第8話 マルチ商法女、再起不能

 吉井が送ってきたのは、掲示板のインターネットウォッチ板に立ったスレッドのURLだった。インターネットウォッチというのは、ネットで起こった事件や炎上を見て楽しむ文化のことである。この板では、ネットで起きた事件について、様々な特定情報や背景の憶測が飛び交っていた。


 スレッドのタイトルは「学生団体の元代表さん、マルチの会員であることが晒されてしまっている件」というもので、誰が保存したのか、入里麻里奈の誕生日メッセージのスクリーンショットやTwitterアカウント、彼女が代表を務めていた団体の情報が投稿され、様々なコメントが付けられていた。


「代表やってた頃も随分起業を煽ってたみたいだな。」

「元代表がマルチやってるとかやばくね?全員洗脳されてるんじゃねえの。」

「マネーフローゲームか。俺も昔誘われたことあるわ。案の定その後マルチに勧誘されたんだよな。」

「意識高い系って、独特の胡散臭さがあるよなー、マルチやってるからかな?」

「誕生日メッセージでマルチが思い切りバラされてて草」


 さらに、済たちが発見できなかったブログも特定されており、そこにはマルチ商法を匂わせる具体的な情報こそなかったものの、「出会いに感謝!」「このまま会社員やってたら危ない!何も考えてない人には悪いけど私は違う道を歩みます!」「日本人はお金の知識が足りない!」など、マルチ商法信者が染まる典型的な思想が開陳されていた。これがインターネットウォッチャーを煽る結果となり、コメントの数はどんどん伸びていった。


 まさかスレ立てされるとは思わなかったな、などと考えながら様子を眺めていると、入里からメッセージが来た。


「ちょっと!さっきの誕生日メッセージ、もしかしてあなたの仕業ですか!?本当に私が妬ましいんですね!」

「何のことでしょうか。僕は共通の友人に注意を促しただけですよ。あれも単に心配されてただけでしょう。」

「とにかく、止めてもらえますか!」

「知りませんよ。あなたあれだけ『自己責任、自分が源。』って言ってたじゃないですか。この事態を引き起こしたのも元はと言えばあなたが原因なんですから、ご自身でどうにかされたらどうですか。」


 済がとぼけた返信をしたためか、その後彼女からメッセージが来ることはなかった。三人で戦いの余韻に浸る。


「ワタル。思ったより大事になってきたな。」

「さっき恨み言のメッセージ来たから、『自己責任だから自分が悪いんだろ、自分が!』って返してやったぜ笑 ここまできても全く反省の色が見られんとは、洗脳とは恐ろしいもんですな。 それにしてもインターネットウォッチャー恐るべし。奴らに比べたら僕らの特定テクなんて子供みたいなもんだな。」

「大勝利確定したし、そろそろ落ちるわ。」


 この時点で夜中の三時になっており、気分も落ち着いてきていたためここで解散、全員落ちることにした。


 ◇


 翌朝。済が枕元に置いてあるMacBookProを開き、状況を確認したところ、事態は炎上の様相を呈していた。学生団体の規模がそれなりに大きかったこともあり、これらの情報はTwitterでも拡散されていたのだった。Facebookではどんな反応をしているのかと思い、入里のFacebookページを探したところ見つからず、URLを直接入力するとページを表示できなくなっていた。彼女はアカウントを消していたのだった。早速吉井にメッセージを送る。


「これ見てみろ、あいつFacebookのアカウントを消して逃げ出したみたいだな。強がり言ってた割には折れちゃったねえ。あとあのスレッド、Twitterでも拡散されてるぞ。」

「まさかここまでになるとはなー。」

「やっぱり皆、普段は表に出さないけどこういうの好きなんだな。今頃あいつの出身高専とか、高専団体の事務局、下手したらNatureVantageに電話凸されてるんじゃね?NatureVantageに凸されるのが一番困るだろうな。マルチ商法の会員なんて、あくまで登録してるだけで社員じゃないからな。会社からすりゃ、困った会員はすぐトカゲのしっぽ切りするのが一番なわけよ。いやーネットで喧嘩を売るとロクなことになりませんなあ!笑」

「それにしてもこの一週間は怒涛だったな笑 妙に興奮したわ。」

「謎を解いていく感じというのかね、特定作業は妙な中毒性があるよな。」

「何と知的な休日の使い方よ笑」

「たまにはこういうのもいいかもなー、たまにだけど。」

「半年に一回くらいだったら普段と違う頭を使う訓練になっていいんじゃね?」

「いやーヨッさん、今回は手伝ってくれて助かったわ!またよろしく!」

「おう、また何かあったら手伝うぜ!」


 数ヶ月後に共通の知人から聞いたところ、入里はあの後NatureVantageの会員契約を解消され、コールセンターも解雇されたということだった。一時は人生の目的と考えていたものから冷たい対応をされた彼女は、イベントに出かけることもほとんどなくなり、あれだけ叩かれたのでSNSにも浮上しなくなった。その後の彼女の行方を知る者はいない。


 ◇


 吉井とのメッセージを終えると、さっき起きたばかりなのに眠気が襲ってきた。自分に喧嘩を売ってきた相手に対する攻撃で、深夜まで若干ハイになっていたためか眠りが浅かったようだ。済は昼過ぎまで二度寝し、遅めの昼食を取った後、新宿ゴールデン街へと向かった。ここは二百軒を超えるバーが並ぶ飲み屋街で、作家や俳優、評論家といった文化人が集うことが多かったことから、今でもサブカルチャー臭の強い横丁として異彩を放っている。済はここ一週間の体験を、誰かに話したくてたまらなかった。ゴールデン街の入り口から少し奥まったところにある行きつけのバーに腰を据え、一杯、二杯とカクテルを飲むと、徐々に会話の調子が出てくる。


「……というわけで、特定してやったんですよ。証拠を突きつけたら捨て台詞を吐かれましてねえ。売られた喧嘩は買わないといけないじゃないですか。」

「凄い、まるで探偵じゃん!そういえば私も学生の頃に勧誘されたことあるなー、その時は美顔器だったんだけど、勧誘してきた子が妙に金回りが良くてさ。すぐに借金背負ってやめてたけど。」

「俺も誘われたことありますよ。サプリを売りつけられそうになってね。でもあれ、買い込んだ奴がネットに横流ししてるから普通に買うより安く買えちゃうんですよね。」


 少しアングラな香りのする悪徳商法ネタは、サブカルチャー民にはすこぶる受けが良かった。マルチの勧誘を受けたことのある人が次々と体験談を話し出し、十人ほどの空間は多いに盛り上がった。


 済は少し飲みすぎつつも、充実した気分で終電間際の中央線に乗り、中野に帰った。シャワーを浴びながら、この一週間を反芻する。


「ふー、ヨッさんの言う通り、ここ一週間は怒涛だったな。昨日今日と妙に疲れてしまった。それにしても、あの手の選民思想が強いタイプはどうも肌が合わないんだよな。そういえば、三年くらい前にも同じような奴がいたっけなあ。」


 済の頭に、昔の記憶が蘇ってきた。

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