第51話 サプリ工場で作られていたもの

 脳神経科学出身の済が説明を始めた。


「サークルの人達が連日深夜まで頑張れたり、サプリの中に痩せるものがあった理由がようやく分かった。人間の脳の中には膨大な数の神経細胞があって、その間をグルタミン酸、アセチルコリン、ドーパミン、セロトニンといった神経伝達物質が飛び交うことで精神活動が行われている。神経伝達物質のうち、ドーパミンとかセロトニンとかのモノアミン類と呼ばれる奴らは、体内でアミノ酸から作られるんだ。ドラッグとか向精神薬は、これら神経伝達物質の働きを弱めたり、逆に出しっぱなしにしたりして人の精神に影響を与えるんだけど、神経に影響を与えるわけだから、神経伝達物質と形が似ているものも多い。そして、これらの中にもアミノ酸から合成できるものがある。例えば必須アミノ酸の一つ、フェニルアラニンからもドラッグを合成することができる。何だと思う?……覚せい剤だ。その合成経路の途中で、水素化アルミニウムリチウムを使うんだよ。」

「ええっ!?」

「とはいえ普通は覚せい剤、物質名で言うとメタンフェタミンやアンフェタミンはエフェドリンから合成することが多いんだ。これは漢方薬で言う『麻黄』に含まれていたり、市販の風邪薬にもちょっと構造を変えたものが含まれてる。海外ドラマとかで風邪薬を砕いてドラッグの原料にするシーンがあるけど、これはエフェドリンを抽出してるわけだ。こっちのほうが覚せい剤を作るのは簡単なんだけど、モロに覚せい剤原料だから取り扱いが規制されている。サプリ屋が大量購入できるようなもんじゃない。ところがフェニルアラニンなら購入したって怪しまれることはない。アミノ酸サプリを作ってる会社なんだから。」

「ってことはつまり、山崎さんは……。」

「今はネットで大昔の論文だって買える時代だ。有機合成やってた山崎ならいとも簡単に作れるだろう。そして、覚せい剤の主な作用は当然ながら覚醒、そして食欲減退だ。」

「奴が作ってるのはメタンフェタミンかな?」

「いや、メタンフェタミンは効果が強すぎる。いくら馬車馬のように働かせたいといっても、組織がシャブ中だらけになっちゃ困るだろう。それに比べてアンフェタミンは、海外じゃアデロールって名前でADHDの治療薬として処方されて、それが大学生の間でスマートドラッグとして流行してるんだ。あっちのドラマに『お前ら、アデロール持ってる!?』なんて大学生が子供に聞くシーンが出てくるくらいで、サプリにごく微量混ぜてたくらいじゃ中毒だらけにはならないだろう。それに工場を握ってるわけだから、混ぜたり混ぜなかったりしなければある程度摂取量もコントロールできる。」

「それにしても、そこまでして組織を拡大してどうしたいんだろう?もうお金は充分持ってるはずじゃん。」

「ところが、その組織にも最近綻びが出始めたんだよ。」


 吉井が、潜入で調達した情報を話し始めた。


「ニューステージに契約切られてから、マルチよりもっとエグい仕組みになってるだろ、あれのせいで辞める人が増えてるんだよ。今は人を維持するのが優先で、師匠によっちゃ十五万の自己投資を強制しないところもある。セミナー費で月何万円か取れるから、大分減るが稼ぎにはなるらしい。ただちょっと違和感あるのは、入った時よりも人集めに必死なんだよな。ここ数ヶ月でかなりハッパ掛けられてるんだよ。まあ俺は、面白半分で潜入してくれる知り合いがいるからそんなにプレッシャーかけられてないけど。」


 吉井は、済が大阪のサブカル系の知り合いや元政治活動家を紹介したのもあって、早々と六系列を達成していた。全員物見遊山のろくでもない趣味の奴らなので、さすがに自己投資はやっていないが、脱会者が増えた昨今はそれでも重宝されているらしい。


 それにしても、人数を維持するためとはいえ、急な路線変更に思える。何か変化があったのだろうか。


「辞める奴が増えてる以外の理由は聞けてないな。師匠クラスが参加できる会議があるから、そこに出られれば何か分かるかもしれんが……。」

「さすがにそこまで行くには潜入レベルじゃ難しそうだね。」

「しかし、何か違和感あるんだよなあ。」


 会話をしながら工場周辺を探っていると、少し下ったところに三階建てのアパートがあった。やや新しく、大学生が住んでいそうなクラスの建物だ。すぐ後ろは崖になっている。田舎によくある、地主が建設会社に乗せられて作ったはいいものの、あまり人が入っていないタイプのアパートを彷彿とさせる。違和感があるのは、駐車場が付いているにも関わらず車が一台も駐まっていないことだ。


「こういうところって、車がないと生活できないから一人一台は車持ってるはずなんだけどな。」

「なあ済、ひょっとしてここに山崎が住んでるんじゃないのか?信者をここに集めて働かせて、工場との往復生活をさせてるから車がないのかもしれん。」

「そうだとすると、実質的には軟禁状態ってわけか……。」

「ちょっとここ、行ってみないか?」


 吉井の案に済も賛成し、この怪しいアパートに行ってみることにした。陽子も参加したがっていたが、危険なので二人で行くことにする。


 二人との通話が終わった後、済はふと思い出し、あのQRコードを読み込んでみた。英数字の羅列が並んでいるだけで意味は読み取れない。数えてみると、四十二桁あった。

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