第42話 潜入!自己啓発セミナー 三日目 潜入、バレる

 三日目は自分の目指す姿についてのダイアードを行った後、部屋の片側に集まるように指示された。「意図と方法」の始まりである。


 これは、部屋の隅から向かい側の隅へと移動するだけの簡単なワークだ。ただしこれには一つルールがある。他の人と同じ方法で移動してはいけないのである。


 部屋の中央に椅子が四脚並べられ、それを挟むようにアシスタントが人垣を作った。受講者はアシスタントの間を思い思いの方法で移動していく。普通に歩く人、スキップする人、後ろ歩きをする人、口笛を吹く人……。陽子の順番は後のほうだったので普通の方法は出尽くしており、側転で反対側まで渡った。


 三日目に入ったせいか、実習は終始和やかな雰囲気だった。全員が渡り終わると梅田が前に立ち、


「いいですか皆さん、『部屋の反対側まで渡る』という意図に対して、これだけの人数の方法がありましたね。意図に対して方法はいくらでもあるのです。方法に対して意図は一つ。意図が100%重要、というのが我々の立場です。」


 と言い実習を締めくくった。その後、休憩にするよう言い渡された。


 休憩に入り、飲み物を買いにロビーへ行こうとすると、梅田に「ミッキーさんには大事なお話があるので、荷物を持って部屋を出てください」と指示された。


 訝しみながらセミナールームを出ると、パンツスーツを着た三十代後半くらいの女性が待っていた。案内されるままに三階に上がる。昨日少し見たオフィスには二十個ほどのデスクが並んでいた。社員数の割には多いが、アシスタントの作業用だろうか。その一角にパーテーションで仕切った打ち合わせスペースが設置されており、陽子はそこに座るよう促された。オフィス用の椅子に座ると、女性からの説明が始まった。


「三木さん。あなたには、このセミナーに最後まで参加してもらうのは難しいと判断しました。残りのお金は返しますので、お帰り頂けますか。」

「そんな!ここまで真面目に参加してきたんです!」


 ここで参加を中止されると困る。何故なら、この後は三日間の振り返りを行った後......紹介者との感動の対面タイムがあるはずだからだ。つまり、申し込み時に紹介者として書いた恭子に会えるかもしれないのである。


「そう言われましても、長年セミナー講師をしている者の判断ですので。」

「納得できません!他の参加者とそんなに変わっていたとは思えません。ちゃんとした理由を説明頂けますか?もっと偉い方を出して下さい。他に誰かいないんですか?」


 まさか、昨夜の行動がバレたのか?しかし一階から三階には監視カメラはなさそうだったし、地下に至ってはあの暗さだ。普通の監視カメラでは写せないだろう。


 そう思いながら打ち合わせスペースの外を見回した時、窓際の席に落ち着いた雰囲気の女性が座っていることに気が付いた。色白で、年齢層としては初老に見える。


 この顔、どこかで......。


 記憶の中の初老女性と顔を照合する。一致する顔を思い出した時、陽子は思わず「あっ」と声を出していた。


 窓際の女性は、三鷹のシェアハウスにいたあの女、カヨコだ。シェアハウスの住人がほとんどMASKの関係者なのだから、カヨコが関係者なのも当たり前だった。次のセミナーの説明にでも来たのだろう。ワークをしているところを見られてしまったか。


 陽子が声を出したのに気付き、カヨコが顔を上げた。期せずして目が合ってしまう。


「あら、あなたここまで来たのね。残念だけど、ここに恭子さんはいないの。紹介者がいないと今後のセミナーに差し障りがあるから、続けてもらうのは難しいかなって。ごめんなさいね、杉永陽子さん。」


 そんなはずはない。紹介者の予定くらい、セミナー開始前に押さえるのが当たり前だろう。陽子の潜入にカヨコが今日気付いたとしか思えなかった。恭子を取り戻されるかと警戒しているのだろうか。恭子はそんなに重要なポジションにいるのか?


「何で今日になって言うんですか!それくらいセミナー開始前に分かっていたはずでしょう。妹を返してください!」

「そんなこと言われても、知らないものは仕方がないわ。偽名で潜り込んでる人に言われてもね。」

「妹が蒸発したと、警察に捜索願を届け出済みです!ここのことも言いますよ!」

「どうぞご自由に。」


 カヨコには何を言っても無駄だった。失踪の捜査があまり真剣に行われないことを知っているのだろう。陽子は昨夜の部屋について指摘しようと思ったが、何をされるか分からないと思い黙っていた。


 結局その日も三鷹の一件と同じく引き下がることになってしまった。だが、陽子はどうしてもあの部屋と謎のマークが気になって仕方がなかった。


 帰宅後にネックレス型カメラからデータを取り出し、新興宗教マニアの済に聞いてみることにした。

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