第8話 念願の再会


 エバは夕食用のドレスに着替えた後、別館へ移動していた。


「お嬢様、この先の突き当たりに見える扉が『食卓の間』です」


 浮遊椅子に乗ったエバの後ろから、それを操作するアリスが声をかけた。

 その部屋の扉は遥か向こうにあるために小さく見え、エバはため息をつく。

 部屋を出てからすでに5分が経っていた。


「部屋から遠すぎない?」

「そうですね。お屋敷は広いですから」

「食事中は側にいてくれる? わからないことばかりで不安なの」

「畏まりました。お嬢様のお役に立てることがなによりの喜びです。何なりとお申し付けください」

「ありがとう」


 アリスはエバの感謝の言葉が本当に嬉しくて、頬を赤くする。


「お嬢様、お待たせいたしました——」


 アリスは食卓の間の扉をゆっくりと開けた。

 中から聞こえていた話し声は途切れ、テーブルについていた全員がエバに視線を向ける。

 1人を除いて……。

 エバはその人物に気づき、悲しみのあまり俯く。


 アリスは浮遊椅子を押しながらエバの耳に顔を近づけ、小声で話しかける。


「アダム様の前にご着席いただく予定ですが、よろしいですか?」

「うん……」


 アリスは意気消沈しているエバに心を痛め、悲痛な思いで浮遊椅子を席まで進ませた。


 食卓の間は家族専用にかかわらず、20人以上が入れるほどの広さだった。

 天井の巨大なシャンデリア、派手な柄のカーテンや絨毯など……どれも高級なものばかり。

 部屋の中央には何十人も座れる長いテーブルと椅子が置かれており、上座にリリスの父親、その両側にリリスの母親、兄、弟が座っていた。

 そしてアダムは——1人だけ離れたところに。

 家族はリリスのことを心配そうな目で見つめているのに対し、アダムは依然として俯いたままだ。

 そんな態度でも、エバはアダムの姿が見れただけで嬉しかった。


 アリスはエバの浮遊椅子をアダムの正面に固定させた後、準備のためにその場を離れた。

 エバは俯きながら視線だけを上げ、アダムの様子を窺う。


 ——かなり痩せたみたい……アダム、大丈夫かな?


 アダムの表情は虚ろで、疲れがにじみ出ていた。


「——リリスや、食事の席に出てきてくれて私は嬉しいぞ!」


 テーブルの奥に座るリリスの父親は、大声で声をかけてきた。

 鼻の下と顎にヒゲを生やし、いかにも傲慢な雰囲気の男だ。

 顔も見たくないエバは、アダムの方に視線を向けたまま「はい」と一言だけ返事を返した。

 久しぶりに声が聞けた父親と母親は、そんな態度であっても涙を浮かべ、感極まっていた。

 

「では、さっそく食事会を始めるとしよう」


 父親の言葉で食事が始まった。

 

「リリス、今日はリリスの好きなものばかり作らせたわ」


 母親はリリスに笑顔を向けるが、エバはアダムを見つめたまま「ありがとうございます」と答えた。


「——なぜ、こんな奴がいいんだ?」

「僕も理解できないね」


 リリスの兄弟は、アダムに向かってそう呟いた。

 アダムは全く手をつけていない食事を眺めながら、大きくため息をつく。

 

「——2人共、文句があるなら私に言って。それ以上アダムに何か言ったら、許さないわよ」


 急に声を荒げたエバに兄弟は驚き、固まる。


「さ、さあ、みんな、せっかくリリスが元気になったのよ。楽しくしましょう」


 母親が慌てて仲裁に入った。

 兄弟は動揺しながら無言で頷く。


 その後、エバの発言で誰ひとり口を開くことはなく、静かな時間が続いた。



「はぁ……」


 食事が中盤に差し掛かった頃、アダムは溜息をついて立ち上がった。


「今日中に終わらせないといけない仕事がありますので、お先に失礼いたします」


 アダムは早足で部屋から出て行った。


「またか……」


 リリスの弟がボソッと呟いた。

 他の家族は呆れた表情を浮かべ、そのまま食事を続ける。


「——私も気分が優れませんので、退席いたします」

「リリス!? 待ちなさい!」


 呼び止める母親を無視し、エバは自分で浮遊椅子を操作して部屋を後にした。


 エバが廊下に出た時、アダムは庭へ続く扉を開けているところだった。


「待って!」


 エバは慌てて呼び止めるが、アダムはその声に振り向きもせず、急ぎ足で玄関の方へ向かう。

 エバは自分がリリスの外見であることを忘れ、アダムを必死に追いかけた。


「アダム! 待って!」


 庭へ出たエバは、もう一度アダムを呼んだ。


 アダムはため息をつき、ようやく振り向いてくれたが……。

 その視線はこれ以上ないほど冷たかった。


「僕に話しかけるなと言ったはずだ。僕の視界から消えてくれ」


 アダムは低い声でそう言い捨て、玄関近くに止められていた馬車へ向かった。


 エバはそれ以上何も言えなかった。

 アダムの背中を眺めながら、涙を溢れさせる。


 ——アダム、ごめん。こんな顔、見たくないよね……。


 アダムの言葉はリリスに放ったものだとわかっていても、ショックを受けずにはいられなかった。

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