第11話.不器用な兄
俺の母親は綺麗な人だった、金髪は緩やかに流れてて肌は日焼けもなく白く、瞳は海の底の様に深い蒼……そんな、万人が美人と褒め称えるような……そんな人だった。俺は母さんに似てて良かったと思う。
『ねぇ母さん、僕のお父さんはどんな人?』
ある日俺は母さんに父親の事を聞いた。それまでまったく影も形もなかったから父親という存在すら知らなかった俺だけど、近所の子ども達と遊ぶようになって、普通は居ることを知ったからだ。
『あなたのお父さんは魔法使いなのよ?』
『魔法使い?』
『えぇそうよ』
そんな俺に対して母さんは朗らかに笑いながらとんでもない事を言った、当時は『魔法使いってなんか凄そう』程度にしか思わなかったが、レナリア人である母さんがガナン人と……それも魔法使いと言った事から申請もされていない奴と子どもを作ったことになる。
『でも皆んなには内緒よ?』
『内緒?』
『そう、内緒よ? 約束できる?』
『うん、わかった!』
そりゃそうだと、今ならば思う。俺にも母さん以外に家族が居たことは嬉しかったが、それを大っぴらにする事はできないと母さんにも理解は出来ていたのだろう。
『でも母さん以外の家族が居たのに会えないのは寂しいね』
『……そうでもないわよ?』
今でもこの時の……如何にもなにかを企んでいますと言わんばかりの、母さんのいたずら顔は忘れられない。
『……どういうこと?』
『もしもあなたに弟がいるって言ったら?』
『いるの?!』
初めて聞かされた時は驚いたし、嬉しかった……母さんが悪いわけじゃないし、二人暮しは楽しかったけど……どうしても母さんが働きに出ている時は寂しかったから……弟か妹が欲しいと強請ってはよく母さんを困らせていた。
『そうよ、お母さんが産んだわけじゃないけどね……』
『? どういうこと?』
『……あの人色んなところに女作ってるのよ! なにが大いなる目的の為だからって! 浮気性なだけでしょ!』
『母さん……?』
当時はなぜ怒っているのかは分からなかったけど、父さんに対して怒っているというのはわかって、まだ見ぬ父親への好感度はこの時大幅に下落した……母さんが世界の全てだったからな。
『あ、なんでもないのよ? ごめんね?』
『う、うん……』
あの時の母さんの誤魔化しようは面白かった、クレルもそう思わないか?
『それでね、あなたの弟はこの街にいるのよ』
『そうなの?!』
ほら、この時に初めて俺はお前の存在を知ったんだぜ? お前は俺のこと知らなかったけどな。
『でもね、その子は母親も魔法使いだから仲良くしてはいけないのよ?』
『……どうして?』
この時は差別って言葉は知らなくてもそういう事なのかと……自分の母親が弟を嫌っているのかと早とちりだったけど、悲しくなった。
『あぁ変な意味じゃないのよ? その子に迷惑がかかるからダメなの』
『どういうこと?』
クレル、お前なら知ってるだろ? 日課の魔法の鍛錬の時とかを見られるのは不味いって……どこから情報が漏れるか判らないって……そういう事を教えられたんだよ。
『あとね? ここは田舎だから知らない人も多いけど、申請されていないガナン人は見つけ次第殺されちゃうの』
『そうなの?』
『えぇ、だからこの街に移り住んだんでしょうけど……それでも誤魔化しが効くようにできるだけ関わる人は少なく……特に親類演者は近付いてはダメよ?』
要するに、もし帝都から誰か派遣されてきた時に仲の良い奴がいるとそいつらは途端に警戒レベルが
跳ねあがる……魔法使いにとって、自分にとって価値がある存在は、喩え人間であっても……人間である方が『強力な武器』になるからな。言い訳の暇もなく即殺処分だ。
『あなたは絶対に過剰に弟を庇ってしまうわ、そうなったら弟くんの方が上手く誤魔化そうとしても、その関係性を悟られてしまうから』
『……わかった』
他にも魔法使いや魔法について母さんが知っている限り教えられた……そして、念願の弟が出来たと思ったら接触禁止令だ、この時の俺はそれは凄く落ち込んだんだよ……本当に。
『げほっ、ごほっ!』
『母さん!』
そんな会話をした日から半月ほど経った時だ、母が流行病に掛かったのは……医者が言うにはこの領地では手に入らない薬でないと無理らしく、余命幾許もないそうだった。
『あのねディンゴ、母さんの知り合いの伝手で領主様の屋敷で雑用として雇って貰えるようになったから……げほっ!』
『母さん?!』
『母さんが居なくなった後はそこでちゃんと働いて、生きていくのよ?』
俺にとっては世界の全てだった、一緒に暮らしていた唯一の肉親の死は受け入れ難かった……それでも働いていかないと食っていけなかっから、必死に働く内に心の整理も……ほんの少しだけだがつけることが出来た。
『あれは……』
領主様の屋敷で働くようになって三年ほど、十四歳になった時だった……庭の隅で魔法を使うお前を見たのは。
『まさか、クレルか?!』
母から渡されていた写真の父親と同じ黒髪に褐色の肌、緋い瞳……間違いないと思ったし、勢い余って飛び出そうともした……でも思い留まった、母さんの言いつけを覚えていたからだ。
『迷惑だよな……』
それからの俺は最初の内は仕事の合間にお前を遠目に追うに留めた、父さんはどこに居るかもわからないし、もう俺の家族はお前だけだったから放っておけなかったんだ。
『あいつ?!』
でもそれも半月で終わったよ……クレル、お前脇が甘いし、ドンくせぇんだよ!! なんだよ! 何もないところで転んでんじゃねぇよ! 魔法使ってて見つかりそうになってんじゃねぇよ!! 転んだし、魔法の鍛錬にもなって一石二鳥じゃねぇんだよ!! 一晩で傷が治ったら気味悪がられるだろうが?!!
『おい、お前がクレルだな?!』
『え、なに? 誰?』
『俺はディンゴだ、覚えておけ!』
『い、痛いよ!』
だからさ、俺も一石二鳥することにしたんだよ。俺が毎日殴って痣を作れば、お前は魔法の鍛錬になるし毎日同じところに痣があるから気味悪がられる事も無い……毎日俺が殴るから多少痣が移動しても不審に思われない……そして、何よりもお前と仲が良くなることはないから『強力な武器』にはなれない……あれ、これ一石三鳥かも知れないな?
『なんでお嬢様が……?』
そうやって脇の甘いお前のフォローをしていた時だ、それを見たのは。
『えぇー? 魔法って誰でも使えるわけじゃないのー? 』
お前とアリシアお嬢様が仲良く話しているのを目撃したのは。
『アイツ?! よりにもよってお嬢様にバレてんじゃねぇよ!!』
ようく見るにバレたのは見逃して貰えたみたいだが楽しそうに会話をしているのを見て、俺は危惧を覚えた……アリシアお嬢様がクレルにとって『強力な武器』になるんじゃないかって……。
『アイツらまた……』
次の日もその次の日も……そのまた来週も来月も……お前らは仲良く話していた、俺とは違って素直に仲良くなれるアリシアお嬢様が羨ましく思ったし、能天気なお前を憎たらしく思って、ついいつもの拳に力が入ってしまった時もあった。
『っ?! ぼ、僕は魔女じゃないよ!』
『……知ってるよ! 生意気な奴め!』
でもさ、この頃に魔女狩りが始まったんだ……いつも痣が一晩で治ってたり、まったく変化がないのは真っ先に疑われるだろ? そうでなくても、お前はレナリア人とは大分違う容姿をしているんだからさ。
『──おい、クレル! なにかは知らないけどお前が魔法使いな訳ねぇだろ!! 魔法が使えるんなら今ここで飛んでみろよ!』
『ディンゴ……?』
案の定この時はヤバかっただろ? 俺が勢いで誤魔化せてなかったら死んでたかも知れないんだ、ありがたく思えよ?
『違う! クレルはそんなんじゃ──』
『おらっ! その手を放せ!』
『──ディンゴ?』
まぁそれも、最初の狩人がなんの意図があったかは知らないけど見逃してくれただけだったみたいだしな……お嬢様と仲良くしてる、明らかに申請のないガナン人の子どもだ、普通は警戒するし、なんなら即殺だ。
『──何度も言わせるな! このステハゲ!』
なんかめっちゃ短気そうな狩人に襲われてるし、お嬢様は左腕が失くしてるし……ビビったんだぜ?
『……どうせ、俺の魂に引っ張られて覗いてるんだろ?』
お前、今までの俺の記憶を一瞬で覗いたよな? これは希望的観測というか、願望なんだが……腹違いの兄だってわかって、お前の中で俺の存在が大きくなってたら嬉しい……。
『……これから発動する魔法も強力になるしな』
……もちろんそれだけじゃない、お前と本当の意味で兄弟、いや親友になれたらなって思うからさ!
『クレル、気が早いかも知れないけどさ……』
もし、この場を凌いだらお嬢様連れて逃げろ……そんでもって──
『──クソ親父を探せ』
多分それが一番スッキリすると思うんだよな、別々の女に俺らを産ませて『大いなる目的のため』ときたんだ……きっと何も頼る者のないお前の……まぁ、目標が見つかるまでの道標になると思う。
『……そんで、ガキ産ませた女の死に目に会わないとはどういうことだって……殴ってくれ』
俺の分までな? ……ほら、そろそろ時間だ。いいか? 絶対に外すなよ? 狩人と魔物の戦闘の余波でもはや屋敷に生き残りはいない、遠慮せずぶっぱなせ! ちゃんと二人を狙えよ?
『……後はちゃんと寝る前に歯を磨け、お祈りは欠かすな? 後はそれから、俺の母さんが言ってたんだが──なるべく人を助けろよな!』
じゃあなクレル、お前は脇が甘いから兄ちゃん心配だよ。
『───────さようなら』
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