ハイパー縄文人モス子ちゃん 「土器土器ホワイトデー到来!」の巻

モン・サン=ミシェル三太夫

第1話 ケンカしちゃった!?

 あたし、モス子! 縄文時代の普通の女の子だよ。


「おっはよーございまーす」

 編みたての麻で仕立てた制服を着て、ちょっと大人っぽい骨角アクセなんか腕につけて、あたしは上機嫌でお隣さんちにご挨拶。

「おはよう、モス子ちゃん。今日から新学期よね」

 おばさんが並びのいい歯を光らせて笑った。クシのように削った前歯がいかにもセレブで、あこがれちゃうなー。

「なのに、うちのバカ息子、まだ起きないのよー。髪の毛、引きずってでも連れてって」

「また夜遅くまで土器いじりですか?」

 月の明るい夜はいつもそうだ。

 おばさんは、いかにも呪術医っぽく肩をすくめて、「手遅れ」といった仕草をする。

「病気ってレベルじゃないさね。ありゃなんか憑いてるよ」

 なんかって、あなたその専門家でしょう……。


 ともかく家族にまで見放されているくらいだから、あんにゃろーは毎朝あたしが起こすしかないのであーる。


「アメギー、学校おくれるぞー」

 勝手を知ったる幼なじみの家は、柱が十二本もある大邸宅だ。

 大家族で過ごしているから、何度も増築してとにかく広い。

 さすがにこの時間は、ネボスケ以外はみーんな仕事に出払ってるけどね。

 あたしはミシミシと足音を立てて小さなハシゴを下りた。

「うわ、真っ暗」

 そりゃそうだよね、この時代に電気なんてあるわけない。

 うちと違って草葺き屋根に丁寧に土を塗りたくっているから、スキマなんて全然ないんだ。月のない夜よりも真っ黒だ。

 炉の埋み火なんて、役立たず。目が慣れてくるまで、あたしはすり足で歩いた。目指すはでっかいイビキ方向ナリ。

 家の壁に沿って、座れるくらい高くなった板間がめぐらせてある。

 その左奥に、ムシロを敷いてだらしなく寝転んだ影が近づいてきた。

 アメギだ。色白の肌は暗闇でもぼんやり光って、そう、なんだかお月様みたい。

 子どもの頃からかの土器オタクで、めったに狩りも手伝わないインドア派だからなー。


 よし、鼻でもつまんでさしあげやうと、近づいたとたん、

 むにょり。ずるっ。

 やわらかいものを踏んづけて、あたしは思いっきり前のめりに転んでしまった。

 ごしゃりとニブい音がして……いひゃ……い。

 この感触、板間を乗り越えて、したたかに板塀に顔をぶつけてしまったらしい。呪うぞ自分のこの長身。


 おや、いきなり静かだね。

 あたしは耳がおかしくなったのかと頭をふったんだけど、音は戻ってこない。

 とくに、あの地鳴りのようなイビキが聞こえない。まいった。

 おかしいなと見回すと、へんなものが視界に入る。

 うっわ、なんという袈裟固めっ。あたし、思いっきり上半身で、アメギの顔を押さえ込んでいたのだ。

 こ、これじゃ窒息しちゃう~っ。

 あわてて起き上がり、あたしは胸元を整えながらアメギの方を凝視する。

 よし、起きてないな。起きてたら、本当に絞め落とすとこだったぞ。


 っかし……イビキが止まってしまったのは心配だ。

「うおおおーい、生きてるかー?」

 息があるのか確かめようと再び顔を近づけた直後に、

「ぶはーっ」

 大きく息を爆発させて、アメギは真横に跳ね起きた。

 まるで顔がぶつからないよう、あたしを避けるかのように。

「お、おはよー」

 引きつった照れ笑いのあたし。

「よく寝られたかぁああ?」

「なんだか」

 ぜいぜいと声を荒げる。

「ナマコに襲われて、窒息死する夢を見たぜ」

 そう解釈したか。

 ならば寝ていたと認めて、いましばらく生かしてしんぜよう。

「そら! なに寝ぼけてるのっ。早くいかないと遅刻するよっ」

 ぱしーんと景気よく頭をはたいて、あたしは立ち上がった。

 だいぶ日がのぼって、光が家の奥まで差し込み始めている。

 逆光であたしの赤くなった顔を見えていないはず。

「って、モス子、そこ!」

 アメギが目をまん丸にして足下を指さす。

 見下ろして、ようやく気づいた。

「あーッッ」

 あたしが踏みつけて足を滑らせたのは、よりによってアメギが朝までこねていた粘土だったのだ。

 ついさっきまで形があったはずの土器は、見るも無惨に板の上で変わり果てた姿をさらしていた。

 この作品にあえて名を付けるとすれば……村一番の大女の巨大足形? 水たまりで赤ん坊が泳げます的な。

「ご、ごめーんっ」

 アメギは呆然としてあたしの足下を見ている。

 あわてて粘土を足からこそげ落としても、もう元には戻せない。っていうか、どたばたしたせいで、足下のほかの砂やら土と混ざってしまい余計にひどくなった。

「ほんとに、ごめん」

 あたしは何度も何度も謝ったけれど、この男の反応がなかった。

 アメギはゆらりと立ち上がると、誰もいないかのように無造作に服をはおり、一人で出口に向かっていった。

 後ろ髪をまとめようともせず、荷物も持たず、心ここにあらずといった具合でまるで夢遊病者みたい。


 それからアメギは、あたしと……いやいや、もう誰とも話さなくなっちゃったんだよね。

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