第2話 うわばみの戯言
酒井豪はその夜も一升瓶傾け、グラスに酒を注ぎながらテレビの番組にいちゃもんをつけていた。
豪が飲み過ぎないように、妻の妙子と大学生の息子の彰良が注意しても、聞く耳を持たず、また空になったグラスに酒を注ぐ。
その日の番組では「冷凍人間」を取り上げていた。
脳腫瘍に侵され亡くなった幼児の両親が、いつか治療の道が開かれる未来へと希望を託し、大金を払って、アリコ―という会社に娘の脳の冷凍を依頼したというのだ。
「これってどうなんだろう? 仮に未来でダメージを受けた脳の手術が可能になっても、身体はないわけだから、脳を損傷した他の身体に移植されるんだろ? 手術が成功しても、自分の子ではなくなるわけだし、その頃この子の両親は生きているかどうかも分からない。完全な自己満足じゃないのか?」
「でも、あなた。第三者から見れば理解できなくても、たった数年しか生きられなかった子供の死を、そのご両親は受け止められなかったのよ。例え別の身体に移植されるとしても、未来で生きてくれる可能性にすがったんじゃないかしら?」
豪が返事をする前に、彰良が会話に割り込んで質問をした。
「母さん、仮に俺があの子みたいな状況で脳だけ冷凍されたとして、誰かの身体に移植されて生き返ったとするよね。でも手術で修復された脳は、性格や記憶が元のままだとは限らないらしい。父さんと、母さんに再会した時に、俺がまるで別人のようになっているかもしれないのに、それでも大金を払って冷凍する?」
彰良の質問に、妙子は思案気に頷いたが、豪は首を捻って難しいなと呟いた。
「姿が変わっても、お互いを認識できれば大金を払ってでも生かしたいと思うけれど、全く別人になるなら考えものだな」
妙子も彰良も、まだ豪の理性があるうちは相槌を打っていたのだが、豪の呂律が回らなくなるにつれ、次第にそわそわし始める。
「でもさ、まだ現代には解凍の技術がないんだぜ? 刺身だって表面だけ解凍で中身が凍っていたら意味ないし、上手くないだろ? ああ、そっか、俺が人間が入るくらいの大型電子レンジを開発して、生もの解凍できるようにすればいいのか。チン! 解凍人間一丁ってな。あははは……」
酔って目が座った豪が、大ぼらを吹いたり、支離滅裂なことを言い出すのはいつものことで、妙子も彰良もうんざりとした表情で立ちあがり、絡まれないようにそそくさと自室へ引き上げていった。
それを目で追いながら、豪はチェッと舌打ちをした。
「何だよ、二人とも! 俺がせっかく面白い話をしてやっているのに、避けやがって。誰の稼いだ金で生活してると思ってるんだ?」
ダンとグラスを床に打ち付けると、グラスの中身が絨毯にこぼれた。
「ああ、やっちまった。高い絨毯を汚すと、妙子に叱られる」
そう言いながら、豪は濡れた絨毯に口をつけチュウ―と吸った。
「へへへ、酒ちゃんもったいないもんな~」
そのまま床にうつぶせて酔いつぶれた豪は、寝返りをうったひょうしに引っ掛けて酒瓶を倒し、中身が絨毯に溢れ出たのも知らずに、幸せ気分で眠ったのだった。
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