第二章

第1話

 キーボードを背負って歩くと人目を引くらしい。朝も教室に入ると一瞬視線がこっちに集まったし、こうして廊下を歩いている今もそうだ。それでも誰も話し掛けてくれない辺り、俺のポジションは確固たるものになりつつあるようだ。あのクラス、軽音部員いるはずなのにな……。まあ話し掛けない俺が悪いんだけど。


 そんなことを考えながら視聴覚室の扉を押し開ける。ここでは更に注目を浴びることになるだろうから緊張していた。案の定、昨日よりも明らかに強い視線を感じる。


「あっ!」


 すかさず反応してこちらに駆け寄ってきたのは大城先輩だ。大城先輩はその大きな瞳を俺の前でキラキラと輝かせている。


「キーボードじゃん! えっ、なんで! 君キーボードやりたかったの!?」

「えっと、まあ。……はい」

「へぇそうなんだ! 良かった~。誰もいないから安心したよ~。成美の後継者がやっと現れたんだぁ……」


 そう言って胸を撫でおろす先輩とは裏腹に、俺の心臓はもうバックバクだった。大城先輩が話し掛けてきたことによって全員の注目を一身に浴びているからだ。オマケに興味を持ち始めた三年生がに二、三人集まって俺を取り囲んでいる。もう目が回りそうだった。


「え、もしかしてピアノやってたとか?」

「いえ、全くの初心者です……」

「そうなんだ。でも大丈夫! 成美もそうだったからね!」

「そ、そうなんですか」

「うん、だから全然気にしなくていいよ。それよりどんなの買ったの? 見せて見せて~」


 大城先輩の言葉に吸い寄せられるかのようにどんどん人集りができてくる。どうやらこの部活ではキーボードは相当レアなアイテムらしい。ってダメだ、マジで立ち眩みが……。


「はいはい、記者会見終わり終わりー」


 そんな俺を救ってくれたのは後から入って来た黒木場先輩だった。黒木場先輩は俺を取り囲む部員をシッシと払いのけていく。


「大城も、相沢君が困っているだろう」


 口を尖らせる黒木場先輩を見てきょとんとする大城先輩。しかし直後に俺の顔を見て悟ったらしい。大城先輩は今にもバッテンを作れそうなぐらい顔を窄めて、


「あぁ~ごめん相沢君! そんなつもりはなかったんだ! 私テンション上がると周りが見えなくなっちゃうタイプでさ、とにかくほんっとごめん!」

「いやそんな! 全然大丈夫です! 気にしないでください」


 慌てて取り繕う俺。

 下げた頭を上げさせるのではなく、それ以上深く頭を下げていた。


 そうやっていつまでもぺこぺこと頭を下げ合う俺たちを見て、黒木場先輩は呆れ笑いを浮かべながら、


「もう分かったから。大城は一旦持ち場に戻ってよ」

「……はーい。あ、でも相沢君、また後で見せてね!」


 そう言い残して大城先輩はご機嫌な足取りで舞台に向かっていく。去り際に見せたほわっとした笑みがとても印象的だった。あの人、本当に喜んでくれてるんだな……。


「さて」


 その一方で黒木場先輩は見覚えのある悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「君の覚悟はしかと受け止めたよ。本当は君にキーボードの面白さを手取り足取り教えてあげたいんだけど、残念ながら今は時間が惜しい。早速始めるとしようか」

「始める……? 何をですか?」

「決まっているだろう?」

 黒木場先輩はクククと不敵に笑ってから、何処か得意気な表情で宣言した。

「脱ぼっち作戦会議だ!」


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