第二章 マルチ商法の巣窟、新橋

第9話 三年前、ハロウィンで

 それは三年前のことだった。学生時代からよく勉強会や交流会に参加していた済は、仕事が落ち着いて時間と資金に余裕ができたこともあり、毎週のようにイベントに出かけていた。済は十代の頃から掲示板やSNSのオフ会に参加していたため、初対面者が多いイベントへの参加に全く躊躇がない。学生時代からコスプレを趣味にしていたこともあり、その日はハロウィン街コンに参加し、レベルの高い女装コスプレで周囲の話題をさらっていた。そんな時近づいてきたのがその男だった。男は色黒で、体つきは中肉中背、緑色の配管工のコスプレをしており、タケシと名乗った。やや肌が荒れている。


「はじめまして、タケシと言います。タケちゃんと呼んで下さい。いやーそのコスプレレベル高いですねー!目立ってますよ。」

「普段から趣味でやってるので、まあこんなものです。あ、僕ワタルと言います。赤色のほうの配管工はどこにいるんですか?」

「今日は一人で参加してるんですよー、ぜひLINE交換させて下さい!」


 タケシは簡単な会話だけしてLINEを交換すると、またすぐ別の相手に移っていった。少し目で追ったところ、男女関係なくほとんどの参加者と連絡先を交換しているようだった。


 その日の深夜、帰宅してシャワーを浴び、メイクがしっかり落ちていることを確認してLINEの通知をチェックしていると、タケシからメッセージが来ていた。話の合った女性からメッセージが来ることはあるが、男性からは珍しい。そこにはこう書かれてあった。


「ワタルさん、今日はレベルの高いコスプレ凄かったです!(*^^*) せっかくなので今度会いませんか?よく行ってる新橋のお店があるので、平日の夜ぜひ!」


 こういうものは普通週末に誘うものではないだろうか、しかもサシか……と若干の違和感があったものの、あまり仕事が忙しくなかった済は誘いに応じることにした。


 数日後の夜、ワタルは新橋にいた。待ち時間に指定されたのは夜八時。やや遅い時間のため、少し残業をしてからの到着だった。スーツ姿で烏森口に立ち、行き交う人々を眺めていると、色黒で肌の荒れた男が近づいてきた。タケシだ。


「ワタルさんお疲れ様です。仕事終わりですか?」

「そうですね、まあサラリーマンですから、カレンダー通りですよ。最近は残業もあまりないもので。」

「なるほど。僕も太陽光発電の営業やってまして、カレンダー通りではあるんですけど残業はそこそこありましてねえ。」


 若手サラリーマン同士の他愛もない話をしながら店に向かう。烏森口から虎ノ門方面へ歩き、ケンタッキーとパチンコ屋のある角を曲がる。飲み屋が連なる通りにその店はあった。四階建ての立ち飲みバーで、平日夜の割には賑わっている。壁際には立ち飲み席が並んでおり、その他に小さな丸テーブルが置かれている。タケシに勧められるまま、済は壁際に陣取ることにした。


「ダイニングバー ニューブリッジ……ですか。」

「ここのオーナー面白くて、地名をもじった名前を付けるんですよね。同じ系列というか、仲間のお店も似たような名前なんですよ。とりあえず何か頼みませんか。スタンディングバーの割に食事が揃ってるでしょう。」

「つまみにハンバーグにパスタですか。確かにバーというよりレストランという感じですね。手捏ねハンバーグが五百円にパスタが四百円?随分安いですね。」

「立ち飲みなので回転数稼げるから安いんですよ。今日は二階までの営業ですが、週末はパーティーやってましてね。お店に固定ファンが付いてるから客の入りも安定してるらしくて。」

「なるほど、確かに平日の割には埋まってますよね。」


 その日の席はほとんど埋まっていた。ざっと見た限りでは同性の二人組が多い。タケシは店の説明もそこそこに身の上話を始めた。


「何でこの店に通い始めたかというと、知り合いからここのパーティーに呼ばれて、オーナーに弟子入りしたからなんですよ。僕は新卒で設計事務所に入って働いてたんですけど、人間関係がうまくいかずにやめちゃって。他の人から見ると人の話をあまり聞かないように見えるらしいんですよね。それで、最初の会社やめたこともあって、サラリーマン向いてないんじゃないかなって。そんな時に街コンで知り合った人にこの店とオーナーを紹介してもらったんですよ。オーナーはユウスケさんっていうんですけど、元はサラリーマンだったのが、ニューブリッジを立ち上げてから収入も凄いみたいで。お店のファンを増やす考え方とか、将来に向けた考え方とか、経営について色々教えてもらってるんです。起業することになったら仲間が必要でしょ?だから今は仲間づくり、チームビルディングもやってて、街コンで合った人全員と食事してるんですよ。」


 済も一応合いの手を入れてはいたのだが、タケシはほとんど聞かずに話し続けていた。このため、「話を聞いていないように見える」じゃなくて実際に話を聞いていないぞ、それにしても全員と食事とは凄いな、意識高い系は皆こんな感じなのかと思いながらも、その日は何となく話を合わせて帰路に着いた。


 正直話が全く面白くなかったため、今後二人では会うまいと思いながら遅い時間の電車に乗っていると、さっき解散したばかりだというのにタケシからLINEが来た。


「ワタルさん、今日はありがとうございました!お話凄く楽しかったです(*^_^*) 今日話していたパーティー、来週あるんですが来ませんか?四階まで使って百人くらいでやるんですよ(^^)」


 こいつと二人だとつまらないが、百人もいればまあ楽しいかもしれない。済はそう思い、行きたいと返事をした。

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