第16話 自己啓発セミナーとの関係と、オウム真理教との共通点

 聞き込んだ内容をまとめた結果、「サークル」の搾取の構造が明らかになったが、さらに一つ追加する情報があった。死亡事故も起こした自己啓発セミナーへの参加を、盛んに勧められるのだ。


 自己啓発セミナーとは、セミナールームに受講者を閉じ込め、閉鎖空間で特殊なゲームやワークを通じ「正しい」考え方を叩き込むセミナーのことだ。最初はゲームで誤った選択をしたり、ワークで誤った回答をしてしまうため講師に罵倒されるが、徐々にセミナーの考え方に染まることによって激しく褒められるようになる。最後は紹介者と対面し、抱き合って号泣……典型的なイメージはこんなところだ。狭い空間で過度の緊張を強いるワークを繰り返すため、心身の調子を崩す人も多く、高額な料金とも相まって80〜90年代に社会問題になった。サークルが提携している「MASK」の自己啓発セミナーの場合も、基礎コースが八万円、応用コースが二十万円程度と決して安くはない。この基礎コースで行われる内容に激しく体を動かすワークがあり、そこで倒れた男性を暫く放置してしまったために死なせてしまったのだった。この不祥事や買い込み強制がニューステージから問題視され、旧ドリームランド=現サークルは昨年ニューステージから契約を切られている。


 自己啓発セミナーがマルチ商法と深い関係にあるのはある意味当然である。それは、自己啓発セミナー自体がもともと、マルチ商法の会員を馬車馬のように働かせるためのセミナーだったからだ。このセミナーが外販され、70年代には日本に上陸した。その残党が経営しているのがMASKなのだ。さらに、自己啓発セミナーで使われている心理テクニックの源流にはニューエイジという宗教思想運動があり、宗教と近い部分も多い。実際、1999年に発生し、教祖然とした代表の「定説です。」といった迷言が話題になった成田ミイラ化遺体事件のライフスペースは、一般的にはカルト宗教団体と捉えられている。ところが彼らは元々、自己啓発セミナー業者だった。自己啓発セミナーとカルト宗教との間を隔てる壁は厚くはないのである。


 メモを整理するにつれ、済が抱いていた疑問は氷解していった。


 まず、互いにニックネームで呼び合っていた点。これは他のマルチ商法でも見られる特徴で、特商法に違反している点に気づかれても通報されないようにするためだ。マルチ商法を規定している特商法では勧誘にかなり厳しいルールを設けており、これを守って成果を上げるのは至難の業だ。例えば勧誘の前にはマルチ商法の勧誘であると明言しなければならないが、大抵の人はここで誘いを断るだろう。また、集団内でのみ通じる名前を持つことで、結束力を高める狙いもある。済はここで、オウム真理教のホーリーネームを思い出した。ホーリーネームとは、オウム真理教の上級信者に与えられていた教団内の名前である。上祐史浩がマイトレーヤ、新実智光がミラレパといった具合だ。信仰上の意味は勿論だが(マイトレーヤやミラレパは菩薩や高僧から取られており、仏教徒ならピンと来る名前だ)、「特別な存在」になったことを示すことにもなっていたのではないだろうか。


 次に、受付で紹介者を記入するシステム。これは、マルチ商法に近い仕組みを取っている関係上、誰が勧誘したのかというのが重要だからだろう。もしも同じ人を別の会員が同時に勧誘していた場合、どちらが主に付き合うのか調整する。


 また、会員が使っていたやや古い顔文字。これはサークル内の文化で、相手に感情を伝えるためという理由で推奨される。これも「自分が源」、「過去は生ゴミ」と同様に会員を見極めるポイントとなる。


 さらに、やけに安いニューブリッジのメニュー。これは従業員もサークルの会員であることから次のような推測ができる。従業員に払った給料は結局師匠に自己投資という形で還元される。つまり従業員は実質タダ働きをしていることになり、人件費を格安に抑えられていたのではないか。これはかつてオウム真理教が弁当屋やパソコンショップで使っていた手法に近い。オウム真理教の場合は、一度払った給料をお布施として回収することによって、人件費を実質ゼロにしていた。


 最後に、何のビジネスをしているのか誤魔化す自営業者達。これは勿論、マルチ商法をやっているとは言えなかったためだろう。他のマルチ商法では初期段階で明かすこともあるが、サークルの場合は徐々に相手を絞り込む方法を取っていた。途中で明かすと逃げる人が殆どなので、洗脳完了してから初めて明かすスタイルにしているのだろう。現在は一応マルチ商法ではないということになっているが、タケシと会っていた頃はまだマルチ商法をやっていたはずだ。


 ここまで整理を進めてきて、済はオウム真理教との共通点が多いことに気づいた。二つを比較してみる。


 ○オウム真理教:

 教義:原始仏教を中心としているが他の宗教も取り込んだもの。教団の修行法に従うことで超能力を得られるというものもあった。

 住居:在家の場合は一般住宅、出家の場合は全ての財産を預けているためオウムの道場に住んでいる

 ※仏教の用語で在家信者とは俗世間に身を置きながら修行を行う信者、出家信者とは俗世間から離れて修行を行う信者のこと。

 人間関係:教団内で閉じていることが多い

 収入:信者からのお布施と、フロント企業の売上

 ビジネス:パソコンショップや飲食店を経営しているがお布施テクニックで人件費を下げている

 名前:上位者はホーリーネームで呼び合う


 ○サークル:

 教義:各種自己啓発思想、起業至上主義。集団の修行法に従うことで事業家となり、自己実現することができる。

 住居:一人暮らしをしている人もいるが、師匠のシェアハウスに住んでいる人もいる

 人間関係:サークル内で閉じていることが多い

 収入:構成員からのセミナー費・自己投資と、フロント企業の売上

 ビジネス:オーガニックショップや飲食店を経営しているが自己投資テクニックで人件費を下げている

 名前:ニックネームで呼び合っている


 上記からも分かる通り、サークルは驚くほどオウム真理教に類似している。しかも、過去には死亡事故を起こしている……。オウム真理教も最初に起こしたのは修行中の死亡事故だった。ところが彼らは死体を焼却して証拠隠滅を図り、その後は殺人に手を染めていった。済は恐ろしい団体に勧誘されていたことを再認識した。


 済は整理したメモをしばらく眺めていたが、ふと思い付いたようにLINEを開いた。会話のリストを辿り、三年前に何度か作った飲み会のグループを探し当てる。その参加者リストを見ると、タケシのアカウントがあった。まだアカウントは生きていた。一瞬躊躇いながらもメッセージを送る。


「タケちゃん久しぶりー、元気してる?」

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