第3話 解凍実験

 その頃、アメリカにある冷凍人間保存の会社アリコ―では、南極ペンギンの死体から発見された新種の微生虫の特性に、科学者や生物学者たちの熱い視線が注がれていた。


 その微生虫の特性は、宿主の細胞に微生物を混入してから、宿主の身体を凍らせると、微生虫の100本の触手が本体から離脱して、爆発的な分裂を繰り返しながら他の細胞へと流れ、宿主の全細胞に一匹ずつ宿ることだ。

 南極の過酷なほどの低い気温で生きられたように、宿主を完全に冷凍しても微生虫自体は凍らず、動きは鈍くなるが生き続けられる。一匹ずつが電気信号のようなものを出し、身体全体の微生虫と繋がって、同じ環境を整えようとする性質を持っている。


 科学者や生物学者たちは、この最後の特性に注目をした。

 何通りもの実験を重ねた結果、均一解凍への道が開け、ついに実験用の動物で実験を試みるまでに至った。


 マウスのような小さな動物なら、今の技術を使ってもほとんど全細胞の同時解凍が可能だが、人間のような大きな動物となると、どうやって内部まで解凍するかが問題となっていた。

 小さな金属板を体内に分散させ、表面と同時に内部からも熱を均一に広げるなど様々な取り組みがなされていたが、埋め込んだ金属板から離れると解凍にムラができてしまうのだ。

 だが、この微生虫の場合、宿主の表面の一部に熱を感じれば、そこにいる微生虫から独自の信号で瞬時に他の微生虫に状況が伝わり、同じ環境を作るために自分達共有の電磁場を作って内部まで熱を送り込み、宿主の細胞の一つ一つを活性化させることができるのだ。


 そして、世紀の歴史的瞬間がやってきた。

 目の前の肥満した大型犬は、心筋梗塞の手術を受けた後、液体窒素を鼻から入れて仮眠状態にされた。

 冷凍することで水分が膨張して細胞を傷つけるのを防ぐため、全身の血液を抜いて、微生虫の入った保存液と入れ替えられ、完全に冷凍された。


 1年後の今、解凍機の熱を上げて、犬の解凍が始まった。微生虫が上手く働いてくれれば、大型動物の初めての解凍成功例となるだろう。


 この研究に関わった全ての研究者や、会社の関係者らが固唾を飲んで見守る中、特殊ガラスに覆われた解凍機の中の犬に取り付けたドレーンから、不凍液と血液の入れ替えが行われ、鼻のチューブから酸素が送りこまれる。


 やがて生体情報モニタの画面上の観血血圧、心拍出量、体温の直線が小さく波打ち出し、危険状態時のアラームが鳴りを潜めると、犬のまぶたが痙攣した。


 大勢の関係者らが見守る中、ゆっくりとつぶらな瞳が現れ、「おおっ!」というどよめきが一斉に上がった。


「成功だ!」


 ゆっくりと伸びをして起き上がった犬を見て、研究者も会社役員も入り乱れ、喜びの声を上げながら抱き合った。


 その後の検査でも、犬の身体自体には何の障害もみられなかったため、科学者たちから、人体解凍の実現の成功に向けて大きな貢献をしたと実験の功績を称えられ、朗報は弾けるように世界を駆け巡った。


 その輝かしい功績の影で、ずっと犬を見守り続けていたDr.エバンスは、覚醒した犬が好物だった肉の脂肪を全く食べなくなったことに疑問を抱いたが、犬が喋れないこともあり、解明されることなく、むしろ喜ばしい偶然の副産物として処理された。


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