第41話 陽子と秘密の部屋

 二日目のセミナーが終わり、参加者がぞろぞろと会場から出ていく。セミナーを通じて仲良くなったのか、他の参加者と話しながら歩いている人も多い。


 陽子は人波に紛れてセミナールームを出るとトイレに向かった。個室に籠もり、人がいなくなったところを見計らってビル内を調べるためだ。


 時刻は午後八時を過ぎていた。スマホで時間を潰す。職業柄、張り込みには慣れていた。


 二時間ほど過ごし、周囲に人の気配を感じなくなったところでトイレを出た。ニ階廊下の明かりは消えていた。


 このビルは三階建てで、一階は受付と控室だけとなっている。何かあるとしたら三階だろう。念のため足音を消して階段を上がると、真っ直ぐ伸びた廊下の左に、職員室のようなオフィスがあった。壁に体を隠しながら中を伺うと、いくつかのデスクに電気が点いているのが見えた。バレないように階段を降りる。


 一応二階を見てみたものの、セミナールームとロビーだけで、めぼしいものはない。すぐに一階へと降りた。


 一階に降り、建物を見回してみたものの、受付と五、六人が入りそうな控室が二つあるだけで、特に面白いものはなかった。控室がある廊下の突き当りが裏口になっている。控室を覗いてみたものの、机と椅子、モニターがあるだけの質素なものだ。さすがにおかしなものはないか、そろそろ帰ろうか……と思い、ビルの出入り口に向かった時のことだった。受付の壁に切れ目が入っているのを見つけた。受付係が座っていたら、背中にあたる場所だ。


 切れ目は天井から床へと真っ直ぐ伸びている。よく見ると、その真ん中あたりに丸い金具が埋め込まれていた。非常口などで見る簡易ドアノブのようだ。それに気づくと、この切れ目がカモフラージュされたドアらしいことが分かった。ドアの部分も壁と同じ濃茶色に塗られており、受付係がいる時には単なる非常口にしか見えないだろう。


 記者をやっているくらいである。元来好奇心が強い性分の陽子は、思わずドアノブを引いていた。鍵はかかっておらず、あっさり開く。ドアを開くと、そこにはビルを縦に貫く非常階段があった。何だ、ただの非常階段か……と思ったが、足元を見ると地下へと降りる階段が目に入った。一階を見て回ったが、地下への階段は見つからなかった。非常階段でしか行けないのだろうか?


 階段を降りると、一階と同じような非常ドアがあり、それを開くと真っ暗な空間が広がっていた。スマホのライトで照らすと、真っ直ぐに伸びる二十メートルほどの廊下と、両脇に等間隔でドアが並んでいるのが分かる。上の部屋で足りない場合にセミナーで使うのだろうか?それにしてはドアの感覚が短く、部屋が小さいように思える。


 足元に気をつけながらゆっくりと歩き、廊下の奥まで進んだ時のことだ。


 ――カツン、カツン。


 遠くから足音が響いてきた。MASKの従業員だろうか。地下一階はセミナーで使うとは思えない作りになっており、陽子は直感的に(ここでバレたらまずい!)と思った。


 慌ててスマホのライトを消し、突き当りの壁を探ると、そこにもドアがあるらしく、突起物が手に触れる。音を出さないように回し、ゆっくりとドアを開けて中に入った。部屋の中に転がり込むと、何か布のようなものに触れたので、潜り込んで息を殺す。遠くからドアを開く音がしたのはそれと同時だった。


 ――ガチャッ。カツン、カツン、カツン……。


 足音は明らかにこちらに近づいてきていた。心臓がドクドクと音を立てる。なおも足音は続く。


 ――カツン、カツン、カツン、……ガッチャン。


 部屋のドアが、開いた。布を通してちらちらと光が漏れる。ライトで部屋の中を探っているのだ。ライトは何度か陽子の目の前を通過したが、やがてドアが閉まる音がし、足音は遠ざかっていった。


 ◇


 十分ほど布の中に潜っていただろうか。人の気配がしないことを確認し、陽子は布からゆっくりと外に出た。目は暗闇に慣れており、部屋の様子はおおよそ分かった。広さは十五畳ほどだろうか。陽子が潜り込んでいた布は、部屋の入り口に置いてある机に掛かっていたものだった。机というよりは祭壇のようにも見え、布が床へと垂れ下がっている。さらによく見ると、奥に何か立て看板のようなものが立っていたが、それが何なのかまでは分からない。陽子はスマホを取り出し、画面の明るさを最弱にしてそれを照らしてみた。


「何、これ……。」


 それは異様なオブジェのようなものだった。オブジェは三面鏡のような形で陽子を取り囲んでおり、正面には「S」という文字と「Σ」を左右反転させたような記号を組み合わせ、それを六芒星で取り囲んだマークが大きく描かれている。右の壁には地球に円盤が衝突している絵と、円盤から触手が伸び、地球を覆っている絵が描かれていた。そして、左の壁には分厚い本を持った白衣の男性と両手に太い金属の棒を持った男性が向かい合い、金属の棒を持った男性から霊魂のようなものが抜けている絵が描かれていた。陽子はこの部屋の雰囲気と謎のマークから、秘密結社のような雰囲気を感じ取った。


 あまり長居してはまた見回りがくるかもしれない。スマホの光をやや強くし、スパイカメラがぎりぎり映るくらいの状態にして部屋の様子を撮影すると、足音を殺しながら階段へ向かった。


 幸い見回りは来ず、ビルの裏口から外へ出ることができた。

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