賞味感覚三千世界

エリー.ファー

賞味感覚三千世界

 私はここで、ずっとあなたを待っていた。

 そういう仕事をしている。

 時給三百円で。

 夢の世界に落ちてきた人間が、私の住むこの部屋に入り込み。

 ここは。

 と思った次の瞬間目の前に現れて。

 貴方をまっていましたよ。

 と言う。

 そういう女神の代わりをする仕事をしている。

 単純な話なのだが。

 女神的にも自分の世界に落ちてきてしまった、人間を無下にもできないそうなのである。本当に、ただの時空の偶然からなる現象であるのに、人間はそこに運命をかんじてしまうのだそうだ。

 しかたなく、本当にこの場所にやってくるだけの才能があり、使命を持った存在であるということにしてあげるのだそうだ。

 それが。

 最近はいやに多いのだそうだ。

 本当に、ただただ、嫌に多いのだそうだ。

 私は思う。

 しょうがないじゃないか、と。

 そういうブームが来てしまったのだろうし。

 なので、私のようにこうやって女神に雇われて、女神のふりをして適当に使命を与えて別の世界に飛ばすことを生業とするものが現れる。

 正直。

 この仕事は楽だ。

 私は結構見た目は可愛い方だし。

 愛嬌の振りまき方とか、自分でも褒めたくなるほどうまい。

 これなら、人に好かれてしまう。

 それに、私を女神と勘違いして涙を流したり、驚いたりする人たちを見ているのは正直面白いのだ。

 なんというか。

 嬉しいし、滑稽である。

 私はそんな性格の悪いところも込みで自分のことが大好きである。

 前に、とんでもない悪人がここにやって来たことがあったが、随分とかっこよかったので、結構長い時間楽しんでから、どこかの国の王子様に転生させた。楽しい思いをこちらもしたわけで、その見返りは与えるべきだろう。

 次に来たのは不細工だ。性格も悪いし、正直、相手にしたくもなかった。そのくせ、何度も何度も話しかけてくるので、どのようにあしらえばいいのか分からなくなってしまった。早い話が転生させてしまえばいいのだ。最終的にはその結論に行きつく訳だが、それを早めれば事足りる。

 なにせ。

 そうすれば、二度と会うことはない。

 時給三百円の絶望と。

 時給三百円の歓楽街。

 私が歩んだ道も、過ごしたすべても、やはり女神からの贈り物。

 最近になると、どんな人間がやって来るのが分かるようになった。霧の向こう側からこちらに向かって降りてくるのだが、その時に、霧が揺れるのだ。大体は体格が当たるのだけれど、そこから少しずつ性格も分かるようになる。

 優しい人。

 優しくない人。

 怖い人。

 能天気な人。

 頭のいい人。

 ここにある霧は人の心にも反応するのかもしれない。

「あら、お仕事ご苦労様。」

「あぁ、女神様。すっごく楽しいです。このお仕事。」

「あら、嬉しい。ずっとやってくれててもいいのよ。後、グアムと、アイルランドとオーストリアに観光に行きたいし、有給休暇消費したいのよね。」

「あ。本当ですか。あたし、ずっとここに居たいです。」

「別に構わないけど、いいの。」

「え。何がですか。」

「いいのよ、貴方さえよければ。」

 霧の中に女神が消える。

 私は少しずつ女神に近づいているのだろう。

 望んだ結末なのだから文句はない。

 時給三百円には、無責任が満ちている。

 派遣でもアルバイトでもいい。

 でも。

 神という組織に体を漬け込みたくはない。

 安全な場所にいながら、外から突いて笑うように、そんな立場が良い。

 そんな立場が良いのだ。

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