第10話.醜い愛憎の種

「あの鐘塔の屋根だ、少女よ」


 背に背負った不思議な子ども​──蝸牛かぎゅうと名乗った少年の指示に従い夜の街を駆けながら、薄らと白みを帯びてきた夜空を視界の隅で捉え、もうすぐ夜が明ける事を悟る。……朝になる前に街中に設置された物はだいたい破壊できそうね。


「……どうやら流石に勘づかれたみたいっ、ね!」


 鐘塔の屋根を目指すこちらへと鐘の物陰から魔法の攻撃が発せられる……それらを全て空中で猟犬の刃で弾き飛ばす。……街中で魔法をぶっ放すなんて、なりふり構わずね!

 こっちは上手く街に被害が出ないように、出たとしても最小限になるように……そして最優先はグレゴリを破壊し、さっさと街の外へと奴らを連れて逃げる事、ね!


「『赫灼せよ​──クレマンティーヌ!!』」


「少女よ、急げ」


「分かってるわよ! そっちこそ振り落とされないでよね!」


「無論」


 伸びる影を焔で照らし、飛び出す炎弾を奪い、振るわれる鎖を断ち切り、突き込まれる石柱をへし折る……鐘の裏から発せられる驚く気配をよそに、面積の広い布を一気に広げ、自身の下の空気を急激に熱する事で生まれる上昇気流に乗って鐘塔の上に飛び乗る。


「馬鹿な!」


「ふんっ!」


 鐘塔の屋根の中心に我が物顔で鎮座していたグレゴリ​──円の中心に青ざめた表情の少女の像が縛り付けられた様な、その不気味なオブジェを破壊する。


 ​──キイィィィィイン。


 ……ここ数時間で何回も経験した不快な音……金属同士を擦り合わせたかのような断末魔の悲鳴を聞き届け、無事に破壊できた事を知る。


「貴様ァ!」


「……あら、グリシャは居ないのね」


「あの方がお前如きに構うものか! 俺たちだけで十分だ!」


「あっそう……ごめんね? 壊しちゃって」


「殺す!」


 十分に煽って相手が挑発に乗ったのを確認した後に全力離脱を敢行する……強く踏み込み、足を地から離すと同時に小さな爆発を足の裏で起こして大きく跳躍する……それを繰り返す事で街の家々の屋根を伝い歩き、街壁の外を目指す。


▼▼▼▼▼▼▼


「おー、あれが噂の『緋色』ちゃんかー」


「……」


 領主の屋敷の屋根からそんな戦うアリシアを観察する人影が二つ……一人はガナン人特有の褐色の肌に、白髪白眼のまだ十五にも満たない少女……そしてそんな少女が悪戯っぽい笑みで話し掛けるのはグリシャと呼ばれる肥沃する褐色の大地メシアの幹部である。


「良いの? 放っておいて」


「……今は奴とは戦いたくないな」


「えー、でも次々と破壊されちゃってるよ?」


 そんな少女の発した問いに対するグリシャの回答が気に入らないのか、彼女は唇を尖らせ身体全身を使って不満を表明する。……そんな彼女を見てグリシャは大袈裟に溜め息を吐く。


「はぁ……レイシー、忘れたか? 『緋色』が乱入して来た事を伝えた本部の追加指示を……先ほど貰ったばっかりでしょ」


「え、えーと……確か実験を見守りつつ、『緋色』を追い詰めろ、だっけ?」


「そうだ」


 レイシーと呼ばれた少女がウンウンと唸りながら頭を捻り、出した答えにグリシャは頷くが……それに対してレイシーはますますと怪訝な表情をする。


「実験を見守りつつ追い詰めろって、尚さら放っておいて良いの?」


「……これから『緋色』は何処に向かうと思う?」


「え? うーん、人々が寝静まってる夜の間に街中のグレゴリを破壊し尽くしたから……次は街の外に配置したのを破壊するはず?」


 答えながらも、アリシアを追って駆け出したグリシャに置いて行かれないようにレイシーも動き出す……二人の身のこなしは魔法によって強化されているのか、空を走るが如く軽やかである。


「そうだ、そして位置と方角的に最後に行き着く先は海だ」


「……実験を見守りつつ追い詰めろって、まさか……?」


 そんな馬鹿なとでも言いたげにレイシーはグリシャへとジト目を送る……それを軽く黙殺したグリシャはアリシア達を追い掛けつつも説明の続きを離す。


「そうだ、『緋色』がこの場に居ることは想定外だったが……良い機会らしい。この領地を海に沈める事は諦めるが​──奴に喰わせる・・・・・・事にしたらしい


 そう淡々と説明するグリシャではあるが……彼自身も理解できないと言いたげである。……そんなグリシャの横顔を見てレイシーは『まぁ仕方ないか』と呟く。


「でもそう都合良く海に辿り着くかな? それに喰われてそのまま『緋色』ちゃんが死んだらどうするのさ?」


「さぁね……まぁ大丈夫じゃないか? どうやら『緋色』は〝種〟の在り処が分かるみたいだし、どうせあのガキ・・・・と一緒に居るんでしょ」


 懐から懐中時計を取り出し、時間を確認しながらグリシャは顔を顰めつつ答える……その表情を見てレイシーは『後一歩のところで取り逃したもんね』と笑い、頭を叩かれる。


「……それに、死んだら死んだであのヒステリ女の命令は遂行した事になるだろ?」


「あぁ〜、確かに……」


 グリシャの言葉から出てしたヒステリ女という単語を聞いて、レイシーは三人の最高幹部……そのまとめ役である女性を思い浮かべ苦笑する。……確かにあの女はそんな命令を出していたな、と。


「まったく、トップがそれぞれ矛盾する命令を出さないで欲しいよね」


「そうだな……今のところ『緋色』は順調に破壊ていっているようだね」


 グリシャが懐中時計の取り付けられたボタンの一つを押せば、見る見るうちにそれが簡易的な『羅針盤』へと変わる……それに示される魔力の変化を分析する事でアリシアの動向を離れた場所から予想しているらしい。


「とにかく俺たちは上の命令に従うのみ……奴が〝醜い愛憎の種〟に引き寄せられた時が出番だ」


「分かってるよ」


 レイシーの返事に頷き、自身の供物の確認しながらグリシャは目を細め呟く。


「……さて、〝醜い愛憎の種〟は無事に芽を出すかな」


 ​──夜が開ける。


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