優秀な子だったなんて……。母として鼻が高いですわ!」
「ケリー! よくやった! お前が優秀な子であったとワシは知っていたぞ! ハッハッハッハッ!!!」
「父上、母上、ボクは今日から独り立ち致します。これからは援助も必要ありませんので」
その言葉を聞いた両親は涙腺を崩壊させる。
「こんなに立派なむす……こになっていたとは……。子どもは親が知らない間に成長していくんだな……」
「でも……わざわざ狭い学院寮で暮らす必要はないのでは? 後見人ではなくなってしまったのだから、ジョーゼルカ家の養子になるという方法もありますよ?」
ケリーは首を横に振った。
「さらなる成長を遂げるには、子どもは親元から離れる必要があると存じます」
「それはわかっていますが……。不自由な生活を送るのかと思うと……ケリーが不憫でなりませんわ!」
「ケリー、学院が嫌になったらいつでもここに戻ってきていいんだぞ!」
「そんなことにはなりません。決めたことは覆したくはないのです。一人前の研究員として認められるために」
「わかった……ケリー。お前の決心は固いのだな。だが、何かあったら必ず頼りなさい」
「では、父上、母上、今までありがとうございました」
ケリーは一礼し、清々しい気持ちで部屋を後にした。
*
魔法学院、職員寮。
ケリーはアリスの部屋の扉をノックした。
「はーい!」
アリスはすぐに扉を開けた。
「お帰りなさい、兄様」
「ただいま、アリス。やっと一段落したよ。はい、これはお土産の焼き菓子」
「ありがとうございます! さっそく食べましょう! 紅茶はいかがですか?」
「ありがとう」
アリスは果実の香りをさせた紅茶、焼き菓子を乗せた小皿を小さなテーブルに置いた。
「はぁ〜。アリスの淹れてくれた紅茶は格別だね〜」
ジョーゼルカ家の毒素が抜けていくような感覚に、ケリーは顔を緩ませる。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
アリスは頬を少し赤くし、焼き菓子を口に入れる。
「これからは前に進むだけですね」
「うん! さっそく今日は歓迎会があるから、アダムとお近づきにならないと……」
ケリーは自信なさげな笑みを浮かべる。
「私は出席資格がないのでお手伝いできませんが……。お部屋から応援してますね!」
お茶を楽しんだ後、ケリーは研究室へ向かった。
*
魔植物学研究室。
ケリーが扉を開けると、中から騒がしい会話が聞こえてきた。
「——よぉ! ケリ〜待ってたぜ! 今日はオメーの歓迎会なんだから、いっぱい飲んでもらうぞ〜!」
最初に声をかけてきたのは、勤務初日からケリーに絡んでくる先輩ケイン・ベーカーだった。
無精髭が生えた10歳上の先輩研究員で、ケリーは転生前から知っている。
気さくな性格のため、後輩たちからは兄貴分として慕われていた。
「あがっ!!! ケインせん……ぱーい、苦しいです……」
ケインは後ろからケリーの肩を抱くふりをして、首を軽く絞める。
「よし! 野郎ども! 行くぜ〜!」
「「「「「ウェーイ!」」」」」
5人の男性研究員は勢いよく腕をあげた。
——私は女なのに……。
ケリーは心の中で文句を言いながら、ケインに無理やり引きずられて会場へ向かった。
*
新人歓迎会会場。
魔法学院の階級2以上の職員が全員集まっていた。
新人のケリーは階級2、助手のアリスは階級1で、実績を上げることで階級が上がる仕組みだ。
実績を取り続けているアーロン教授は最高位の階級10だ。
——アダムはどこにいるんだろう……。
広い会場と予想以上の参加人数を目の当たりにしたケリーは、肩を落としていた。
「——おい、ケリー。俺たちのテーブルはあっちだぞ!」
「はい!」
人ごみの中をきょろきょろしながら、ケリーはケインの後ろをついていった。
「こっちよ!」
ケリーとケインに声をかけてきたのは、魔植物学研究室唯一の女性研究員、オリビア・ブラウンだった。
ケインと同期で、階級は5だ。
ケリーが転生前、親身に相談にのってくれた優しい人物で、姉のように慕っていた。
「よし、全員集まったな。学院長の乾杯はまだか〜? 早く飲みてーぜ!」
ケインはすでに酒が入ったジョッキを持ち、そわそわしていた。
「ケイン、気が早いわよ。学院長がまだ壇上にも上がってないのに……」
オリビアは呆れていた。
「お! 主役の登場だ!」
ケインの言葉でケリーは壇上へ視線を向け、胸を弾ませた。
壇上中央には、長い白髪の老人——ダーベント・ニコラス魔法学院学院長が立っていた。
学院長は学院内に3人しかいない階級10の持ち主で、ケリーが尊敬している人物の1人だ。
「——新人諸君を歓迎する! 歓迎会を楽しんでくれたまえ!」
学院長の挨拶が終わると、ケリーはグラスに入った酒を一気に飲み干した。
そして、席を離れようとするが……。
「——ケリー! お前、どこ行こうとしてんだ?」
ケリーは、首根っこをケインに掴まれていた。
「……やだなー。先輩方の食べ物を取りに行こうとしてたんですよ」
ケリーは冷や汗をかきながら答えた。
「気が利くじゃねーか。だが、今日はお前の歓迎会だ。それは別の野郎にやらせるから、お前は俺の注いだ酒を飲んでりゃいーんだよ!」
「はい……」
それからケリーは、ケインを含めた先輩男性研究員に1時間ほど捕まってしまった……。
*
「——ケイン、それくらいにしてあげなさいよ。ケリーくんは他の研究員にも挨拶したいと思うわよ?」
見かねたオリビアがケリーに助け舟を出してくれた。
「おい、オリビア。野郎のことに口出しすんじゃねーぞ」
「はいはい。もう出来上がってるわね。ジニーくん、ケインを寮に連れて行ってくれる?」
「はい!」
オリビアに頼まれたジニー・ボルトは満面の笑みを浮かべ、ふらつくケインを抱きかかえる。
ジニーは少し小太りの男性研究員で、オリビアの1つ下の年齢だ。
転生前から知っている先輩で、当時オリビアに片思いをしていた。
今の様子から、まだその思いは続いているようだ、とケリーは推測する。
——平民のジニー先輩は貴族のオリビア先輩に思いを打ち明けられないよね……。
ケリーはそんなことを思いながら、この国の階級社会に心底嫌気がさしていた。
「——ケリーくん、大丈夫? ケインのヤツ、ケリーくんのことを本当に気に入ってるのよね……。まあ、ケリーくんはあの子に似てるからな……」
「え?」
ケリーはオリビアにその話を詳しく聞こうとするが——。
「あー、ケリーくん。いたいた!」
アーロン教授がケリーに話しかけてきた。
「何か御用ですか?」
「うん。紹介したい人がいるから、ついて来てくれないかな?」
「はい」
オリビアは何かを察したようで、ケリーの耳元に小声で囁いた。
「頑張ってね……」
「え……?」
オリビアの一言で不安を抱きつつ、ケリーはアーロン教授についていった。
ケリーを別のテーブルへ連れてきたアーロン教授は、1人の女性に横から声をかける。
「——ちょっと時間ある? 紹介したい人がいるんだけど」
「はい、問題ありませんわ」
その女性はケリーに体を向けた。
ケリーはその女性を見て、ハッとする。
「ケリーくん、薬学部のエース、サラ・ハーネットさんだ。ハーネットさんはケリーくんの1つ年上だけど、すでに階級7を取得している優秀な人だよ。今期から副教授に就任してね」
ケリーとサラは目を合わせ、互いに軽く会釈をした。
「権威ある教授からそう言っていただけて光栄ですわ。そして、お久しぶりですわ、ケリー・アボットさん」
「あれ? サラくんはもうケリーくんに会ってたの?」
サラの発言に教授は驚いていた。
「ええ。アボットさんが私の研究室の教授へ挨拶をしに来てくださった時、対応したのが私でしたの」
「そうか、それは知らなかった。共同研究の打ち合わせは明日だったから、初対面だと思ってたよ」
「その時は残念ながら少ししかお話ししませんでしたの。分析の途中でしたから」
「そうか、それなら今のうちに親睦を深めた方がいいね。じゃあ、僕はこれで……」
アーロン教授はそう言うと、さっさと別のテーブルへ行ってしまった。
急に放置されたケリーは呆然とする。
「——サラでいいですわ」
「は、はい。では、ボクのことはケリーと呼んでください」
サラの物怖じしない話し方に、ケリーは圧倒される。
「女性とのお話は苦手ですか?」
「そうですね……、人見知りなもので……」
ケリーは早くアダムを探したいので、ソワソワしながら答える。
「アーロン教授は、どうして私たちを合わせたかご存知ですか?」
「え? 共同研究のためではないのですか?」
サラは口に手を当て、クスッと上品に笑う。
「それもあるとは思いますが、1番の目的はお見合いですのよ」
「……といいますと?」
「あら、まだ若いから考えていないようですね。私たちを男女の仲にしたい、と教授はお考えなのですよ」
「え!? どうしてですか?」
ケリーは唐突な話に目を丸くする。
「ケリーさん、気づいていなくて? 若くて優秀な男性はあなたしかいませんのよ? まあ、アダム・スコットさんもいますが……。彼は全くその気がありませんので。それに彼は今、独身女性職員のほとんどから狙われていますの。ケリーさんはまだお披露目されていないので、知らない方が多いのですよ」
アダムの話が出てくるとは思わなかったので、ケリーはそのことについて聞いてみることに。
……しかし、サラは一方的に話を続ける。
「ケリーさんはまだ平民ではありますが、アーロン教授が後見人でしょ? ご子息がいないアーロン教授の家は、ケリーさんが継ぐ予定と伺っております。だから、アーロン教授は先手を打って私たちを合わせたのですよ。ケリーさんに下手な人物と接触して欲しくないのでしょう」
「やっと研究員になったので、ボクにはそんな余裕はありませんが……。それに、まだ後継者と決まったわけではないですよ」
ケリーは後頭部に手を当て、興味がない雰囲気を装う。
サラはケリーの耳元に顔を近づけてきた。
「——取引しませんか?」
「どういうことでしょう?」
ケリーは小声で問いかけた。
「あちらへ行きませんか? 話がしやすいので……」
「……わかりました」
2人は人ごみを避け、人気のない窓際へ向かった。
「——私がここまで打ち明けたのには、訳がありますのよ。ケリーさんは私とお付き合いする気がない、と察しましたわ。実は、私も同じ考えですの。残念ながら、私は男性に全く興味がありませんから。私たちがお付き合いしていると噂が流れれば、邪魔者は寄ってこないでしょう?」
「そういうことですか……。鈍くて申し訳ありません」
ケリーは軽く頭を下げた。
サラはニコリと笑いかける。
「よくってよ。取引さえ承諾して頂ければ。……如何ですか?」
「少し考える時間を頂けますか? 急な話なので……」
ケリーは信用できる相手かどうか見極めきれなかったので、答えは先送りすることにした。
「ええ、良いお返事をお待ちしておりますわ。では、私はこれで……」
その場を離れようとしたサラは、突然ふらついて倒れそうになる。
「——大丈夫ですか!?」
ケリーは慌てて腕を掴む。
「ちょっとドレスが苦しくて、気分が……」
「では、そちらのバルコ二ーで涼みましょう。ボクも少し酔いをさましたいので」
「ええ、エスコートしてくださる?」
ケリーは頬を少し赤くさせながら、慣れない手つきでサラの手を取った。
広いバルコニーに差し掛かった時、そこに2人の人影が見えたのでケリーは足を止めた。
男性に女性がしな垂れかかっているようだ。
ケリーは邪魔にならないように「別の場所へ」と小声でサラに言いながら、方向転換する。
しかし、サラは抵抗してケリーの手を引っ張り、近くの壁へもたれかかった。
『——先生。私……以前からお慕いしておりました。よろしければ……』
バルコニーにいた女性が男性に向かって告白していた。
ケリーはサラに目配せして離れる合図をするが、サラは人差し指を口に当て、静かにするよう促した。
その後、面白そうに聞き耳を立てている。
ケリーはため息をついた。
——付き合うしかないか……。なんか、嫌だな……。
『——申し訳ありません』
バルコニーにいる男性が女性に対してそう返事をした。
ケリーは会話の内容より、男性の声に興奮し始める。
——この声……、アダムだ!
ケリーは全神経をバルコニーへ向ける。
『——僕には忘れられない女性がいるのです。一生その方だけを僕は……。すみません、勇気ある申し出をして頂いたのですが……』
それを聞いた女性は、涙目でバルコニーから去って行った。
サラはその女性が去ったのを見届けると、突然、バルコニーへ向かう。
「え!?」
ケリーも慌ててサラを追いかけてバルコニーへ向かった。
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