第12話.鬼殺しその2

「クレ、ル君……?!」


「ごほっ……大丈夫だ!」


衝撃で折れて身体の上に乗った木を退けながら、心配の声を上げるリーシャに向かって返事を返す。……魔物が流暢に喋るなど、驚いて当然だが隙を作ったのは落ち度だったな。


『ナゼ、邪魔、シタ?』


「……魔物が流暢に喋るとはな」


見ればリーシャも驚きの表情で老いた小鬼を見ている、やはり彼女の知識の中にも無かったのだろう……俺も師匠から教わった二例しかない。


『魔法使イ、魔物、違ウカ?』


「……」


首を横に倒しながら心底不思議そうな表情で聞いてくる老いた小鬼……その顔に見合わない甲高い声もあってか酷く不愉快だ。


『……違ウノカ?』


「……違う」


『ソウカソウカ』


なにが可笑しいのかこちらを目を細めながら喉を震わせ嘲笑う……それに釣られて周りの小鬼たちも声を上げて、リズムもテンポも音階も違う不協和音で笑う。


「その耳障りな笑い声を止めろ!」


『可笑シイ、笑ウ、当然』


身体の横に剣を前に倒すようにして構えて駆け出し、下から抉るようにして突き刺す……が、驚いたことに奴は不定形である黒い脚を伸ばして宙へと逃れる。


「ぐぅっ?!」


『可笑シイ、愉快、哀レ』


不定形であるからか腕すら伸ばしてこちらを殴りつけてくる……それを剣で受け流し、さらに振るわれる逆の手の刃を弾き飛ばして奴の脚を切り付けるが水を切るかのようで手応えがない。


「……胴体か頭を狙うしかないようだな」


『オ前、無理、弱イ』


「戦いが終わってからほざくがいい!」


木の幹を蹴り飛ばして空中へと駆け上がっていき奴の心臓を狙って突きを放つが伸ばされた腕で殴り付けられ地面に叩き落とされる。


「ぐぅっ!」


『無理ダッテバ』


身体を回転させ、脚をくねらせながらこちらを伸ばした腕の刃で襲ってくる……完全にアウトレンジだな……脚や腕は刃とした時以外に切ってもまるでダメージは通らず、しかし胴体は遥か上空……頭上から一方的に鞭のようにしならせた腕で攻撃されるがこちらの攻撃は届きすらしない。


『逃ゲロ、逃ゲロ!』


「……完全に遊んでいるな」


空中で踊るようにして手脚を操り、こちらを攻め立てる奴の腕を走り抜け、股を通り、突き込まれる刃を剣の腹を滑らせるように受け流し、交叉するように振るわれる腕はバク転で避ける。


『楽シイ、オ前、楽シイ』


「さて、いつまで楽しんでいられるか……『我が願いの対価は卑しき薔薇三輪! 望むは戒めの茨!』」


大盤振る舞いだ、一度に強化された供物を三つ消費して緋い茨を産み出し奴の四肢を縛り上げて大地へと突き落とす。布を張ったような音ともに辺りに粉雪が舞い散る……それらを振り払いながら地に落ちた奴へと剣を振るう。


『コレ、邪魔、重イ』


「重いのなら効いているのだろう!」


『コレ、ウザイ!』


奴の首を狙って剣を横薙ぎに振るうが刀で回し受けされ逸らされる、縛り上げられた不定形の四肢を変形させ茨の隙間から棘として突き刺してくるのを剣の腹で防ぎ、切り落として凌いでいく。


『無駄、無理、無為』


「……よく喋るジジイだ」


奴が再びジャンプで宙へと逃れようとするが背後から飛ばされたリーシャの鉄の砲弾を受け吹き飛ぶ……それに合わせて茨を胴体にまで侵食させていく。


『痛い! 動ケ! 早ク!』


「ちっ!」


奴の発した号令によって先ほどとは明らかに小鬼たちの動きが変わる……それでも魔物としては老いた小鬼含めて弱いが厄介なことこの上ない。


『コイツ、殺セ!』


統率の取れた動きで小鬼たちは一斉にこちらへと脇目も振らずに襲いかかる。リーシャが妨害に全力を出すがそれすら無視して……自らが殺されるのも厭わずこちらを目指す……だが、それは悪手だぞ?


「『我が願いの対価は優しき椿五輪 望むは不幸を吹き飛ばす力 優しい君の激情 それを否定せず 慰めて 僕は憤る』」


俺の周囲に小鬼共の大半が集まったところで最高品質の供物を五つ消費し、椿の華を象った大爆発を起こす。雪のキャンパスを小鬼共の血と椿の花弁で彩り、舞い散る粉雪と花びらが風に攫われ、辺りに甘い椿の香りが漂う……それらが過ぎ去った頃には周囲に小鬼共だった魔力残滓が散らばっていた。


『……』


「連携させるでもなく無意味に突っ込ませるからだ、マヌケ」


先ほどまで心底愉しそうに笑っていたのに途端に表情を無くし、何を考えているのかわからない顔でこちらをジッと見詰めてくる……性格や言動がコロコロ変わって掴みづらいな。


「……クレ、ル君」


「そっちも終わったか」


「う、ん……」


残りを処理し終えたリーシャがこちらへと駆け寄る……周囲に十体の鉄人形を侍らせ、空中に十三本の十字の鉄器を待機させる彼女はハッキリ言ってすごい迫力がある。


『……オ前ラ、詰マラナイ、歌ワナイ、悲シイ、寒イ、オ腹空イタ、憎イ、痛イ、仕方ガナイ、ワカラナイ、ナンデ、ナンデ、ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ』


「壊れたか? ……いや、これは?!」


「っ! クレ、ル……君……!」


奴が意味不明で支離滅裂な叫びを上げると周囲に散らばった小鬼共の魔力残滓が激しく静かに脈動し、奴の元へと集う。


「……そうか、群にして一の魔物だったな」


「……弱、い……のは別、れ……てたか、ら……?」


こちらが止めようにもこの激しい魔力の奔流に飛び込めば無事では済まないだろうし、魔法を放っても暴発してなにが起こるかわからない……それにそれは直ぐに終わった。


「「……」」


ゆっくりと奴が起き上がる……その容姿は墨を溶かした水のような瞳から血の涙を流し続けるのっぺりとしたくしゃくしゃの老人顔であり顎はなく、それが生える不自然な程に長い首と地続きになっている。それまで十歳児程度だった身体は筋骨隆々であり、身長は二メートルは軽く超えるだろう程。身体中霜焼けで赤いその様はまさに──


「──赤鬼」


「なる、ほど……」


見れば角も捻じれ、成熟した雄牛の如く……不定形だった手脚もしっかりと大地を踏みしめ、握り固められていた。

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